第214話 ポロンの苦悩
「隊長、準備が整いました。今日はどうしますか」
グラスがポロンたちと話していると、今まで一人で測量から地図作成まで行っていたエレナが入ってきた。
今回一緒に行動するのは本当に久しぶりとなった。
このような遠征ではついてきていたのだが、最近のほとんど訓練に近い付近の探索にはついてきていなかった。
そういうのも、現在バラ連隊の基地がある周辺の測量をサカイ中佐に頼まれて、バラ連隊に出向する形で貸し出していたのだ。
現在、例の亡命組のグループがついているので、ここに来てやっとお役御免となり、また一緒に行動することになった。
尤も、今回は例の亡命組のリーダーでもあるアンリ・トンプソン元共和国技術少尉も小グループ3人を連れて参加している。
今回は8個小隊で囲んだ地域内の地勢調査を2日かけて行う予定だ。
護衛に1個小隊を付けるが、残りの大多数の兵士はそれぞれの士官によって小隊もしくは中隊規模での訓練に当たることになっている。
とにかくグラス率いる部隊の目的はジャングル調査なのだが、ここに来て新兵の実地訓練が最優先の目的に変えられた感がある。
それでも、最初に発せられた命令の変更がないので、調査における成果がきちんとないと叱責及び懲罰の対象になるのだそうだ。
ちなみに新兵訓練での評価は加点されないらしい。
どれだけブラック職場なのだ。
こんなところで愚痴っていてもしょうが無いので、グラスはエレナに対して自身も同行することを伝えた。
「ちょっと待ってくれ。今回も俺は同行するから」
それを聞いたアプリコットがすかさず文句を言ってきた。
「ちょっと待ってください。中尉、この指令所を離れるのはお辞めください。大隊規模の軍が展開されているのに指揮官が指揮所に居ないというのはどういうつもりなのですか」
「え?必ず、隊長は本部に居ないといけないの?今までだってそんなこと無かったじゃん」
「なかったじゃん……ではありません。今までだってそうしないといけなかったはずなのですが、そんな規模での移動がなかっただけです。本来中隊規模以上になりますと、現地にも指揮所なるものをこさえてそこで指示を出します。しかし我々は、中隊になっても中隊全体での移動がなかったためにそういった部分が省略されていただけです。それなのに中隊での移動を飛び越え、いきなり大隊の運営ってなんですか。これっていじめにとられたって言っても反論できませんよ。隊長、聞いていますか。私は今年士官学校を卒業したばかりの、いわば新人なんですよ。そんな新人に大隊を預けるなんてどうかしています」
「それを言ったら、僕なんてマーリンさんよりも軍歴は短いよ。大体、まともに士官教育もされていないしね。そんなのに任せても大丈夫だとあの人たちが言っているようなのだから、このまま好きにやろうよ」
「ですから、どうするのですか」
「どうするも何もないよ。今までどおり、ここには無線担当と士官数人を残すから、大丈夫だよ。それに今回はサカイさんからベテランさんも借りているしね。そうだな、山猫はここに残すか。ロスト搜索もあることだし。その指示を任せてもいいかな、メーリカさん」
「隊長が言うのなら、それでもいいですよ。ただし隊長の護衛にもうちから連れて行ってくださいね。ドミニクに2人ばかり付けますからそれを連れて行ってくださいね」
「オッケ~~。それじゃ~~~」
「待った~~~~~。まだ話がついていません。わかりました。そういうことなら私かジーナもご一緒させてください。残ったほうがここで待ちます」
「そういうことなら、マーリンさんが付いてくるといいよ。いつもこういった場面では留守番が多かったからね。ということで、ジーナ、悪いけど居残りな。カリンもここに残すから、あ、それにサカイさんからお借りしているサーシャ少尉も本部で対応をお願いしておくから、何かあればカリンさんかサーシャさんとよく相談していれば問題ないよ。どうせ何かあれば、メーリカさんがバイクを飛ばしてすぐに俺のところまで来るだろうからね」
「そういうことだ。ジーナ少尉。任せてくださいな」
急にグラスから振られた仕事に驚いていたジーナをすかさずメーリカさんがなだめに入った。
ここでごねられると無駄な時間ばかりが過ぎていく。
ジーナは、納得はしませんという顔をしながらいやいや頷いた
とにかくこれでやっと出発ができる。
グラスたちを待っていた測量班に混じってサリーとポロンもいた。
アプリコットは2人の同行にも文句を言っていたが、ジャングルではむしろ我々の方が素人だと説明して彼女を納得させ、やっと出発した。
同行者は測量班のエレナを筆頭にアンリさん以下3人の5人にグラスとアプリコット、それを護衛する形でドミニク率いる山猫の3人、それとこれはほとんどいらないのだが、形ばかりの護衛になるほとんど教育訓練中の1個小隊30名で、合計40名のちょっとした人数だ。
それが、いちいち測量をしながらジャングル内を進んでいく。
地図なんて使うときには意識すらしたことがなかったのだが、作るとなると本当に地味な作業ばかりで手間が半端ない。
グラスは久しぶりにゆっくりと話ができたサリーとぺちゃくちゃ話しながら測量班の後ろからついていく。
その姿を冷ややかな目で見ながら、新兵ばかりの護衛小隊の様子を気にしているアプリコットが付いてくる。
山猫さんたちはバイクを使って進行方向の安全を確保している。
流石だ。
やはり彼女たちだけいればいいのかな。
そういえば最初に出会った時から、彼女たちに助けられてきた。
その様子を『俺っていらなくない』って気持ちで見ていたのだが、その気持ちに何ら変化が出ないことが本当に情けない。
どうでもいいことを考えていると付いてきたポロンさんが何か言いたそうにしていた。
そういえば今回指揮所を置いた開けた場所も彼女たちの勢力が利用していたようだし、さしずめ彼女たちだけが知っている道などの情報関係かなとは予測がついたが、まだ友好関係も結べていない帝国に対してどこまで信用していけばいいかもわかっていない様子で、苦しそうだ。
「ポロンさん。何かこの辺で知っているようですが、我々に何も言わなくてもいいですよ。あなたも軍人なら、地理的情報の大切さを理解しているのでしょう。下手をすると裏切り者呼ばわりされかねませんからね。それに、今の我々は、このあたりの地図作りが仕事ですから、その情報が無くても問題ありません。あなた方の頭と会って友好関係を結べたら、その時には教えてください」
「グラス中尉、ご配慮を頂き、ありがとうございます。確かに、我々はこのあたりは何度も来ており、かなり詳しく知っています。いま中尉がおっしゃった様に、敵に利用されたら非常にまずいことになるので情報を言い出す訳にはいきませんが、邪魔だけはしません。これはお約束致します」
「それがいいですね。本当はいち早くあなた方の本隊にお会いして、友好関係を結んで敵に当たりたいのですが、あなた方にとって、我々も味方だとは信じてもらえませんでしょうしね。ただ、最近この辺にいる共和国の兵士の質がかなり悪いので、それだけは危惧しております。ですから急いで関係を結ばないと、第二第三のあの村のような場所が生まれてしまいそうです。味方と合流したとき、ポロンさんに無理のない範囲でいいですから、今まで我々を見てきたことを、我々に対して感じてきたことを正直に味方の方に伝えて欲しいです。今の私があなたに望むのはそれだけです」
「わかりました、それだけはお約束いたしましょう」
ポロンさんの表情にさっきまであった緊張が取れ、余裕が生まれてきたようだ。
サリーちゃんの件もあるができるだけ早く現地勢力と合流したい。
そのためには、今できることをするだけだ。
グラスは自身にそう言い聞かせていた。
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