第210話 OJTの極意?


 グラスは、大隊規模の中隊という訳の分からない部隊の半分の兵士を連れてジャングルの中を歩いていた。

「サリーちゃん、大丈夫か」

「隊長、なんのことです」

「ジャングルの中をこの後もずっと歩く事になるが、大丈夫かということだよ」

「あ~~、隊長、私のこと馬鹿にしてませんか。私は、ここジャングル育ちなんですよ。2~3日歩いたくらいでヘコタレなんかしませんよ。そうだよね、ポロン」

「そういえば、ポロンさんも、怪我の方は大丈夫ですか。いきなりジャングルに連れてきてしまい申し訳ありません」

「いえ、怪我の方は問題ありません。しかし、いくら私をジャングルに連れてきても仲間のことは教えませんよ。私に良くはしてくれていることは感謝してますし、サリーのことも大変感謝してますが、私も兵士の端くれです。仲間を売ることはできません」

「ポロン、隊長達は良い人なんだから、そんな事を言ってはダメだよ」

「良い人なのは理解しているが…」

「サリーちゃん。いいんだよ。ポロンさんにも事情があることだしね。それに私たちはポロンさんにそんなことは求めておりません。どうせ、今まで帝国も共和国もあなた方に対してロクなことをしてこなかったんでしょうから、いまさら信じてくれといっても無理でしょうしね。何より、あなた方が我々と共和国との違いを完全に理解しているとも思えませんから、気にしていませんよ」

「では、なぜ私を」

「徐々にではあるが、私たちはこのあたりのジャングルを完全に調べなくてはなりません。その途中で、サリーのお姉さんを探してサリーを返さないといけませんしね」

「え~、私はここにいてはいけないの」

「いや、ここに居たいのなら居たいだけ居ても構わないけど、お姉さんにはきちんと許可を貰わないといけないだろう。だからさ」

「わかった、お姉ちゃんに会ったらきちんと許しを貰うね」

 そんな会話をしながらジャングル内の探査を続けていった。

 闇雲に歩いていた今までとは違い、距離と方角を図りながら、ある程度進んでは確認し、また進むといった感じでジャングル内を歩いて行った。

 当然この方法なら距離は稼げないので、どうしても進行速度は遅くなる。

 それが今のこの部隊には幸いしたのだろう。

 かろうじて脱落者を出さずに今まで来ている。

 尤も、距離や方角の確認の度に遅れて迷子になりかけている奴らを探すといった余計な手間をかけているのだが、それすら、グラスの隊の連中は問題ないくらいまでには育っていた。

 指揮車の中でその様子を見ていたアプリコットも、これだけは感心したのか、初めてではないかと思われる隊長のいい面を褒めていた。

「どうしてなんでしょうかね。うちでは問題なく新兵が育っていくのに、サクラ閣下のほかの部隊ではなかなか育たないのでしょうか。隊長の育て方が優れているとでも言うのかしら。いえ、そんなことはないでしょう。だとしたら、あまりに酷い隊長をそばで見ているので、生き残るためには自分がどうにかしなければとでも思って早くに育っていくのでしょうか。きっとそうだわね」

 アプリコットはいつものように感想を最後にはきちんと添えてきた。

 そういう彼女自身や同期の士官たちも今ではどこの部隊に出しても遜色ないくらいにまで士官として育っていることを理解していない。

 なんのことはない、グラスにはスキルがあるのだ。

 伊達にブラック職場で主任を経験していない。

 OJTの極意なるものを早々に習得しなければ本当にあと10年は早くに鬼籍に入っていただろう。

 とにかく人を、それも経験のない人を少しでも仕事ができるようにしなければ自分の命すら危ない環境で、培ったスキルをここで応用しているだけだ。

 何より、ここでは少々のことでは部下はやめていかないので、かなり負荷をかけても大丈夫だと、グラスは遠慮なく負荷をかけてOJTをやらせているのだ。

 これで育たない訳はない。

 今回も地図を作りながら一泊二日の日程でジャングル内を歩き回り、居留地に戻って1日休んで、居留地に残してきた半数とメンバーを入れ替え、また同じことを繰り返した。

 流石に一泊二日を2回もやれば、このあたりの探査は終わる。

 2クール目は距離を伸ばして二泊三日の日程で同様の探査をしていく。

 その頃になると、グラスのそばにいつもいるポロンはサリーがグラスになついていたこともあって、今ではかなり打ち解けてきた。

 時々、彼女たちのジャングルでのスキルなどをグラスに教えてくれたりもした。

 これがジャングルサバイバルにとってかなりのスグレモノで、グラスは教わったスキルをメーリカさんを通して部隊に展開していった。

 ただでさえ放任主義的なOJTで徐々に実力をつけてきているので、より実用的なスキルをマスターしていけばジャングルの走破については見違えるほど実力を付けていく。

 もうこれくらい育ったら元の部隊に戻してもいいんじゃないと思っても上の人たちは許可しない。

 そんなに早く簡単に人は育たないというのだ。

 しょうがないから、居留地で2日休んで、今度はトラックを全部使って本格的に探査をしていくことになる。

 これからは1週間の予定でのジャングル探査をしていくことになる。

 地図を作りながらだから、以前に彼女たちを救った場所までは行けそうにないがその半分位の場所までには到達したい。

 またまた、居留地のテラス前で今度は出発組だけを集めての出発式のようになってしまった。

 どこでどう嗅ぎつけたのかわからないが今度の出発式にはサクラ閣下とレイラ中佐までテラスに来ている。

 ただ散歩に行くだけなのに、何か、思う所があるようだ。

 今回は前のようなことは起こりません。

 そこまで行きませんからね。






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