第229話 取り上げられたおもちゃ


 

 おやっさんは、俺の予想に反してあっさり帰っていった。

 これはある程度予測はできたのだが、俺からおもちゃを取り上げてだ。

 もっとも俺のおもちゃと化しているパワーショベルをここから師団本部に運んだ訳ではなく、所有権というか使用権というものが取り上げられたのだ。

 俺も初めて知ったのだが、軍隊には徴用する権利を有していた。 

 これは帝国の法律でしっかり定められ、俺が徴兵された時のように珍しい話じゃなく、割と頻繁に起こっているのだそうだ。

 しかし、いくら貴族社会とは言え帝国は共和国のように国から理不尽を押し付けられる社会でなく、ある意味一般人と貴族とがうまい具合に共生している社会での話で、軍による徴用とて例外でなく、ある程度の制限はあった。

 徴用できる人間が限られており、それも一軍の指揮権を有するものになっている。

 この一軍の指揮権を有する者であるが、師団長および旅団長を指しているそうで、例外的に連隊長にもその権限を許されている。

 しかも徴用する場合には連隊長一人だけでは違法となる。

 他の士官二人の署名を記した命令書を持って初めて徴用ができる仕組みだと、嬉しそうに俺の横で先程まで書類を作っていたシノブ大尉が教えてくれた。

 特別工兵連隊の連隊長であったおやっさんがシノブ大尉に声をかけ、その場にてシノブ大尉がサラサラとメモ書きのように書き上げたのが説明にあった徴用に関する命令書だった。

 当然おやっさんの命令で、承認する士官にシノブ大尉とシバ中尉の署名もある。

 大体、軍隊のような厳然な縦社会において、部下の士官が上司に異を唱えることがあるはずもないのに、このような形式だけでは上司による暴走の防止になるはずがない。

 しかも今回の場合、上司一人の暴走で終わるはずもなく、シノブ大尉を始め、おやっさんに付いてきた工兵全員の総意となって、俺からおもちゃを取り上げ、自分たちで遊び始めた。

 報告書を書くために建物の中に入っていった軍曹をシバ中尉が捕まえてきて、工兵隊全員が操縦を習っていた。

 先程まで俺の隣にいたシノブ大尉は、今ではパワーショベルの操縦席で女子高生のような奇声をあげながらパワーショベルを操作している。

 流石に作りかけのこの基地からほかに運ぶことはしなかったのだが、今後は工兵隊で残りの作業をすることになった。

 忙しいから俺にこの仕事が回ってきたはずだったのに、どうなっているのやら……くそ!

 俺は一旦師団本部にサカイ中佐と戻り、ジャングル探査の仕事に戻ることになる。

 おやっさん事件から3日後、俺は陸戦隊一個小隊と元山猫さんたちから取り急ぎの仕事のない人たち、それに彼女らから認められた新人さん、あとはジーナを除くいつもの指揮車のクルー、それに今回から亡命してきたアンリ元技術少尉を連れてジャングル探査に向かった。

 今回は新たに作った基地周辺を重点的に1週間の予定で探査する。

 約二個小隊規模での移動なので、俺としては慣れた編成に近い。

 しかもほとんどがベテランであり、何かあっても逃げ切れる自信が持てる編成だ。

 そのためか探査に入っても緊張感が持てないのをアプリコットに見透かされ、先程までお小言を頂いていた。

 昨日、アンリさんには思い出したくはないだろう暴行のあった周辺の探査を終え、その先に向かっている。

 あそこからは我々にとって初めての領域だ。

 いつ敵と遭遇してもおかしくない場所となる。

 そんな場所で、へらへらと緊張感のない顔をしていたらアプリコットでなくとも何か言いたくなるだろう。

 それはわかるが、敵さんって、かなり後退したんじゃなかったっけ。

 先日聞いた情報でも後退してからの進軍の話は聞いていない。

 問題は何処まで後退したかということだ。

 流石にあの時に亡命したアンリさんにもこればかりは解らないだろう。

 しばらく進むと、メーリカさんが報告してきた。

「うちの連中が、人の通った跡を見つけたとさ」

「敵さんの後退によるものじゃないの」

「いや、いろいろな靴跡だというから、軍靴もあるだろうけど、それだけじゃないらしい」

「となるとポロンさんの仲間の可能性もあるか。すると対応が難しいな。いきなり銃を突きつけられたら、いくら口で友好を唱えても信じてもらえそうにないし、かと言って応戦の準備なしではこの先進めないしな」

「まあ、できるだけ遠くで人を見つけるように注意するしかないかな。歩みが遅くなるが、それでいいよね」

「ああ、構わない。安全第一が最優先だ。見つけた靴跡を追跡できるか」

「いや、追跡したが、すぐに見失ったそうだ。この辺りそこら中に小さな川や湧水が出ているので、そこから先はダメだったそうだよ」

「しょうがない、このまま進むか」

 それから2日ほど過ぎて、別の跡を見つけたそうだ。

 しかも今回見つけた跡は、あまり気持ちの良さそうなものじゃない。

 敵の軍靴の跡傍に引きずられるような跡があったと聞いた。

 今回も追跡は無理だった。

「見つけた跡は新しいものじゃなかったんだよな」

「はい、少なくとも2~3日はたったものかと」

「それじゃあ、急ぐ必要はないな。今から急いだって何かあれば間に合わない。それより、そろそろ物資の面で限界が来ているので、一旦もどる。次はここから探査できるように目立た無いように目印をしておいてくれ」

「アンリちゃん。ここから大体でいいけど、基地まで分かるかな」

「はい、大体で良ければ簡単な地図を作りながら来ましたので分かりますが」

「違ってもいいから、ショートカットしよう。多少ずれても、基地に近づけばどうにかなるしな」

「了解しました。基地に帰投します」

「敵の索敵だけは入念にな。ローカルなどの跡は見つかれば報告が欲しいが、探すまではしなくていいから」

「了解しました」

 俺らは、心の中にモヤモヤとしたやり残し感を残しながらも基地に帰っていった。





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