第222話 苦労人メリルとその後輩ジーナの不幸



 俺たちは今では居留地と呼ばれている場所に作った中隊詰め所に向かった。

 アプリコットにはとりあえず今後の方針を説明するために2人の小隊長と4人の分隊長、それに旧山猫の皆さんをそこに呼んでもらった。

 詰め所に着いたら開口一番にサリーちゃんに全員分のお茶とクッキーを用意して貰った。

 最近貧乏くじばかりを引いて影の薄かった我が中隊一番の勢力を誇るメリル少尉がやってきた。

 なにせ彼女には中隊の大部分を構成する4つの分隊を持つ小隊長を任せていたのだ。

 そのほとんどが新兵ばかりで仕事は補給や工兵まがいの仕事ばかりだったのだが、それでも気苦労は絶えなく、いつ見ても疲れた顔をしていた。

 本当に俺が使い物にならないので申し訳ないとはいつも思っているのだが、誰かがやらないといけない事でもあるし、なにせその資格を持つものが彼女しかいないことも理由の一つだ。

 それに旧山猫や海軍陸戦隊を除くと士官の全てが彼女の後輩とあれば諦めるしかないだろう。

「メリルさん。いつも面倒ばかりかけて申し訳ない。ところで、最近の小隊はどんな感じですか」

 俺は全員が集まるまで、メリル少尉と雑談を兼ね新兵小隊の様子を聞いた。

 本来は部下の様子をきちんと把握しておくのが上司の役割だと俺もそう考えているのだが、できないものはしょうがない。

 無い袖は振れないのだ。

 開き直って、完全に丸投げできる部分は丸投げの方針でやってきた。

 今回も他からの新兵の教育をジーナに丸投げする予定だ。

 メリルさんには申し訳なさ過ぎてこれ以上は仕事を回せない。

 それこそ余りのブラックさ加減で過労死しかねない。

 サリーに入れて貰ったお茶を飲みながら話し始めた。

「中隊長。今の小隊の様子は以前とは見違えるくらいにまで訓練が終わっております。最近は他の隊から預かる新兵の訓練のサポートを任せられるくらいにまでなっております。士官学校時代からは信じられません」

「聞くとやるとの違いかな。実際に命が掛かれば人は誰でも必死になる。幸い、命の危険性は感じても、実際に戦闘までは此処では起こっていないからね。でも、もうそうも言っていられなくなりそうだよ」

「どういう事なんですか」

「前々回の探査だったか、敵と遭遇して、逮捕者や亡命者を連れてきただろう。幸い戦闘にこそならなかったが、そろそろ敵との遭遇が頻繁に起こりそうな気がする」

「そうですね。私もそう思います。しかし今の練度では遭遇戦はかなりきついと言わざるを得ません。全壊とまでは言いませんが半壊は覚悟を要します」

「俺はプロの軍人じゃないから、知り合いに事故死や戦死はさせたくないし、もしそうなると俺のメンタルが持ちそうにない。ならば無い知恵を絞るしかないだろう」

「私も、知恵を絞るだけで被害を出さないようにできるのならいくらでもそうしたいと思います。しかし、それが可能なんでしょうか」

 話し込んでいるとどんどん人が集まってくる。

 集まるたびにサリーはお茶を入れてくれる。

 なのでこの場所はサロンのような柔らかい雰囲気が漂ってくる。

「そろそろ全員が集まったか。先のメリルさんの質問の答えじゃないけど、今後について司令部と掛け合ってきたので、説明するから聞いてくれ」

 そう言ってから、先の基地建設と今後可能性があり得る敵との遭遇戦の対策について説明した。

「中尉、質問があります」

「なにかなジーナ君」

「なんですかそのジーナ君って。まいいか。今まで請け負っていたほかの隊の新兵教育から解放されたと考えていいのでしょうか」

「ジーナはそう思うかな」

「いえ……」

「その通り、そんな甘いことを言い出す司令部じゃないことはとっくに魂まで染み渡るくらいにまで叩き込まれたよね。そちらも今まで通り新兵の教育も入る」

 すると今度はケート少尉が聞いてきた。

「でも、前回の探査で預かった新兵はそれなりのレベルまでには仕上がったと思うのですが」

「海軍ではここまで無茶な要求はされなかったとは思いますが、ここ陸軍では、私がこの基地に着いた時から無茶しか言われていません。当然教育の終わった兵士諸君は元の隊にお帰り頂いた」

 すると今度はドミニクが叫んだ。

「すると、新たなのが来るという事か。遭遇戦の危険性があるというのに」

「ザッツライト。ドミニク、良い勘しているな。まさにその通りだそうだ。仕上がれば次から次に送り込まれてくるそうだ」

「それならいっそのこと仕上げなければいいのかな」

「スティア、閣下やレイラ大佐がそんな節穴のような眼を持つ人間かな」

「いえ……」

「そう言う事だ。下手な小細工をすれば、罰代わりにさらなる無茶を言ってくるぞ。俺らは与えられた無茶を、唯ひたすらにこなすだけだ」

 今度はメーリカさんが久しぶりに皮肉を言ってきた。

「それであたいらに死んで来いってか」

「司令部の連中の考えは俺にはわからないが、もしそうでも俺は素直に従うつもりはないぞ。死にたくはないし、俺の部下を殺したくもない。だいたい労災って起こすと後が大変なんだぞ。知っているのか」

「労災ってなんだよ。隊長って時々解らないことを言い出すな。で、何か方法でもあるのかな」

「そこは無い知恵を絞ったさ。サカイ中佐とアプリコットを交えて必死に考え、先ほど司令部に認めさせた」と言って、今後の方針を説明した。

 新たな基地の設営や新兵の教育に関して等。

 一応俺らの中でもローテーションを作っていくことにしたのだが、例外はある。

 ケート少佐率いる陸戦隊や、メーリカさんなど、最後に新兵教育に関しても例外になるジーナについても命令がてら説明したのだ。

「え~~~~~~~。無理無理、できないよ~~。これっていじめだよね」

 案の定ジーナがごねだした。

「俺もできる限り戻ってくるし、中隊の駐屯地は此処だし、出ていく皆もできる限り戻ってくから大丈夫だよ」

 何が大丈夫か分からないがとりあえずそう言っておく。

 約束通り、アプリコットもジーナの説得に当たっていく。

 でも結局は最後に彼女たちのあこがれの先輩で会ったメリルの一言で落ち着いてくれた。

「ジーナ。私もできる限り手伝うからやって見ようよ。誰にだって初めてはあるのだし、何よりジーナは既にここで色々と経験を積んできたよね。その経験を生かせばどうにかなるって」

「メリル先輩。わかりました。私やってみますが、絶対に見捨てないでくださいね」

「はいはい、困ったときは言って来てね。必ず助けるから」

 どうにか収まったようである。

 収まらなかったらドック・ヤールセン中佐に助けて貰えとでも言おうかと考えていたのだが、言わなくてよかった。

 後で聞いたところ彼女たち全員も一度は彼に教わっていたのだとか。

 その時にかなり絞られ、少々トラウマ気味に。

 いったい軍隊っていくつトラウマを作れば気が済むのやら。

 最後に俺はジーナに

「やることは今までと何ら変わらないので、いつも通りにな」

 ジーナは渋々了解して集まりを解散させた。

 また明日からも地獄だな。

 いつになったら軍から解放されるのやら。





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