第217話 帰投報告



 基地に帰ってきたグラスは、その足ですぐにこの基地で一番のお偉いさんであるサカイ中佐の元にアプリコットを伴って出頭した。

 帰投の挨拶をするためだが、それだけでない。

 だいたいグラスは、そこまでまめな男じゃない。

 いい加減な男じゃないが、避けえる面倒は避けて通るタイプだ。

 このような帰投の報告など翌日になってきちんとアポを取った後に行う方が面倒は少ない。

 しかし、今回は違った。

 とにかく預かった兵士を返したいのだ。

 そうでなくともつい最近まで小隊規模でしかないところに中隊に格上げされてアプリコットや部下たちの不平がものすごかったのに加え、ここに来てから中隊長のまま大隊規模の兵士を預けられてはたまらない。

 しかも、そのほとんどが教育の必要のある新兵ときていれば勘弁してくれと言うのも人情だ。

 返せるものならすぐにでも返したい。

 しかし、その返し方が難しい。

 そのまま教育に目途がついたので返しますというのなら、次はこれもと言ってお代わりを預けられるのがおちだ。

 唯でさえ、そろそろ敵との遭遇が危険視されているのに新兵ばかりを連れてのジャングル探検は殆ど自殺行為だ。

 そのあたりの事もあり、相談を兼ねての訪問になっている。

 アプリコットを連れているのは、彼女に代表になってもらい、交渉ごとの経緯を知ってもらうためだ。

 グラスの経験からは、このような場合にグラスの希望通りにはならないのが普通だ。

 希望通りになったためしがない。

 無駄だと知りながらも頑張った実績造りと罵って貰っても構わないとすら思っての交渉だ。

 この交渉で、最低限敵との戦闘が発生しても生きていける態勢だけは確保したいと思っているのだ。

 そんなことを考えながら連隊長室の前まで来た。

「中尉、着きました。入りますよ」

 ぼうっとしながら歩いていたグラスをアプリコットが窘めてから部屋の扉をノックした。

「入れ」

 中から連隊長のサカイ中佐の声がした。

「グラス入ります」

 グラスはアプリコットを連れて部屋に入った。

 さほど広くはない部屋だがそれでも執務机の他、応接セットまで置いてある。

「よ~、帰って来たか。予定通りだな。怪我など兵士の損失はあったか」

「いえ、全員が無事帰投できました」

「それで成果はどんな感じだ」

「さすがに中間地点まで行くまでの間では迷子などのロストが多数発生しましたが、とにかくお借りしたベテラン兵士などの協力もあり全員を目的地まで連れていくことができました。経験を積ませることができ、帰りにはそういったトラブルは一切発生しませんでした。預かった兵士は皆、一応の水準まで達したかと判断します」

「それは凄いな。あの短時間でそこまで教育をして貰えるとなると、軍も教育の仕方を考えないといけないな。少なくとも私が教わった方法では、新兵は育たなかったしな。で、ここに来たのはその新兵を返したいと言う事かな」

 さすがにグラスの訪問の意図を見抜いているようだ。

 となるとここから気を付けないと予想通りのことになる。

 新たな新兵を押し付けられるのは勘弁してほしい。

「無事帰投しましたので、その報告と、できましたら少しばかりの相談があります」

「帰投の報告はついでだろう。いやこの場合口実と言った方が良いかな。で、本題の相談ってなんだ。あ、先に言っておくがまだ新兵教育は終わっていないから、その協力はしてもらうぞ」

 やはり、完全に意図は見抜かれていた。

 その上で先にくぎを刺してきた。

 帝国一の精鋭を率いてきたのはだてじゃない。

 唯戦闘がうまいだけじゃなく、こういった交渉ごとにおいても負けたことが無いのだろう。

 でなけりゃあれほどの功績を積み重ねること名で出来まい。

 おっと、サカイ中佐の言葉を聞いたアプリコットが絶望に打ちひしがれているような顔をしている。

 若いな。

 交渉事で心情を顔に出してはまとまるものもまとまらないだろう。

 彼女は優秀だが、いかんせん経験が足らない。

 そういった経験を今積んでいるのだから、良しとするしかないが、そんな余裕が今の彼女には無い。

 落ち着いたら追々教えておくとしよう。

「さすがですね。早速意図を見抜かれてしまいました」

「なにを言う。そんなことは織り込み済みだろう。その上での相談のはずだが、違ったかな」

「御見それしました。しかし、新兵を返して身軽になりたいのは隊全員の偽らざる本心です。ダメもとでしたが。前置きはここまでとして、ここからはまじめな相談です」と言って、相談を始めた。

 これからは本当に敵との遭遇戦が発生する可能性が高い。

 そんな状況で、今まで通りに新兵を中心とした部隊を率いてはそれこそ全滅の恐れがあるので、その対応を相談し始めた。

 グラスが取り得る選択肢はそれほど多くはない。

 新兵の教育から解放されるまでジャングル内の探検を中断しておくか、新兵と離れての活動を始めるか、最悪は遭遇戦を起こらないことをひたすら神にでも祈りながら、今まで通りの活動をしていくかと言う事だ。

 ただ、それでも基地上層部には遭遇戦の危険性をきちんと報告して記録を残させることは重要だ。

 でないと勝手に遭遇戦を引き起こしたなんて言われかねない。

 尤もそんな場合でも自身の命で責任は無理やり敵に取らされているだろうが、本人にしても部下たちにしてもたまったものじゃない。

 部下を率いる者の責任としては、リスクの明確化とその対応だけはきちんとしておくものだ。

 グラスとしては、とにかく生き残ることを最優先として準備を整えたく、比較的親しくさせて貰っているサカイ中佐と相談をしているのだ。

 そのためには、例の場所に物資の集積所を作り、そこを要塞化する計画を何としても実現することだ。

 ジャングル探査の命令は現地の上層部から出されているわけじゃなく帝都の皇太子府からの命令なので、無視する訳にはいかない。

 そうなると、このままジャングルの奥への探査を続けるしかないわけなので、その場合、安全の確保のためには要塞化した集積地に重機関銃の設置は是が非でも実現しないといけない。

 また、その場所の警戒は新兵ではなくベテラン兵士にさせないと、本当に危険だ。

 そのあたりについても、今まで精鋭部隊を率いてきたサカイ中佐と相談していった。

「だいたいこんな感じか。しかし、これは私だけでは決められないな。師団長の判断がいる案件だ」

「そうですね。そもそも新兵教育も師団長が絡んでいましたから、そのあたりも合わせて相談しませんと」

「行くしかないか。さすがに無線で承諾を得るわけにはいくまい。それに資材の件もあるし、明日にでも行くとしようか」

「そうして頂けますと助かります」

 サカイ中佐との会談は計画を煮詰めて師団長の裁可を仰ぐことになった。








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