第230話 報連相は大人の常識


 

 俺は基地に帰るとすぐに、サカイ中佐が連隊長を務めているジャングル内にある連隊基地に向かった。

 ジャングル探査からの帰還の報告と、これからの相談だ。

 一番近くに拠点を構えているサカイ中佐は、俺の直属の上司になる訳じゃないが、今までだって色々と便宜を図ってもらっており、何より大切な俺の部下の安全に直結するので、こういった報連相は欠かさない。

 なにせ俺はできる大人だからな。

 冗談はさて置き、今回の探査で最後に見つけた人の痕跡が問題なのだ。

 今までだって、決して敵との遭遇の危険が無かったわけじゃないが、今度探査に向かうとなると、敵との遭遇は避けられない。

 好き好んで交戦したい訳じゃないが、交戦の端緒を開くことになりかねないことが容易に予想されるとあっては、以前の計画通りにサカイ連隊に助けてもらわなければならない。

 そういったこともあるので、今回の訪問には今までと違った意味がある。

 俺はサカイ連隊の基地にある本部建屋に入り、連隊長室に通された。

「お帰り、中尉。今回も予定通り無事に戻ってこれたね。今日は帰還の報告かな」

「はい、先ほど無事に基地まで戻れましたので、帰還の報告に上がりました」

「今回は何か発見があったかな」

 サカイ中佐は、いつものやり取りのように、砕けた口調で俺に聞いてきた。

 いつもなら、ここで俺も冗談を交えて面白おかしく話すのだが、今回はそれができない。

 何せ、実戦経験のないチキンな兵士が実戦になりそうだし、またそうなった時に応援を欲しいとお願いするのだから、俺はかなり緊張しながら言葉をつづけた。

「中佐、ジャングル内で人の移動の痕跡を見つけました。どれもここ2週間以内のものばかりです」

「ほ~~。それだけじゃ無いようだな、今回の報告は。私もまじめに聞かないといけなさそうだ。中尉、報告をつづけてくれ」

 サカイ中佐はフォーマルな口調に代わり、姿勢も正して俺の報告を待った。

「はい、見つけた痕跡は2件で、初めの痕跡は探査に入りすぐに見つけました。見つけた靴跡から、ローカル勢力、それも複数、軍隊で想定するなら大きな小隊、もしくは小ぶりな中隊といった規模のように見受けられました」

「それでは、いよいよ現地勢力と遭遇できそうだな。あ、悪い、まだ報告の途中だな。続けてくれ」

「はい、問題なのは先日見つけた痕跡です。これは明らかに敵の標準的な靴跡だそうです。

 規模は小隊、もしくは分隊ですが、その痕跡にうれしくない跡も見つけております」

「何かな」

「明らかに引きずられるように運ばれた跡です。メーリカ少尉が言うには、敵小隊もしくは分隊が脱走兵、もしくはローカル勢力の人間を捕まえ連行した跡だと思われるとのことです」

「その痕跡は、いつごろできたものかは分るか」

「メーリカが言うにはできて2~3日だといっておりましたので、あれから2日がたっておりますので、それに加えてください」

「それを見つけて、君らはすぐに引き返したという訳か。賢明な判断だな」

「いえ、痕跡をこれも追いましたが、このジャングル内の特徴でしょうか、すぐに小川にぶつかり、そこからの追跡はできませんでした。ちょうど予定に日数も過ぎており、補給が乏しい事、痕跡からすでに数日がたっていた為に、たとえ要救助であっても間に合わないことなどから、現場までの道のりが分かるように引き返してきました」

「そうか。報告の件は了承した。何より無事に帰還したことは何よりだ」

「中佐に、この報告を聞いてもらいましたので、相談があります」

「補給後に敵を追うというのだな」

 それから俺はサカイ中佐に、この後補給を済ませ、すぐに敵を追うことを報告した後、最悪、敵との戦闘が発生するかもしれないことを話し、その場合に我々が逃げ帰った時の応援をお願いした。

 最後まで俺の話を聞いてくれたサカイ中佐は、難しい顔をしながら黙っていた。

「敵との戦闘の端緒をここで開くと言う訳か」

「最悪の場合ですが、敵を見つけたらそうなりますね」

「探査を止めるという選択肢がない以上、やむを得まい。解った。当初の計画通り準備しておこう。幸い中尉の基地もほとんど完成と聞いている。うちからも既に1個小隊が駐屯しているしな。で、どうするね。次の探査メンバーは」

「今回と同じで、陸戦隊の1個小隊と旧山猫のメンバーを中心に編成した小隊1個、それに私の幕僚数名、それに亡命士官のアンリさんも連れていきます」

「資材はどう考えているかな」

「敵に見つからないことを最優先に考えますので、音の出るバイクは置いていきます。私の指揮車両とこの前重機関銃と一緒に回ってきた機関銃搭載の車両2台、それに小型のトラック1台といった編成ですね」

「それでは心許ないな。よし分かった、うちから1個小隊の応援を出そう。それも歴戦のベテランだけの兵士で構成されている小隊だ」

「え?いいんですか」

「安全には変えられない。今うちで模範部隊として連隊の練度向上のために教育に充てている部隊を出そう。彼女たちは花園連隊当時から数々の戦闘を経験しているブル連隊長から直接教育されてきた猛者たちだ。きっと君の力になる」

「ありがとうございます」

「それで、この後はどうするつもりだ。司令部への報告はどうするね」

「はい、ここでお電話をお借りして、この後すぐに口頭にて一報を入れます。後は、明日以降になりますが、うちのアプリコットの方から報告書を、それも探査日誌を添えて提出することになります」

「解った。明日私が司令部に行って、この件も閣下のお耳に直接入れておこう。うちからも部隊の指揮権の一時的な変更の件もあるしな。あそこで惰眠をむさぼっているアートのとこからも兵力をもぎ取ってこよう。中尉の基地にはアートの部隊もいることだし、無下には断らんさ」

 大丈夫かな。

 前に今の兵力配置の件で相談した時にも何処も人手が足りずに揉めていたのに。

 サカイ中佐ならアート中佐の貸しの一つや二つ、弱みの一つや二つくらいは持っていそうだ、無理やりだろうな。

 なんだか大事になりそうだけれど、これも兵士たちの命が掛かっているし、司令部から恨まれるのも今に始まった訳じゃない。

 俺は次の帰還後の司令部からの呼び出しを覚悟して、連隊長室から退出した。

 先の話の通り、無線室に向かい、そこで電話を借りて司令部に簡単に報告を上げ、その後、今では居留地が正式な名称となってしまった以前の基地に向かった。

 外交官のアンリさんにも、今後について報告しておかないといけない。

 最悪、ローカル勢力とも戦闘になるかもしれない。

 敵に脅されたり、利益で懐柔されていないとも限らないのだ。

 そのあたりについても一応アンリさんにはお耳に入れておいて、責任の分散を図る。

 どの時代でも、どこの組織においても報連相は一番大事。

 これも大人の処世術だ。




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