第206話 グラスの説明



「あの~~~、隊長」

「ん?どうした」

「もうそろそろ日が沈みますが……」

「あ~~、悪い悪い。もうそんな時間か。いつもならアプリコットあたりが怒ってくる頃だったがな、今日は仕事を頼んでいたんだっけ。そうだな、いつもより遅い時間になってしまったようだな」

「はい、ありがとうございます」

「よ~~~~し。全員聞いてくれ。日没が近くなっているので、直ぐに撤収準備をしてくれ。準備が出来次第帰るぞ~~~」

「「「は~~い」」」

「た、隊長。車がすごい勢いで近づいてきます。我が軍の車ですが、何やら殺気のようなものを感じますが……」

「そ、そうだな。さすがにアプリコットでもあれはないな。レイラ中佐あたりが怒っているような気がするが、別に怒られるようなことはしてないしね。ま~~いいか。お前たちは構わず撤収の準備をしていてくれ。あの車の対応は俺の方でするわ。どうせ俺に用があるのだろう」

 グラスがみんなに向かってそう言うと、ほとんど時間を開けずに先ほどの車がグラスの前で止まった。

 かなり飛ばしてきている。

 車が止まるとすぐに車の扉が開き、中からかなりご立腹のご様子であるサクラ閣下が出てきた。

 開口一番に「あなたには常識というのが無いのですか」

 いきなりの挨拶だ。

 とりあえずサクラ閣下に敬礼して挨拶だけはしておく。

 挨拶は何事にも大事だ。

「サクラ閣下。このような場所までお出でくださり、歓迎いたします。しかし、日没に近くありますから隊の撤収を命じております。そのまま作業をすることをお許し下さい」

「て、撤収ね。構わないわ。私はあなたに用が有るだけですから。構わないわよね、グラス中尉」

 なんだろう、サクラ閣下に怒られる謂れはないはずなのだが。

「は、なんなりと」

 すぐに後ろから出てきたマーガレット中尉が車から出てくるなり俺に向かってかなり強い口調で問いただしてくる。

「中尉、あなたは何のつもりでこの広い場所を整備しているのですか」

「は?司令部には報告と許可を貰っておりますが」

「は~~~?」

「私たちがいつこのようなものの許可を出したというのですか」

「え、この基地にて共和国兵士の保護を命じられた時に、彼女たちのために居留地の整備のためにジャングルの開墾と、その周辺の境界線の明確化を行うと報告し、すぐに許可を出していただきましたが、サクラ閣下やマーガレット副官殿まで報告が上がっていませんでしたか」

「そ、そんなわけあるわけないじゃないの。許可を出したのはあくまであの18名のための居留地の整備でしょ。そのどこがこれなんですか」

 マーガレット副官がかなりヒートアップしてきたので、さすがにサクラは落ち着きを取り戻し、マーガレットを宥めるようにしながらグラスに聞いてきた。

「確かに、許可を出した覚えはあるわね。君に彼女たちの面倒を見るようにも命令を出しているしね。その肝心な彼女たちは、今どこに」

「はい、彼女たちの内、技術者12名は3つのグループに分け、今は、2つはサカイ中佐のところに預け、基地周辺の地勢調査を行っているはずです。残りはこれも同様にこの居留地の外周の地勢調査をしてもらっております。兵士の6名につきましては我々の基地を置いている建家の傍で畑仕事をしてもらっております」

「あの子達のことね。その子達は確かに見たわ。それよりも私があなたに聞きたいのは、その居留地と呼ぶものがなぜこの広さを必要としているのかがわかりません。ご説明願いませんか」

 グラスが勢いで始めてしまったことで、時間も人でもあることだし、最初に小さいのを作ってから規模を大きくするには面倒もあるから、適当に最初から大きめのものを作り始めたと説明を始めた。

 途中何度もその大きさがなぜ2km四方なのかを聞かれ、グラスが答えたのは、ランスロット飛行場の滑走路の距離を基準にしたことと、なぜその滑走路を基準にしたかと聞かれた時に、居留地内に滑走路が必要になった時にすぐに作れるようにとだけ答え、周囲にいた全員を見事に呆れさせた。

 一応グラスの説明を聞いた一行は、納得はしなかったが、彼の説明を受け入れた

 最後にマーガレットがグラスに対して皮肉を込めてこう言った。

「あなたは、更に共和国からここがいっぱいになるくらいの亡命者を連れてくる気かしらね」と、それを聞いたサクラは心の中で、『やめてマーガレット、言霊じゃないが彼の場合やりかねないのよ。思っていても言葉に出してはダメ』と叫んでいた。

「とりあえず、ここでは何ですから、一旦戻りましょう。グラス中尉、あなたも私たちについてきて下さい」

 周りの撤収準備も終わっているようなので、全員を撤収させた。

 グラスはサクラたちの乗ってきた車に乗せられ、連隊司令部の置かれている建物まで連れて行かれた。

 ここからだと、ジャングルの中を突っ切らなければ居留地よりそっちの方が近かったのは皮肉かも知れない。

 連隊基地でもグラスは居留地の計画について根掘り葉掘り聞かれた。

 その都度グラスは丁寧に答えているのだが、完全に彼の趣味としか言えないことをやっていたので聞いている方は常識の違いから理解できていない。

 こうなると、結構ストレスも溜まるようなもので、周りの空気も険悪になっていく。

 ちょうどそんな時に運のないアプリコットが、仕事を終え基地に帰って来ていた。

 そこで、サクラ閣下からこの居留地の関係でグラスが連隊基地にまだいると聞かされ、いてもたってもいられずに連隊基地に向かうことにしていた。

 アンリ外交官も亡命者の処遇について相談があるとかでアプリコットと同行して連隊基地に向かった。

「グラス中尉はこちらにおりますでしょうか」

 アプリコットが入口で兵士に訪ねた。

 それを聞いた、クリリン秘書官が彼女たちを連れてグラスの元にやってきた。

「閣下、アンリ外交官とグラス中尉の副官がお見えです」

「そうね、アンリさんとは彼女たちのことで話さないといけないわね。グラス中尉とアプリコット少尉も聞いておいてください」と言って、やっとグラスは解放された。

 その後はサクラが、殿下から言われたことをアンリさんに伝え、彼女たちの処遇もとりあえず敵味方の両国以外であり、サクラ達の庇護下にあることを正式に伝えた。

 アンリさんも細々したことを相談していき、夜遅くにグラス達は解放された。

「やれやれ、今日の閣下の目的は何だったのだろうな」とグラスのボヤキも出ていたが、アプリコットにはそれに答えるだけの気力も残ってはいなかった。

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