第212話 移動中の車内
あの出発式から3日目、ジャングル内を順調?に進んでいる。
「中尉、もうすぐ予定の場所に到着します」
俺の横で、もうすでに目の下に隈を作ったアプリコットが報告してきた。
「ロストはどんな感じだ」
ロストとは、早い話が迷子の事だ。
なにせ新兵ばかりで1000名近くいる部隊をいきなりジャングル探査に駆り出したのだ。
おまけに彼女、彼らのお目付け役である精鋭のベテラン兵士も、そのほとんどがジャングル初体験と来ては迷子だって出ても不思議が無い。
アプリコット達はその迷子たちのフォローで連日オーバーワーク気味だ。
俺だってブラック職場にしたくはないが、彼女たちが納得しない。
暫く迷子にさせてから拾いに行けばいいと思っているのだが、それを彼女たちは許さない。
それこそ2時間おきに各部隊に点呼を取って迷子の把握に全力で当たっていた。
しかし、たたき上げの山猫さんたちは慣れたもので、いつもと変わらない。
「現在3個小隊が予定より遅れて進行中です」
ジーナが最新の迷子情報を報告してきた。
「隊長、ほっておくんじゃなかったの」
メーリカさんが言ってきた。
「俺もそのつもりだったんだが、彼女が納得しないんだよ。それよりも、例の件は大丈夫か」
「今回はバイクが25台もあるんだよ。全く問題ないね」
グラスはメーリカに迷子の保護を頼んでいた。
遅れて迷子になる連中をその後ろからバイクで把握して拾っていく計画だ。
そう、迷子は想定内の事なのだが、アプリコットにはそれが許せない。
いや、アプリコットだけじゃなく士官学校出身者には、どうも納得がいかないようだ。
なんでも、学校で散々叩き込まれたのは、軍隊と言うものは組織で動いており、組織から離れた行動はあり得ないとのことで、迷子何て絶対にあってはならないとのことだ。
しかし、メーリカさんに聞いたら、ちょっとわかりにくい地形だとそんなの当たり前のように発生していたというのだ。
実践では練度の差により行軍で遅れる部隊など日常茶飯事だとか、要は実践を知らない帝都のお偉方には計画したことがそのまま実践されるのが当たり前と思っているようだ。
これにはサクラ閣下率いた花園連隊に原因があるのかもしれない。
あの連隊は、連隊全体で最高水準で兵士の練度が保たれており、部隊ごとの練度の差が無かった。
いわゆるチート部隊だった。
その連隊が実践でも遺憾無く軍功を重ねたものだから、彼らにとってそれが基準となっている。
士官学校の生徒も、あこがれの花園連隊を基準と考えているので、取り越し苦労ともいえる作業を自身に課してブラック職場が出来上がっていた。
グラスの仕事としては、その初々しい少尉たちには机上の空論と実践との違いを本当に自分の物として理解させることもある。
でないと『泣いて馬謖を斬る。』はめになるためだ。
グラスの行軍速度はいつもの半分程度まで遅くなっているが、それでもアプリコットが学校で教わる速度よりもやや遅く、メーリカさんの経験ではベテランの多くいる部隊速度と比べても倍くらいの速さで動いているそうだ。
今までのグラスの行軍が異常だっただけなのだ。
グラスのジャングル内の行軍の秘密は何といってもそのやり方にある。
通常大軍でのジャングル内の移動はあり得ない。
仮に何らかの事情であってもできるだけジャングル内の移動を避ける。
以前に敵が川原で大被害を受けたのも、川伝いに大軍を移動させたために鉄砲水でほとんど全滅したのだ。
それを嫌うとなると、あとは徒歩での移動だけとなる。
どうしても車両を入れようとするならばそれこそ簡易の道をジャングル内に敷設しながらの移動となり、恐ろしく時間がかかる。
では、グラスはどう違うのかと言うと、まず、安全の確保と車両の通れるルートの探索を徒歩もしくはバイクを使って行い、それが終わるまでは本隊を動かさない。
ルートが決まれば今度は躊躇なく本隊全部で移動する。
こうすると、小隊規模での移動でも通った後には道ができるので、引き上げ時はそれこそノンストップで帰ってこられるという寸法だ。
この方法の唯一の欠点は上からの受けが悪いと言う事だ。
なぜかって、部隊の大部分がそれこそ半日以上何もせずにその場で待機となるのだ。
上からすれば『あいつら何しているんだ。』って感じに受け取られる。
一部だけに仕事させさぼっているように見られるのだ。
およそ組織人にとって、上からの受けの悪さは致命的だ。
それがどんなに結果を伴っても、なかなか受け入れられるものじゃない。
その証拠に叙爵まであったにもかかわらず未だにグラスのここでの評価が芳しくないのだ。
しかし、そのグラスは軍隊での評価に全くと言って興味が無い。
およそ軍人に向かない性格もあるが、一番の理由は無理やり軍人にさせられたのが大きい。
とにかく期限まで言われたことをするだけと言うスタンスなもので、そのためには最少の苦労で成果を上げることを一番に置いていたので、とにかく今までの軍人ならばやらないことばかりしてきた。
それが今の彼の評価に繋がっている。
そろそろ本題に戻すが、グラスがロスト対策をお願いしているメーリカさんに聞いてみた。
「今のところ、本当の意味でのロストは無いよね」
「危なかったのが3人ばかりいましたけど、そういう意味ではロスト0です」
「危なかったのって」
「本当に隊に置いていかれ、迷子になって、パニックにでもなったのか、装備一式を脱ぎ捨てて、ジャングル奥地に走り出したのが二人、その場で泣きつかれたのか目をはらした状態で気を失っていたのが一人と言った感じかな」
「オイオイ、そんなメンタルのをよく兵士にしたよな。俺が言える事じゃないけど、まだ帝国は徴兵制じゃないよね」
そんなメーリカさんとの会話を聞いていたアプリコットが答えてくれた。
「中尉のメンタルについては、いきなり共和国の首都に一人で放り込まれても、平気な顔をしながら捕虜を連れて帰ってきそうですけど、それは置いておいて、彼女たちは皆きちんと選抜されてきたものです。当然メンタル面でも評価はされておりますが、いきなりジャングル内で一人になった時のことまでは評価しきれません」
「俺の評価については色々と物申したいのだが、いまさらなので、置いておくが、それもそうかな。まだ、仲間を信じ切れていないのが原因か。尤今回の経験がその後に生きてくれば大きく成長も期待できるのだけどもね」
そんなくだらない話をしながら車を進めていると、車内無線兵士が報告してきた。
「先頭車両が目的地に到着しました。この車もあと10分で到着します」
一旦、ベースを置いてロストの回収する予定の場所に着いたようだ。
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