第223話 再びの海軍鎮守府へ
打ち合わせのあった翌日から忙しくなった。
まずは基地設営のための準備だ。
何より補給物資の問題がすぐに出る。
今までは水だけは豊富にあったが、今回はその水の確保が難しい。
できるだけ早急に井戸くらいは掘りあてたいが、そんな不確実なものには頼れない。
俺は手分けして、とにかく新兵も投入して、補給路となる道の整備にすぐにとりかかってもらった。
ここはもうだいぶ慣れたようなメリル少尉に新兵を預けてすぐにとりかかってもらった。
次にシバ中尉を捕まえ、タンクの手配をお願いしたのだが、これがうまくいかない。
どこをどう探してもタンクが見つからない。
なにせ最初にここに来た時には一応連隊基地跡に旅団が入る格好だったので、帝国上層部は水に関しては何も心配はしていなかったようだ。
まあ例の政争の関係でまともに補給参謀が仕事をしていなかっただけなのだが、今更愚痴を言っても始まらない。
そうなるといつもの手しかない。
俺は師団司令部に駆け寄って海軍鎮守府に連絡を取ってもらった。
尤も今はあそこの基地を鎮守府とは言わないとか聞いたけど、正式な名前を忘れたので鎮守府と呼ばせてもらおう。
駆逐艦以上の廃船があるかどうかと、飲料水用のタンクに心当たりがないかの両方だ。
まあ使えればの話だが、駆逐艦の廃船があれば飲料水用のタンクの確保も、発電機や、燃料タンク、それに何より食料用の冷蔵庫が手に入る。
とにかく返事を待たずに俺たちがお邪魔することだけを伝えてもらい、シバ中尉と山猫以下使えそうな人間を捕まえトラックに分乗して近くの鎮守府に向かった。
今回は水が無いというハンディキャップがあるということでいつも以上に気合が入っている。
俺は次々に指示を出して、特に物資の確保は人一倍の情熱をもってあたった。
今では海岸にある鎮守府基地の町までかなり立派な道が整備されているので、向かうのにそれほどの時間は掛からなかった。
基地正面玄関で受付により補給担当責任者の副官をしていたウィンストン中尉に面会を求めた。
玄関警備の兵士は気持ちよいくらいにきびきびと動いて貰い、すぐに会えるとのことだった。
担当者が来るというので車を邪魔にならないように端に寄せて待つ事にした。
トラック数台で来ていたので、一台づつ端に寄せる作業中に1台の車がすごい勢いでここに向かって来る。
我々全員は一斉に緊張したのだが、警備兵は落ち着いた顔をしながら、「担当者が来たようです」と一言だけ。
車は我々の前に止まると中から女性士官が出てきた。
俺は彼女とは面識がある。
ここの補給担当責任者であったマリー・マーゴット中佐であった。
俺の横でアプリコットが「なんで?」と驚いたように漏らしていた。
さすがに今では俺でもマーリンさんの驚きは理解できる。
玄関口まで案内役の兵士を寄こされるかと思っていたら、この基地でも多分上から数えても片手で足りるくらいの上位者が直接のお出ましだ。
とりあえず俺たちはその場で敬礼をしながらマリー中佐の言葉を待った。
「お久しぶりです、グラス中尉」
「こちらこそ、ご無沙汰しておりますマリー中佐殿」と俺が返事をしていたら横からアプリコットが俺の事を肘で突いてきた。
「中尉のおかげで昇進したのよ。今ではこの基地で副司令を任されるようになりました大佐です」
あ~~~、これはやってしまった。
役職をそれも下方に間違えるなんて社会人として失格だ。
「これは大変失礼しました。マリー副司令殿」
「大丈夫よ、気にしていないから。それの私たちの昇進は中尉のお零れのようなものだからね。中尉と言うより男爵とお呼びした方が良かったかしら」
「いえいえ、中尉でも過ぎたものだと思っております。そのまま中尉とお呼びください」
「だいたいは師団本部からの無線で聞いておりますが、とりあえずこちらにお越しください」と言われ、我々はトラックごと大佐の車の後について行った。
今回も主だったもの以外は基地内の休憩スペースにリリースして、士官数名が大佐について司令部内に入っていった。
応接に通されると、今度は何とゴードン副鎮守府長が忙しい中俺たちに挨拶しに応接室に入ってきた。
この人も多分昇進しているよな。
前は確か准将だったので少将だろうか。
俺は横のいるアプリコットに彼の階級を聞いた。
「襟章から見ますと少将ですね。となると役職も鎮守府長でしょうか」
「大変ご無沙汰しております、ゴードン閣下」
こういうときに便利な敬称だよな。
これなら閣下以外でなければ失礼に当たらない。
正しく俺向きの言葉だ。
「お~~、久しいなヘルツモドキ男爵」
「よしてください。貴族と言われましたが、あれ以来帝国には帰っておりませんので、まったく実感がありません。できましたら中尉とお呼びくだされば幸いです」
「そうか、それなら中尉と呼ばせてもらおう」
「よろしくお願いします。あ、忘れるところでしたが、ご昇進おめでとうございます。少将になられたら、ここでは鎮守府長官におなりになられたのでしょうか」
「お、まだ説明されて居ないのか。我々鎮守府だったここは、先の改編で国軍司令部から離れジャングル師団とともに皇太子府直属の部隊となったので、ここも今では鎮守府とは言わんのだよ。鎮守府とは海軍省管轄の組織だから。今では海軍ゴンドワナ基地と呼んで、ワシも司令と呼ばれておる。ついでだが、そこのマリーは副司令な。今でもワシの大事な右腕として働いて貰っているよ」
「マリー大佐の件は先ほど受付でご本人からお聞きしました。私が階級を間違えるような失礼を犯しましたが笑って許していただきましたので」
「そうかそうか、まあこれからも色々とこの基地を良き方向に導いてほしいものだ。そうそう、用件は先ほど無線で聞いているが、マリー君、中尉の望む物があるかね」
「新品の類はありませんし、そもそも中尉が新品を望んできたわけじゃないことは理解しております。そうですね、昨日から敵の拿捕した旧型駆逐艦を解体始めましたが、お望みのものがまだ残っているかどうか」
「え?どういうこと」
「なに、ここでも中尉の薫陶のおかげで廃品を上手に利用するものが増え、今ではハイエナのように解体船を探し回るものが増えたのだ」
「今では必要以上に漁れたものはきちんと整備して財務省主計局の許可を得てから他に転売までしているのだからたくましいものです」
「ちなみにその転売先と言うのは」
「それが笑っちゃうのよ。ほとんどが他の鎮守府で買い取られるそうなの。自分たちの足元に同じものが捨てられているというのに。もっとも私たちも中尉と会うまでは捨てていましたから、笑うのは失礼だったかしら。まあ、とにかく現場に行ってみましょう」
「そうだな、それではワシは此処でお別れとなるが、またちょくちょく遊びに来てくれ。お茶くらいはごちそうするぞ」
「ありがとうございます、閣下」
俺らは会議室を出て解体現場に向かった。
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