第216話 帰投
セーフティーエリアの中央に設置した本部前に着いたのは夕方近くになっていた。
さすがにこの時間では次のエリア調査に向かうのは適切でないので、今日の調査をいったん終了し、情報のまとめに入って貰った。
「どんな感じかね。明日中には大体の調査を終わりそうかな」
「当初の予定通りの調査で終えれば今日にでも終わったとは思いますが、流石に今日のような詳細な測量をしますと終わりそうにありません。明日以降はどうしましょうか」
「当初の調査でお願いします。今日の場合は、気になる形跡があったので詳細な調査をお願いしましたが、エリア全体までする余裕は、今回はありませんからね」
グラスとエレナが話しているところにアプリコットが入ってきた。
「中尉、この後はどうしましょうか。あの獣道の跡を追いますか」
「それはやめておこう。何も準備なしで虎口前に出たくないよ。この先は、いつ敵の索敵エリアになっても不思議のない最前線だし、あまりに危険が大きい。幸いこの場所はいい。ここに補給のための集積地を作っておけばもう少し安全に調査できそうだしね」
「前に作った基地のようなものをここにも作るのですか」
「それができればいいのだけれど、ここには水が無い。できてもせいぜい集積地くらいかな。安全のために武装してちょっとした砦のような物にはしたいかな」
「判りました。では、明日以降はどうしますか」
「当初の予定に変更はないよ。このあたりを調査して、明後日には帰投する。この先の調査は、一旦基地に戻ってしっかり準備してからかな」
その後も出払っていた各小隊は日の沈む前にどんどん戻ってきていた。
日も沈み、みんなで夕食を済ませた後に士官たちを集め、今日の報告と明日の予定を聞いた。
各小隊が行っていた調査と言う名の訓練では予定?通り数名の迷子を出したが、これも予定通り山猫を始め数少ないベテランで構成されていたバイク隊にしっかり保護され、ロストには至らなかった。
訓練も順調の様で、明後日以降、基地に帰れば元の隊に返却できそうだ。
アプリコットを始めジーナ達新人士官で構成されている我が本部要員もほっとした様子であった。
皆の報告を聞いた後、グラスが見つけた獣道の件を話し、今後の予定について話し始めた。
「これは、基地に帰ってからの話になるが、この場所に物資の集積地を作りたい。この場所を足掛かりにあの獣道の調査をしていこうかと考えている」
「隊長、またこの場所に基地を作るのですか」
「本当は作りたいのだが、水の手配ができそうにない。せいぜい補給用の集積地だな。でも、寝る場所位はテントじゃなく小屋で眠りたいので、例によって小屋は作ろうかと思っているよ」
そんな士官連中との打ち合わせを行っているテントにサリーがポロンを連れてやってきた。
士官たちにコーヒーを持ってきてくれたのだ。
「隊長、入ってもいいですか」
「サリーちゃんか、どうした」
「皆さんのコーヒーを持ってきました」
「ありがとう、早速入ってくれ」
サリーは入ってくるなりコーヒーを配りながら、この辺りについてかすかではあるが覚えていると話してくれた。
先のポロンさんの態度と良い、この辺りは現地の人にとって割と有名な場所なのだろう。
ジャングル内で、これほど開けた場所はそうそうない。
ローカル兵力もそうだが、交易など一般の人もここを利用していたそうだ。
そうなると、ここには誰かしらを常駐させておきたい。
ここなら待っていればローカルとの接触もできそうだ。
サリーの話も合わせて上に報告を入れ、集積所を作ることで当面の課題とした。
そうなると最大の問題は共和国との接敵の件だ。
さすがにジャングル内であることから大隊以上の敵との遭遇は考えられないが、それでも大隊との接敵の危険性は残る。
重火器の持ち込みは苦労するが、我々が先に持ち込んでしまえばこの場所を守るくらいはできそうだ。
しかし、それでも問題は残る。
それも肝心の問題だ。
兵士の質については如何ともしがたい。
新兵だけで戦わせたら命がいくつあっても足りそうにない。
俺は死にたくはないし、俺の部下を死なせたくもない。
この場所より先には新兵は連れて行けそうにないな。
同じようにジーナ達も考えているようで、俺にこの先の見通しについて意見を言ってきた。
「隊長、この先にはむやみに進まない方がよろしいかと思います」
アプリコットも同意見の様でその後に続いた。
「私たちも含め、今のような新人ばかりですとまともに戦えそうになりません。以前のような小隊ならば逃げるという選択肢もありましたが、このような大隊規模ですと其れも叶いません。できるだけ速やかにここを離れましょう」
「マーリンさんの意見ももっともだが、明日までは予定通りにしていこう。このあたりの調査をもう少しやっておきたい。その後については上と要相談だな」
「隊長、なんですかその『要相談』とは」
「だから、敵との戦闘も視野に入れると、この先は花園の先輩たちに任せた方がいいかもしれないということだ。そのあたりを司令部の連中と相談していかなきゃと言う事だ」
グラスの回答に不満だったのかジーナはこぼすように小声で独り言を言い出した。
「それができれば今頃先輩たちがここに来ていますよ。できないから私たちが良い様に使われているんじゃないですか」
ジーナの言い分はもっともだが、だからと言って我々だけで戦端を開くわけにもいくまい。
しかも、望まない戦闘は司令部でも歓迎されないので、そのあたりもきちんと話しておかなきゃならない。
でないと、また俺のせいにされかねないからな。
「大丈夫だと思うよ。司令部だって今のこの状況で敵と戦いたくは無いだろうからね。俺なんかに任せきりは無いだろう」
「だといいんですけれどもね」
最後にアプリコットが思いっきり皮肉ってきた。
みんなとの会合も終え、今日のところは無事に終えた。
翌日も、昨日の話し合い通りに問題なく作業を終え、翌明朝帰投する。
夜の間に今までの資料をまとめ、簡単ながらも基地からこの場所までの地図はできていた。
翌々日、各小隊長にできたばかりの地図を渡し、我々は帰投した。
なんと驚いたことに、帰りはロストが一人も出なかった。
本当に若い子たちの成長は早い。
使えない新人ばかりだと思っていたが、流石命のかかったOJTだ。
すぐに物にしていく。
帰投後にサカイ中佐にこの驚きとともに報告を入れて今回の調査を終えた。
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