第208話 大隊規模にまで膨れ上がった中隊
師団本部でアプリコットと合流したサカイ中佐はアプリコットも連れてサクラの籠る師団長室に向かった。
師団長室では、先に来ていたアザミ連隊の連隊長がサクラと話し込んでいた。
「ローリー、お前の所の新人はどうなった」
「閣下、無理云わないでくださいな。どうなったもありませんよ。正直当分は使えませんね。私のところもナターシャのまねして、新人だけで大隊を作っておけばよかったと後悔しています。なまじ分けて等分に配属させたから、連隊全体として使える状況じゃなくなりましたね」
「レベル的にはどう考えているんだ」
今、サクラとアザミ連隊のアート中佐が急に増えた新人の扱いについて話し合っている。
グラスだけでも持て余し気味のサクラだったが、本来の業務でも危機的状況は何ら変わっていない。
なにせ、新人と2年目のルーキーだけで師団の半数を占める軍隊なんか聞いたことが無い。
それも最前線でこんな無茶が許されるのもジャングルと言う天然の防壁のおかげだ。
しかし、その防壁もいつまで役目を全うしてくれるか全くの未知数だ。
それだけにジャングルの向こうにいる敵の動向の調査が重要な意味を持ってくるのだが、サクラの手持ちの駒で、その調査に耐えうるものがグラス中尉率いる中隊だけと言う本当に薄氷を踏む気持ちで毎日を過ごしているのだ。
それだけに早急な兵士の鍛錬が最重要な課題として挙がってくるのだ。
その課題の検討をサクラの古くからの部下でアザミ連隊長のアート中佐と話し合っている。
尤出てくるのは建設的な話じゃなく、愚痴しか出ない。
グラスがサクラの部屋に入ったのはちょうどそんな時だ。
「閣下、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「なに気取っているのだ、ナターシャ」
「そうだぞ、公の席じゃないのだ、近衛時代のようにふるまっても構わないぞ。いや、できればそうしてくれ。ここにきておかしくなりそうだ」
「では、お言葉に、じゃないか。ブル隊長はおかしいか、ブル閣下。ちょっと相談があるのだけれど、良いですか」
「ちょっとその前に、聞きたいのだが、お前の所の新人教育はどうなった。新人だけでまとめていただろう」
「あ~あれか。あれはしょうがなかったのだよ。ジャングルの最前線基地だろ。使える部隊を残すにはああするしかなかったのだ。あれだと、最低でもバラ大隊としてはすぐにでも使えるだろう。そうでなければあそこには居られないぞ」
「それだと、配属された新人は育たないだろう。見捨てるのか。どうするのだよ」
そう聞かれたサカイ中佐はグラスの方を一瞥すると、両手を挙げて話し始めた。
「その件は、昨日もブル閣下に話したけど、私は降参だ。私の所での教育は諦めたよ」
「え、本当にあいつらを見捨てるのか。戦闘が始まったらどうするんだよ。まさか弾除けにでも使おうとは考えていないよな」と物騒なことをかなり凄んで聞いてきた。
「そんな訳無いだろう。私が教育するよりも、そこにいるグラスに任せた方がはるかに早く兵士が仕上がるので、今日もその相談で伺ったんだ」と言って、サカイ中佐は、報告を始めた。
「本当にこいつに任せると、兵士たちの動きが違ってくるんだよな。正直私は自信を無くしたぞ。今までの私は一流半の兵士を教育して一流にはしてきたが、新人は育ててこなかった。いや、育てられなかったのだろう」とかなり謙遜したことを言いながら居留地での合同作業について話している。
昨日でグラスの謹慎?が解けたので、ジャングル探査の合同調査についても行う計画を立てて、その許可を仰ぎに来たのだ。
ちょうどそんな時におやっさんの所のシノブ大尉が分厚い報告書を持ってやってきた。
「閣下、失礼します。あ、面談中でしたか、これは大変申し訳ありませんでした。出直してきます」と部屋を出ていこうとしたシノブ大尉をアート中佐が止めた。
「そういえば、シノブさんの所の新人さんの様子はどうですか」
「新人? ……… もしかしてグラス中尉の所から移ってきた彼女たちの事ですか」
「そうだが、彼女たちも1年目だろう。そろそろルーキーと呼ばれる頃かもしれないが、まだ新人だろう」
「あ、そうですね。そうでした。でも、すっかり彼女たちが新人だったなんて忘れていましたよ。しっかり働いてくれますし、何しろ若いですからね。少々無理もお願いしてもきちんとこなしてくれるし、大変助かっています」
「え、そんなにか」
「はい、既に移る前からおやっさんのおメガネに適っていましたから。それに何より、うちの古参と違って無理させても不平を言わないのが助かります。あいつら少しでも無理をさせると、すごいんですよ、文句ばかり言って。その都度酒をおごらされます。その点、あの子たちはかわいいわね」
「それはうらやましい限りだ。本当にグラスに任せると良さそうだな。閣下、うちもその計画に混ぜて貰ってもいいかな」
「そうね~、たまには私の役に立っても罰は当たらないわね。中尉、大丈夫よね」と言いながらサクラはグラスに笑顔を向けてくる。
当然拒否権のない命令だ。
「は、大丈夫です」
「なら簡単だ。うちからは中隊を2つ出すから頼む」
「え、中隊が来て下さるのなら、私はその中隊長の指示に従えばいいのですか」
「「「え?」」」
「それじゃ~意味無いだろ〜」
「え、私より先任の中隊長ですよね。少なくとも私より下の階級の中隊長は存在しませんよ。私だって例外だと聞いていますから」
確かにそうだ。
およそ軍隊と言うものは階級が物を言う。
年齢なんか関係ない。
階級の下位者は上位者の指揮命令に従わなければならない。
その逆はない。
もし階級が同じ場合でも指揮命令権が混乱しないようにほとんどの場合には同じ階級同士では、その階級に上がった順番が物を言う。
ごくごく最近に中尉に上がったグラスは、ほとんどの場合先任順番でも最下位だろう。
「それは困るな。よし、うちからは小隊を4つ出すから頼むわ。なに大丈夫だ。うちの小隊にはきちんと士官もいれば古参兵もいる。問題なのはその数が少ないだけだ」
「古参兵ですか。大丈夫かな。うちの仕事って、知っての通りほとんど土方ですよ。不満が出ないか心配なのですが」
「それは大丈夫だ。みんなお前のやり方を知っているよ。ここの営舎を作るときに一緒に働いた奴らばかりだ。安心しろ」
どんどん話が膨らんでいく中、後ろに控えていたアプリコットが震えながらグラスに囁いてきた。
「中尉、もうほとんど私たちの隊の規模が大隊並みになってしまいますよ。私は、大隊長の副官なんかできませんよ。私だって新人士官なんですから」
「なに、大丈夫だよ。人数ばかり増えてもやることは変わらないし、何より半数は居留地でのお留守番だ」
アプリコットの心配をよそに話はどんどん決まっていくのだった。
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