第213話 駐屯
「隊長、到着しました」
ジーナが声を掛けてきた。
グラスは車から降りると全員をいったん集め命令を出す。
「お~~い、ちょっと手を休め集まってくれ」
「中尉、何をなさるので」
「これからの事を伝えていこうかと」
「いまさらですね」
グラスはアプリコットの皮肉を受けてちょっと凹みそうななりながらも全員を前に話を始めた。
「今回の探索はこれ以上先には進まない。ここで、2~3日留まり、付近の探索を行う。これよりここに簡易ベースを構築するので、この後全員で作業に掛かって欲しい。が、その前に俺のところだけじゃないかもしれないが、一個小隊づつ8方向に分かれ分駐してもらう。場所は後程小隊長に指示を出し、こちらから案内のバイクを出すので従ってほしい。小隊長だけこの場に残り、後は作業に掛かって欲しい。以上だ」
「では、解散」
アプリコットの指令で一斉に動けばかっこが良かったが、まだ精鋭には程遠いので、バラバラと言った感じで散っていった。
それでも1000名近い人間の移動は迫力がある。
この場所は前回の探索で見つけていたので利用したが、ジャングル内では珍しく小学校グランド程度の開けた場所だ。
このような場所が無ければ、こんな規模でのジャングル移動などできない。
グラスの前には士官だけで30名近くいた。
それでも大隊規模での士官の数と比べるとはるかに少ない。
今このあたりの軍隊の置かれている危機的状況に士官の数の不足がある。
唯でさえ上からの覚えが非常にめでたくないグラスの隊には士官が送られてくるわけない。
送られる士官もその大半は今年の士官学校卒業生と言う経験の乏しい者たちだ。
そんな士官を前にグラスは話を始めた。
「君たちに小隊を率いてジャングル内で分駐して貰う。それぞれの隊には無線とバイクを1台出すから連絡だけは簡単に取れる。そこで、これだけは絶対に守ってもらいたいことがある。ロストなど、何かしらの不都合が生じれば直ちにこちらに連絡をくれ。君たちの経歴には傷をつけることが無いので安心して何でも報告をくれ」
「隊長、それはどういう意味ですか」
「ジーナ君。いい質問だね。ここまでの行軍で、我々は本当の意味でのロストは一人も出ていない。俺は、ここで一人の損失も出したくない。しかし、君たちが扱う兵隊は殆どが新兵なのだ。当然何かあっても驚くことはない。いやむしろ、何も出ないようなら俺はそれを疑う。なので安心してロストなど発生したら報告を上げ、こちらからの指示を待て。決して自分らの判断で捜索に出ないように。2次被害の方が心配だ」
「隊長、それは酷くないですか」
カリンが文句を言ってきた。
「私たちは十分に訓練を受けております」
「君たちは訓練を受けていようが、君たちが率いる兵士は皆、ジャングルの素人なのだ。そんな素人を間違いなく導いていけると本当に考えているのかね。俺にはそんな自信がないよ」
カリンは思い当たったのか恥ずかしそうに顔をそむけた。
グラスは構わずに話をつづけた。
「主に捜索になるだろうが、何かあった時の対応はサカイ中佐を見習いベテランだけに任そうと思っている。餅は餅屋だ。安心して報告を入れてくれ」
「では、私たちは何をすればいいのですか。私たちの指導力を問われたりはしないのですか」
「君たちの軍でのキャリアを心配しての発言かと思うが、そこは心配しなくていい」
「なぜですか」
「俺が上からかなり強く睨まれているからだよ。ここで目覚ましい活躍でもしようものなら、俺と同様に上からにらまれることは確実だな。俺の元では経験だけ積んで目立たないことが処世術だと思うよ。アプリコットなど、俺と同列に扱われているので、叙勲しても上からの評価は芳しくないのではないかな。でないと、いつまでも俺の副官なんかやっていないよ」
「そ、そんなことはありませんよ」
アプリコットから説得力の全くない発言を聞いたが、そのまま続けた。
「とにかく今回の目的は、8個小隊で囲んだ安全地帯の中の調査と訓練だ。その安全の確保のための警戒が君たちの使命だ。分駐地から離れることは必要ないが、その場での警戒だけは怠りなく行ってほしい」
全員が納得したかどうかは解らないが、サカイ中佐からお借りしているベテランの士官にはグラスの意図は通じた様だ。
その場で解散となりそれぞれに散っていった。
グラスはメーリカさんに頼んでバイクでそれぞれを目的地まで案内してもらった。
その後はグラス自身の泊まる場所の確保のためにサリーちゃんが準備しているテントまでやってきた。
「どんな感じだ」
「あ、隊長。こっちは心配ないですよ。ポロンちゃんも手伝ってくれてますし」
ここまで一緒に行動を共にしてきたポロンとは、やっと打ち解けて話ができるようになってきていた。
「グラス隊長。ここをご存知でしたか」
どうも地元ローカル勢力の兵士だったポロンさんはこの場所を知っているようだ。
我々が基地を置いている辺りもサリーが一時生活をしていた地元ローカル勢力の勢力下だった場所だ。
この辺りを熟知していても頷ける話だ。
しかし、ポロンは兵士だったためか軍事情報にかかわる話は我々には話さない。
グラス自身も無理に聞こうとは思っていなかったので、正直先ほどの話には驚いた。
ポロンたちの勢力はこの場所を利用していたと言っているようなものだ。
ならば、今回は無理でもこういったことを繰り返していればいずれは目的のサリーの姉に会うことができそうだとグラスは確信を持った。
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