第215話 邪魔するおじさん
とりあえず司令部を置いている開けた場所を中心に、周りに小隊を配置して半径にして1km位の範囲のセーフティーエリアを構築した格好になるが、この広さならば2日もあればそれこそ細かな起伏まで調べることができる。
グラスは、測量チームを率いて、この一応の安全が確保されている場所の調査に向かった。
指揮所から出発して周りを順番に調査していった。
この調査隊には珍しく今回はアプリコット少尉も同行している。
そのアプリコットは、これも今回初めてではあるが保護しているポロンさんと一緒に測量チームが仕事をしているのを見守っていた。
アプリコットにしても本格的な測量の経験は、アンリ元技術少尉について居留地近くを回っただけで経験はそんなになかったのだが、それよりも現地勢力の一兵士であるポロンには、この測量が珍しくてしょうがない様子だ。
いちいちアプリコットに作業の説明を求めてくる。
アプリコットにしても専門家じゃないが真面目にその都度説明をしているようだ。
端から見ているグラスにとって、この風景は本当に微笑ましく見えた。
ここが戦場とは思えない、優しい空気が漂っているようだ。
今回の調査の目的は、このジャングル内のより奥まで調査するための事前調査だ。
なにせ、この先にはアンリさんたちを保護した場所があり、その場所は明らかに敵である共和国軍兵士が出入りしていたのがわかっている。
敵の支配地域とまでは言わないが、索敵エリア内だということだけは疑いようのない事実だ。
最近の共和国軍全体の様子からは、自軍エリアを縮小して再起を図っているように見えるが、だからといってその場所を放棄したとは限らない。
我々帝国軍がその場所に入ると、少なくない割合で偶発的な武力衝突が発生する恐れがある。
そんな場合でも、一人の犠牲もなく退避するには、どれだけ事前の準備があっても難しい。
グラスの構想としては、この指揮所のある場所に仮設の基地を作り、その周りに今と同じように小隊を配置して万全の構えを作っていき、その準備が出来た後に調査隊を進めていくことだった。
この場所には前方で調査している部隊が不測の事態に陥っても逃げられる場所として機能させるために、重火器もできればここに持ち込みたい。
重火器まで準備できたら、このセーフティーエリア内で敵をゲリラ戦にて翻弄し、指揮所付近の重火器で応戦しながら連隊基地もしくは師団本部からの応援を待って対処する考えだ。
そのためには今行っている調査は極めて重要な仕事だ。
身を隠すことのできる木々の一本一本まで調べ上げ、練度の低い兵士でもより安全に対処できるようにするのが上司であるグラス自身の役割だと認識している。
尤もその対処計画を練るのは彼の優秀な部下たちで、グラス本人はその方針を示すだけだ。
なにせ、軍事方面の全くの素人が、最悪予測される自分たちの規模よりも大きな部隊との戦闘を計画するのだ。
出来るわけない。
できることといえば、調査中になにか不測の事態など責任者としての判断を求められた時に判断することだけだ。
そのためにと言う理由をつけて、調査チームについて回っている。
この状況を傍から見れば、仕事を邪魔しながら散歩している近所の迷惑おじさんといった感じか。
邪魔はしていないとは思うが、あながち間違ってはいない。
とにかく、ただついて歩いているだけで、これといった生産的なことは何もしていない。
「隊長。ちょっといいですか」
早速何かあったようだ。
やっと仕事が回ってきたようだ。
「どうした。何かあったのか」
「これを見てください。獣道ですが、獣が作った道じゃないですよ」
「どういうことだ」
「そうですね。中隊規模以下の隊で、徒歩などで通った跡ですね。靴跡がほとんど残っておりませんから判断に迷うところですがローカルのものかと思います」
「判断の理由を聞いてもいいか」
「まず、私がここまで奥に来たことがないことと、何より共和国では中隊規模になりますと必ず車両を伴います。特別な理由がない限り徒歩だけはありません。また、この道は頻繁に利用されていたようですし、それらを含め考えますとローカルしかないと思います」
グラスはその説明を聞いて、付いてきているポロンの方を振り返った。
彼女は何か言いたそうにしていたが、迷っているようでもある。
ここまで揃えば、間違い無いだろう。
我々が仮の指揮所をおいている開けた場所に度々来ていた、ポロンたちの兵士の通った跡だと思われる。
多分、ポロン自身も度々通ったのだろう。
それを言おうかどうか迷っているのだろう。
「ポロンさん。何も言わなくともいいですよ。軍事情報に当たることですし、我々は、聞かなくとも何も困りませんから」
グラスがポロンを気遣い、言葉をかけた。
その言葉を聞いたポロンはあからさまに安心したような表情になった。
そんな顔をしたらダメだろう。
その表情だけで雄弁に語っている。
チームはどんどん獣道をたどって奥へ向かっていった。
そろそろセーフティーエリアとしている範囲を超えそうというところまで来ていた。
遠くに付近を警戒している小隊のテントも見える。
「そろそろ、この跡を追うのを辞めよう。これ以上進むと安全が担保できない」
グラスは責任者らしく判断を下した。
「このまま引き返しますか」
アンリさんが聞いてきたので、グラスは素直に答えた。
「ただ帰るのはもったいないので、あそこに見える小隊の駐屯所まで測量しながら進んで、戻るとしよう。その方が色々使い勝手の良い情報が手に入るからね」
「それもそうですね」と言いながら、アンリさんたちは何事もなかったように黙々と仕事をしながら小隊を目指して進んでいった。
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