第218話 貴族出身の参謀



 翌日の朝、それもかなり早くに俺は起こされた。

 早速師団本部に掛け合うというのだ。

 サカイ中佐の用意した車に俺とアプリコットが乗り込んだのはちょうど日が昇ろうかとする時だ。

 今日は師団本部で時間をかけての交渉をするつもりのようだ。

 流石にベテラン兵士が非常に足りないこの状況で最低限でも2個小隊のベテラン兵士のみでの小隊をジャングル奥地に張り付かせるなんて、どう考えても今のこの師団では無理だ。

 しかし、どうしても必要なことなので、今日のこの交渉となる。

 師団本部が置かれている基地までの車中で、アプリコットはしきりにサカイ中佐の副官であるキリッサ少佐に話しかけている。

 彼女も必死だ。

 なにせ彼女だけでなく中隊全員の命が掛かっているのだ。

 こういった危機感は直接の危険を感じにくいスタッフ部門、この場合師団本部にいる幕僚たちには感じられない。

 どうしても彼らは数字でしか状況を把握できないので、足りないベテラン兵士を2個小隊分も出せないと突っぱねることが予測される。

 変に中途半端でお茶を濁されるのが一番困るのである。

 ベテラン兵士が出せないのなら、皇太子の不興を買ってでもジャングル探査を中断すればいい。

 しかし中途半端に新人兵士を出され、武装のみ大量に渡されるようなら、彼らの中ではジャングル探査の中断を認めないだろう。

 無理をして、探査に駆り出されるのがおちだ。


 今一番恐れているのが、そういった中途半端な対応だ。

 往々にして、出来損ないの現場しらずの参謀辺りの考えそうなことだ。

 実際令和の世で、俺が散々いやというほど味わったことだった。

 本社の企画部門の無茶ぶりで散々な目にあったのだが、本部側では俺の無能を罵っていたと後になって聞いたのだ。

 令和の世では殺されることはないのが救いと言えば救いなのだが、いや、今考えると俺は殺されたのかもしれない。

 過労死という方法であの企画の奴らに殺されたようなものだ。

 そう考えると、いつの世も命のかかる場面では現場しらずに任せる訳にはいかない。

 なにせ自分だけでなく、部下たちの命が掛かっているのだから。

 俺のそういった危機感はしっかりアプリコットにも伝わったようで、交渉前の準備に余念がない。

 普段のダメ上司ぶりからいきなりの精勤ぶりを目にしたことで、本当にこの件での危機感は正確にアプリコットに伝わったようだ。

 俺よりもはるかに軍人として優秀な彼女のことだ。

 先の編成での遭遇戦を頭の中でシミュレートでもしたのだろう。

 きっとそうなら壮絶な結果が出たのだろう。

 素人の俺ですら想像したくないことぐらいは分かる。

 そんな彼女は交渉するための情報収集に余念がない。

 幕僚たちの人となりから、師団本部の正確な兵士の状況など、こちら側からごり押しはできない分、落としどころをとにかく探している。

 優秀な軍人である彼女には考えの及ばないことだろう。

 およそ軍人の思考というのが自身の命より使命に重きがあるから無理な命令にも逆らわず従っていく。

 国民を守るためにはある程度やむを得ないことなのかもしれないが、そんなことがそう度々ある筈がない。先に挙げた現場知らずが現場をひっかきまわすことなど、これが本当に常態化するのが多いのだ。

 それで命を落としても、参謀たちには関係ない。

 しばらく時間がたってその時を振り返ることがあればその時になってやっと、使命に燃えた兵士たちは参謀たちの無能による犬死だと評価されることになるのかもしれない。

 インパールの作戦のように。

 まあ、俺としては最悪サボタージュを決め込むつもりでいるから、命だけは全うする算段を立てている。

 アプリコットには考えられないようなことではあるが、いざとなったら俺の判断でやらせてもらう。

 サボタージュするにも、さもさぼっていますというようなことはしない。

 無能な上官の出鱈目な命令で混乱をきたすような方向にもっていく。

 どうせ俺は軍人になりたかったわけじゃない。

 出世などは全く望んでいなかったのだ。

 いまさらだし、そんな出世や他人、この場合には軍上層部からの評価など気するのもばかばかしい。

 命あっての物種だしと考えていると、隣に座っているサカイ中佐が声をかけてきた。

「今日の会議は難しいぞ。と、それよりも、中尉はろくでもないことを考えていなかったか」

 やべ、この人、なぜだか俺の考えが読めるようなのだ。

 サボタージュの件を見透かされたかな。

「まあ、どうでもいいが、今日はできるだけ堪えてほしい。喧嘩だけはするなよな」

「へ?どういうことですか。私が喧嘩するようなことでもあるのですか」

「まあ、お前だけの注意じゃない。これは私にも言えることなのだが、最近配属されていた参謀が少々気になってな」

「参謀ですか。そういえば今まで司令部で幕僚たちには会いましたが、参謀と言われる人にはあったことがありません。どういう方なのですか」

「統合作戦本部では、とても優秀で将来を嘱望されている連中だと言ってきているそうだ。なんでも今年陸軍大学の参謀過程を首席で卒業してきた少佐だということだ」

「なんで私は今まで一度も会うことが無かったのでしょうか」

「ブル隊長、違った、サクラ閣下の配慮だと思えばいい。とても優秀だそうなのだから補給関連の仕事だけをさせていたのだとか。それも後方に当たる皇太子府に置いてだそうだ」

「それがなぜ?」

「一つには、君があまりに性急にあれこれと功績を重ねるからだ。そろそろわが軍団にも参謀を必要とするようなことが起こりそうだというのが統合作戦本部の意向だ」

「なぜ先ほどから統合作戦本部ばかりが出てくるのですか。確か私たちって、その統合作戦本部とは別系統の軍になったのでは」

「そうだ。我々は皇太子殿下の直接配下の独立軍だ。前の失点のために、発言権を失っている連中が我々を煙たがって首に鈴を付けてきたのさ。それと、これは聞いた話だが、どうも皇太子府でも持て余して体の良い厄介払いの可能性も捨てきれない。どうも殿下側では中尉のようなイレギュラーな軍人と合わせれば少しは使いやすくなるかもと言う思惑もあるようだ」

「なんだかな。わかりました。大人の対応をするように心がけますが、参謀殿の経歴を知っていたら教えてください」

 サカイ中佐は先ほどまでアプリコットと話し込んでいたキリッサ少佐を呼び、キリッサ少佐がつかんでいる情報を説明させた。

 彼の経歴は素晴らしいの一言だ。

 士官学校を優秀成績で卒業後、第一作戦群の幕僚補佐の仕事を皮切りに見事なまでのエリート街道を驀進中だ。

 確かに学校での試験の結果だけを見れば逸材と言えるかもしれないが、こと戦闘となると普通以下で、軍人というよりも官僚にでもなった方がいいくらいの人間だそうだ。

 それでも軍でのエリート街道を進めたのは彼の出身が上級貴族で、しかも急進攻勢派の重鎮だったことがその理由だそうだ。

「共和国が帝国貴族を敵視している訳がよくわかるような事例ですね。これだから貴族はと言いたくなりますよね」

「おいおい、それをお前が言っていいわけないだろう。お前は男爵になったばかりだよな。ここでの話だけにしておけよ」

 なんだか前途に暗雲が立ち込めたような気になってくる。

 これは真剣にサボタージュを考えないといけないかな。




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