第209話 出発式

 翌日、グラスは全兵士を彼が拠点を構えている居留地の大きなテラスの建家の前に集めた。

「え~~~、なんでこんなに、いっぱいの兵士がここにいるのですか」

 ジーナが驚いた声を上げていた。

「人数ばかりじゃないでしょ」とジーナを嗜めるアプリコット。

 その横で、彼女の同期であるカリンがそっとジーナに囁いた。

「もっと周りを見てみなよ。なんで見慣れないお偉いさんがいるんだよ」

「え?え?あ本当だ。サカイ連隊長はわかるけど、なんでアート連隊長やサクラ閣下の副官であるマーガレット中尉までいるんだろう」

「これだと、規模だけはもう大隊だね」

「そんなのおかしいよ。だって、うちの隊長って中尉だよね。中尉率いる大隊って、ありえないでしょ」

「うちの隊長はおかしいから。そもそも中隊だって異例なのにね」

「あのね、おかしいの一言で片付けないでくれないかな」

 そんな同期の新人士官たちがグラスの横でこそこそおしゃべりをしている。

 それを快く思っていなかったマーガレットが軽く「ゴホン!」とわざとらしい咳で注意を促した。

「怒られちゃったみたいね」

 本当に何をやっているんだか、いつもは優秀なんだが、こういった場面ではまだまだ学生気分が抜けきらないようだ。

「おはよう、諸君。楽にしてくれ」

「全体、休め」の号令とともに『休め』の姿勢になる。

 その動作は、まだまだ訓練された部隊とは言えないくらいバラバラなのだが、訓練されていない兵士ばかりを集められたのである意味やむを得ないものはある。

「本日から、俺の率いる部隊には、新たな任務が課せられた。当分はこの部隊を二分して、交代でジャングルの調査に向かう事になる。半分ずつジャングルに入るわけだが、ここに半分が残る計算だ。ここに残る半分はここ居留地の整備と居留地内に残るジャングルを使っての動作訓練を行ってもらう。事前に連絡が行っているだろうが分かれてもらおうか」

 メーリカさんがみんなに号令をかける。

「全体、別れ!」

 また、バラバラと左右に分かれていく。

 サカイ、アート両中佐は頭を抱え苦笑いをしている。

 これじゃ使い物にならないなと。

 1分ばかりして落ち着いてきたので、グラスが続ける。

「今別れたチームをそれぞれ、う~~む、そうだな。こちらが『くまさんチーム』、それでこっちが『ウサギさんチーム』としよう。今日から大体一泊二日位で、最初に『くまさんチーム』を連れてジャングルに入るから、『ウサギさんチーム』は、まずは自分たちが住む場所を作ってもらう。作り方などわからないものは知っている連中も残しておくので一緒に協力して作業に当たること。『くまさんチーム』を専属でスティアとカリンが面倒を見てもらうから、両名の指示に従ってくれ。『ウサギさんチーム』には同じようにドミニクとケートが専属で当たる。ジャングルには私の他アプリコット副官とメーリカ少尉、それに海軍陸戦隊から来ているケート少尉も同行し、ここにはジーナ少尉が残る。それと、アザミ連隊から今回の作戦のオブザーバーとしてアリア大尉もここに残って皆の面倒を見て下さるそうだ。指揮権は無いそうだが、彼女の指示には従って欲しい」

 一斉にテラスにいる士官たちを見ながら騒ぎ出した。

 テラスに集まっているグラスのところの士官たちもざわついた。

 メーリカさんが呆れながら号令をかけた。

「静まれ!」

 騒ぎは徐々に静まっていく。

 この様子に、連隊長の二人は頭をうなだれた。

「全然なっていない」

 よく兵士たちを観察してみると、騒いでいたのはうちの士官たちと、アザミ連隊から来た4個小隊、それに今回初めて加わったバラ連隊の新兵たちだった。

 前から一緒に仕事をしていたバラ連隊の新兵やメーリカさんたちに散々鍛えられてきたうちの新兵はそれなりの対応だった。

 新たに加わった連中はしょうがないが、なんだろうな、うちの士官たちは、時々残念士官になってしまう時があるんだが。

 いつもはとても優秀なのに非常に残念だ。

 その後、グラスが慣れない訓示を垂れて出発式のようなものが終わった。

 本当なら適当に出発しようとしていたのだが、新たに加わる連中が混乱しそうだったので、一度集めただけだった。

 それなのに超真面目人間のマーガレットさんがゴチャゴチャ言ってきたのでこのようになったのだ。

 しかし、連隊長のお二人もここに来たのには驚いた。

 それなりではあったが、この式のようなことをやっておいて本当に良かったと思った。

 一泊二日で基本徒歩での調査となっているので、今回もアンリ外交官はお留守番だ。

 一応、グラスがいつも使っている敵のお古の指揮車を連れて居留地を出発した。

 アンリ・トンプソン元少尉他3人の測量技師と、今回はまた合流したサリーちゃん、それに彼女の幼馴染でこれも保護していたポロンさんも同行している。

「サリーちゃん。ジャングル内は徒歩だけど大丈夫かな」

「あ~~、隊長は忘れていませんか。私は元々このあたりの育ちですよ。大丈夫に決まっています。バカにしないでください」

「ゴメンごめん。でも、一応いつもの車もあるから何かあったら言ってね」

 グラスたちに先行して、旧山猫とやっと育ってきたうちの新人のペアを数組先行して警戒に当たらせており、残りの山猫の連中は士官下士官兵士の別なくうちの新人を連れて、新たに合流してきた連中の世話をさせている。

 バラ連隊から応援に来てくれるサーシャ率いる小隊にも新人たちの面倒を見てもらっているが、アザミ連隊から来ている2個小隊については、こちらは山猫の面倒を素直に受け入れている。

 ベテランさんもいるはずなのだが、新人の多くが正直あれなので、小隊としては全く使い物にならない。

 あちこちから集まってくるそんな報告を非常に暗い気持ちで聞いているアプリコットがぼやいていた。

「なんで、帝国で最も精鋭と言われたアザミ連隊の部下たちが余り物で構成された私たちより使えないのよ。こんなのっておかしいでしょ」

 いつもは傷を舐めあうように一緒にいるジーナも今回は別行動だ。

 指揮車の中にはアプリコットのボヤキを聞いたアンリさんが慰めていた。

「共和国は色々と問題ある高級士官が多くいますが、帝国は別の問題があるのですね。どこへ行っても、問題は無くなりませんかね」

 こんな時にはグラスに対して皮肉の一つや二つ、十や二十を言ってやるのだが、そのグラスはのんきに外でサリーやポロンと並んで歩いているのが見え、アプリコットは非常に納得がいかない気持ちを持つのだった。





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