第205話 壁はどこに



 車に乗ったら本当にあっという間にあいつらが居留地と呼んでいる場所に着いた。

 新たに整備している道路沿いにかなり広く取られた場所があり、そこにいくつかの建物が建っている。

 今の1個小隊規模と思われる兵士が営舎としては大きすぎるような建物を基地にある営舎と同じような方法で作っていた。

 サクラ達を乗せた車はその建物に近い場所にある、国旗が掲揚されている建物の前で止まった。

「本当にすぐそばだな。ここならサカイ中佐も楽に監視ができそうだな。にしても、ここも作業している人間の数が少なすぎるぞ」

「そうですね、ここにはグラス中隊の約200人とサカイ連隊から新兵を中心に3~400人は来ているはずですので、人数だけなら大隊にも相当しそうな位の人はいるはずなのだが」

「ここに居ても埒が開かない。中に入れば誰かいるだろう」

「そうですね、私が行って聞いてきます」と言ってマーガレットが建家の中に入っていった。

 マーガレットが戻るまでのわずかな時間の合間に、サクラたちはとなりで建設中の建物を見ていた。

「それにしても連中の作業は見事なものだな。この作業だけ見るとベテランの工兵にも負けてはいなさそうだ」

「そうですね、ちょっとした大工みたいですね」

「でも、あそこにはうちの連中はいないけど、本当にどこに行ったのかな。毎日、それこそ泥だらけになりながら疲れもあるがいい顔をして帰ってくるのだがな」

 そんな会話をしていると、マーガレットがアンリ外交官とジーナのふたりを連れてきた。

「こんにちは、閣下。帝都に行かれてと聞いておりましたのに、どうしましたか。今日はここの視察ですか」

 アンリ外交官はサクラたちを見つけるとすかさず挨拶を交わした。

 さすがスキのない外交官だ。

 隣にいるジーナの方は敬礼して固まっている。

「お疲れ様です、閣下」

「ジーナ少尉、楽にして構わないわよ」

「は、ありがとうございます」

「ジーナ少尉、ちょっとお伺いしますが、ここにいる兵士の数がこちらの予想とはえらく違うようなのだけれど、ほかの人たちはどこにいるのかしらね」

 ジーナは気まずそうに、マーガレット副官の質問を聞いていた。

 やはりそこを聞きますか。

 正直に答えると、下手をするとまた尋問を受ける羽目になるかもしれない。

 今日、レイラ中佐は見当たらないけど、サクラ閣下だって、昔はかなりの凄腕だとも聞いている。

 そこまでジーナの考えが及ぶと、答えたくとも答えられなくなってきた。

 よこで、質問を聞いていたアンリさんがジーナに助け船を出してくれた。

「ジーナさん。みなさんなら、あそこじゃないかしらね。今朝グラス中尉が壁の仕上げをするとか言っていませんでしたか」

「あ、はい。グラス中尉が300人ばかりを連れて居留地を囲む壁の総仕上げをしに壁沿いで作業をしているかと思います。お急ぎなら中尉だけでもここに呼びましょうか」

「中尉だけ? みんなを呼ぶことはできないの」と不思議に思ったクリリンが聴いてきた。

「そもそもその壁って、どこにあるんだ。このあたりには壁らしきものはないじゃないか」

「はい、中尉の計画では、この道路沿いは最後に壁を造るそうで、今はジャングル方面に向けての壁を造ってきております。道路から敷地を囲むように先日壁が完成したようで、最後の仕上げをしているところです。計画ではそれが終わり次第、このあたりも壁で囲むと言っておられました」

「その壁がどこにあるというのだ。道路から壁を造っているのなら見えなければおかしいだろう」とやや怒ったようにマーガレットがジーナに聞いてくる。

 アンリさんがマーガレット副官にジーナに代わって答えてくれた。

「あれ、ここの来る途中で見ませんでしたか。だとしたらお気づきにならなかったのですね。私もそれを見たら勘違いしますからね」

「アンリ外交官殿、申し訳ない。あなたの言わんとしていることが見えてこないのだが、どういう意図ですか」とすかさずサカイ中佐が聞いてきた。

「サカイ中佐。ごめんなさい、わかりにくいですよね。連隊基地を出ると直ぐに杭を並べたような壁がありますわよね。普通なら誰だってあれは連隊基地を囲む壁だと勘違いされますわよね」

「え?違うのか」

「もし連隊基地を囲む壁なら周囲を囲んでいないとおかしくありませんか」

「それもそうだな、大して大きくない基地だ。見渡せばすぐにわかるが、壁のあるのはあの方向だけだな。ていうことは、あの壁がそうだというのか」

「はい、サカイ中佐。グラス中尉は居留地の周りを壁で囲むと言い出して、周囲2kmにわたって壁を造ってきていました」

「2km四方だと。ど、どこの世界にわずか18名を保護するための居留位に周囲2kmの敷地を用意するのだ」

 やっと、ジーナが復活したように答え始めた。

「はい、私たちも全員はじめはそのように隊長には具申申し上げたのですが、隊長は、『どうせ当分やることがないし、だからと言ってみんなを遊ばせるわけにもいかないだろう。だったら、楽しく仕事をしよう』と言い始めて、作業を始められました」

 するとアンリ外交官も思い出したように、発言する。

「あ、それなら私も以前聞いたことがあります。なんでもグラス中尉は『リアル版シム●ティ』だとか言っておられましたが、私にはなんのことかわかりませんでした。でも、壁作りと並行して、居留地内の道路の整備もしているようですから、ここに小さな町でも作る気じゃないですかね。誰も住まないのでゴーストタウンのようになるかもしれませんが」

「街作りだと。頭がおかしくなりそうだ。もういい、で、そのグラス中尉はどこにいる」

「ですから壁のどこかにいるはずです。すぐにバイクを出して呼んでまいります」

「え~~い、もういい。壁の周囲はバイクが通れるのなら、車も通れるか」

「はい、今そのようにできるように壁の周りに道路も整備しておりますから、木だけは切り倒してあります。まだ、道の方は整備中ですので、道が悪いのですが、それでもよろしければ通れます」

「わかったわ、車で向かいます。ジーナさん、案内をお願いできますか」

「了解しました。すぐに」

「あ、話は変わりますが。アプリコットさんが見えませんね。グラス中尉とご一緒かしら?」

「いえ、マーリン、違った、アプリコット少尉は居留地作りのためのジャングル開墾でウインチが足りないということで、海軍鎮守府へウインチを借りに、メーリカ少尉と一緒に行っておられます」

「聞いてないけど、マーガレット、なにか聞いていますか」

「いえ、何も」

「おかしいですね、昨日司令部には無線で許可を取らせていただきましたけど」

「昨日ね。それならわかります。まあいいわ、それよりも日の沈まぬうちにあいつを捕まえましょう」

「そうですね」と、ジーナとアンリ外交官も乗せた車は来た道を基地の方に戻り、壁沿いの道に曲がってグラス中尉を探しに行った。




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