第219話 件の参謀殿
ジャングルにあるにしてはえらく立派な会議室に俺は居る。
この会議室というより、このあたりのジャングルで唯一の陸軍師団の基地がおかれている本部建屋である。
この本部建屋がものすごく立派で、下手をすると帝都内の県庁建屋より豪華じゃないかと批判されかねないくらいのビルである。
総レンガ作りの3階立てのビルで、それもできたばかりと来ている。
その中の重要施設となる会議室が立派になるのもうなずけるが、なぜここまで立派な造りの建屋かというと、何を隠そう俺とシノブ大尉率いる工兵、特にシバ中尉が悪乗りした結果だ。
俺がこの基地に来た頃に、司令部から自分たちの使う施設くらい自分たちで作れとのこの上もない無茶な指令を受け、この基地内でわざわざレンガまで焼いて作り上げたものだ。
そんな経緯があるため、この会議室の調度品までは帝都にあるどの施設よりもえらく貧弱なもので、そのかいあってか、場違いなくらい立派な会議室でもバランスが取れているようなものだ。
どんなバランスかよと突っ込みを入れたくはなるが、報告を終えたばかりの俺はそんなくだらないことを考えていた。
どうもここに来るたびに毎回同じようなことを考えてしまうのは、心の隅にやりすぎたかなという反省があるためだろう。
「報告は以上かね」
ここに来るまでサカイ中佐に忠告を受けていた参謀が何を考えているのか酷く偉そうに聞いてきた。
「はい、この地製図以上の報告はありません」
「君にしてはえらく地味な成果だね。だいたい以前探査した時よりも手前で戻ってきているのは何か含むところでもあるのかな」
この参謀、何を言い出すのだ。
だいたいこの探査だって教育しないといけない連中を大隊規模で連れての移動だ。
誰が聞いてもかなり無茶な計画だったのだが、サカイ中佐の配慮でベテラン兵士だけの小隊を貸してもらったり、バイクなどの機材の手配で色々と便宜を図ってもらったから事故なく帰ってこられたようなものだ。
何より、この先に進めば敵との遭遇戦の危険性が増すのだ。
この前のように使える兵士だけで小隊規模なら逃げ帰る選択肢もあるのだが、新人ばかりの大隊規模での移動ではそれすらかなわない。
そうなると遭遇戦は必至だ。
結果は考えるまでもなく絶望的だと思えるのだ。
相手がうちの副官くらいの切れ者ならたとえ経験がなくとも全滅はまぬがれない。
経験豊富な指揮官が率いた部隊なら相手がたとえ小隊いや分隊でも、ただ全滅するのではなく、自分らの訓練代わりに面白いように殺される未来しか見えないのだ。
この人は本当に参謀なのか。
頭の中にはお花畑が満開の花を咲かせているのではないかとすら疑ってしまう。
「この件は、ほぼ本部の計画通りかと思いますが」
「計画を無視するのは、君の常套手段じゃないかね」
この人、ひょっとしたら俺に喧嘩を売っているのかな。
「いえ、さすがに新人ばかりを連れて敵との遭遇戦の危険は冒せませんから。参謀殿のように自身の手柄のために兵士を見殺しにしての作戦は私にはできません」
流石にこのいいように部屋の空気が一気に緊張をはらんできた。
俺の隣にいるアプリコットが俺をたしなめようと慌てている。
「中尉、な、何を言うか。いつ私が手柄のために兵士を見殺しにしたというのか」
「いま、私におっしゃったじゃないですか。遭遇戦の危険のあるエリアでも新人を連れて行けと。聡明な参謀殿ならその結果はお見通しではないのでは。それとも参謀殿は新人がジャングル内で戦闘行為に及んでもベテラン兵士に負けず劣らずの働きをするとでもお考えですか」
俺の指摘に言葉を続けられず、それがかえって彼の怒りを増したようだ。
顔を真っ赤にして何かを言いたそうにしていた。
流石にサクラ閣下は落ち着いて我々を窘めてきた。
「中尉、言葉を慎んでくれないか。こちらから吹っ掛けたのは悪かったが、少々言葉が過ぎるぞ」
俺はさらに何かを言ってやりたかったのだが、ここはサクラ閣下の顔を立てて納めることにした。
「申し訳ありませんでした。しかし、いつ何時にもそのような命が出されてもいいように兵士をお返ししたいとも申し上げます」
「ウ、しかし、それでは……まだ、中尉に預けている兵士の教育は終わっていないのでは」
「いえ、サカイ中佐にも報告をしましたが、今回連れて行った兵士は一応の水準に達したものと考えますが」
「いや、まだこの基地内には教育の終わっていない兵士がいるのだが、その状況ならほかの兵士と交代させたいのだが」
「しかしそうなりますと、私のジャングル内の探査命令を撤回もしくは中断させて下さい。でないと遭遇戦を引き起こす危険性があります」
「探査の中断も中止もなしだ。この命令は帝都の殿下から出されたものだから、私の判断では相応の事情が無ければ変更はできない」
ここまで静かに話を聞いていたレイラ中佐が話しかけてきた。
「しかし、ブル、いやサクラ閣下。この場合、悔しいがグラス中尉の言い分はもっともだ。とにかくこのままではこれ以上の調査は難しいと私も思う。現在敵の状況は消極的だがいつ何時積極的に変わるかわからない。しかも敵の態度の変化の原因がそこにいる中尉なのだ。敵が報復に出ようと考えるのなら、真っ先にここジャングルに大規模な作戦行動を仕掛けてくるだろう。どちらにしてもこのまま進める訳にはいかない」
「レイラ大佐。わかっている。何らかの対策は必要だということが」
こちらにはここまでの展開は読めていたので、事前にサカイ中佐と話し合いをして計画を練ってきたのだが、これをこのままここで出すのも面白くない。
意趣返しでもないが、いや仕返しか、俺はひとつの提案をした。
いや提案と呼べるものじゃなく唯の仕返しだが。
「閣下。何らかの対策をお考えの様なら、せっかく帝都より優秀な参謀殿が転勤されてきたこともあるので、参謀殿の優秀な頭脳でお考えの対策案をお聞きしたいのですが。先ほどの話ではないですが、兵士を使い捨てるかのような策は考えていないと先ほどお聞きしたばかりですので、安心してお考えをお聞きできます」
俺の話を聞いて件の参謀は顔を真っ赤にしたり、全く案が思い浮かばないことで無能のレッテルを張られるのを恐れ青くしたりで忙しい。
やれやれ、こいつやりやがったなって顔を俺に向けてから、サカイ中佐が事前に準備してきた策を提案してきた。
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