第228話 おやっさんのおもちゃ


 

 午後になり、シノブ大尉がおやっさんを連れてやってきた。

「中尉、また何か面白いものを見つけたんだって」

 シノブ大尉は連隊長にまでなっているおやっさんを前にいつもと変わらない態度でオレに聞いてきた。

「いらっしゃい、シノブ大尉。あれ、おやっさんは。一緒に来たのでは」

「あははは、おやっさんは既に例の機械を見に現場に行ってしまったわよ。中尉もすぐに行かないと機械のオペレーターが吊し上げに合うわよ」

「それはまずい。彼は俺の部下じゃない。海軍さんからお借りしているんだよね。すぐに向かいますが、シノブ大尉はどうしますか。しばらくここでお休みしますか。大したおもてなしはできませんが」

「心にもないこと言わなくてもいいわよ。私も本当は一番で見に行きたかったんだから。でもあなたに挨拶しないとね、流石にまずいでしょ。軍人として色々と」

「そうでした。私だけならいいけど、ここにはアプリコットたち新人さんがいますからね。悪い手本を見せてもね」

「今更だけどね。ほら行くわよ、案内してくださいな」

 俺はシノブ大尉を連れて現在作業中のパワーショベルの所まで向かった。

 そこには困り果てた軍曹が俺を見つけると救いを求めてきた。

「中尉、どなたか知りませんがどうにかなりませんか」

 俺らの予想通りおやっさんが、現在パワーショベルの運転中の軍曹を捕まえ色々と質問していた。

「おやっさん。お早いお着きで」

「お~、あんちゃんか。これがあんちゃんの言う敵の新兵器というやつか」

「おやっさん、きちんと説明しますから落ち着いてください。あ、それからすみませんでした軍曹。おやっさんはうちの特殊工兵連隊の連隊長なんですが、新しいおもちゃには目がないので」

「え、連隊長…殿…ですか…ひょっとしてあの有名なサカキ連隊長殿ですか。これは大変失礼しました」

「大丈夫ですよ、おやっさんは俺達と同じで、あまり細かいことには気に懸けませんから。

 ですよね」

「お~、なんのことかわからんが、形式なんか構わないからきちんと説明せよ」

「はいはい、あとは私が説明しますから軍曹は休んでください。多分今日はこれ以上仕事にならないと思いますから、その覚悟だけはしておいてくださいね。ちょうど良い機会ですから、基地に報告書でも上げておいてくださいよ。でないと私が基地から悪者にされそうだ」

「そうですね、時間もできたことだし、中間の報告だけでも書いておきます。事務所をお借りしますね」と言って軍曹は事務所用に出来上がったばかりの小屋に向かって歩いて行った。

「ほらほら、さっさと説明せんか、あんちゃん」

 おやっさんは待ちきれないようだ。

 根っからの技術屋だ。

 新しいものには目がない。

 おやっさんは、俺の報告を読んですぐに飛んできたようだ。

「先程まで動かしていたのを見ていましたよね」

「見ていたが、お前さんの言うような連隊に匹敵するような働き振りには思えなかったぞ。ただ穴を掘るには確かに便利そうだ」

「元から穴を掘るためだけに開発されたような機械ですから。でも、これは使い方のよってはものすごい働きをします。現にここの開墾を1週間程度で形にしましたしね。今は切り倒した後の切り株の処理をしています」

 そう言ってこのパワーショベルの説明を始めた。

 説明を横で聞いていたシノブ大尉やシバ中尉などは実際に使ってみたくてしょうがないようだ。

 先程からやたらとそわそわしている。

 俺がおやっさんに、一連の説明を簡単に済ませたら、「俺も使ってみたいが、できそうか」って聞いてきた。

 それを聞いたふたりは一様にがっかりとした表情を浮かべている。

 今日はおやっさんが飽きるまで触れないと諦めたようだ。

「できますが実際に作業に使える様になるまでには慣れが必要ですよ。私たちも3~4日は慣れるのに時間を使いましたから。でも慣れれば本当にすごいですよ。見たでしょ、この基地の周りの堀。あれ全部こいつで作ったんですよ。それも1週間と掛からずにね」

「能書きはいいから、さっさと説明せんか」

 おやっさんは、しびれを切らしてオレに怒鳴ってきた

 これはまずい。

 俺はおやっさんをパワーショベルの運転席に座らせ、一つ一つのレバーの説明をしながら実際におやっさんに動かしてもらった。

 初めはレバーを一つずつ、それもゆっくりとで、おやっさんも興が覚めた様に、「これって本当に使えるのか」なんて言ってきたが、一連の説明を終えて、今度は実際に穴を掘るように複数のレバーを両手で動かしてもらうと、今度は面白いようにいろいろな組み合わせで動かし始めた。

 さすが技術屋だ。

 色々遊んだあとはそれぞれの動きを観察し始め、それがどのような価値を生むかを考えながら評価を始めた。

 動かし方はぎこちないが、それでも様になっていく。

 本当に初めて触るのかと疑いたくなっている俺を見たのかシバ中尉が俺に言った。

「おやっさんはある意味天才なんですよ。動くものなら少しの時間でどうにかしてしまう。信じられますか、あれでもおやっさんは複葉機時代の戦闘機を操縦までできますからね。最もライセンスはとっていませんので無免許ですが」

 げ~~~、そんなの有りかよ。

 不条理だ、世の中は不公平だ。

 なんで俺の周りには天才ばかりいるんだよ。

 もう俺は必要ないらしい。

 俺は横で見ているシノブ大尉やシバ中尉とおやっさんへの不満をぶちまけていた。

 大した不満があるわけじゃないのが驚いたが、こういった面白いことになると自分の番になかなか回ってこないのが不満らしい。

 これが初めてじゃなかったのね。

 今日は俺もこのあと仕事にはならないだろう。

 覚悟を決めてパワーショベルのそばでおやっさんの飽きるのを部下の二人とただひたすら待っていた。







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