第204話 突然の視察



 会議を徹夜で終わらせたサクラたちは朝早くにランスロット飛行場からゴンドワナの基地に向けて飛び立った。

「閣下、今回の帝都訪問は無事に乗り切れましたね」

 マーガレットがサクラを気遣うように声をかけた。

「無事?そう無事にね。そうとも言えなくもないですが、あなたの目からはそう見えたのかしら」

「え?閣下には、何か懸念でもお有りで」

「具体的にはこれといって思い当たらないのですが、どうも心の中で引っ掛かるものが取れないのよ。心の奥底で何か見落としがあると訴えてくる声が聞こえる気がしてならない。ま~疲れのせいかしらね」

「閣下それはどう言う」

「あら、クリリン、気にしないで。私のイケナイ癖のようなものね。今まであいつが私の部下になってというもの気苦労が絶えなかったから。そうだわ、そう言ばあいつをジャングルに追いやってから一回も確認していなかったわよね。マーガレット、ここから司令部に連絡が付くかしら」

「上空9000mを超えていますから、多分無線は届くかと思います。で、何を伝えますか」

「ゴンドワナについたら、司令部に戻らずに直接ジャングルの連隊基地に行きます。サカイ中佐にも伝言を入れておいてもらってね」

「はい、しかし急ですね」

「思い出したのよ。あいつをジャングルにやってから一回も様子を見ていなかったことを。何やら胸騒ぎがして気になるから、ちょうど良い機会ですし、保護した女性達に会って当面の件を直接伝えておきたかったしね。視察する分にはこれ以上ない機会でしょ」

「そうですね、抜き打ちなら何かしでかしていても隠しようもありませんしね。早速連絡を入れます」

「閣下が気になさっているのは亡命希望者たちでしょうか」

「いえ、彼女たちは大丈夫でしょ。それよりもあいつの方が心配で仕方ないのよ。とにかく何かしでかしてばかりいるやつだからね。ま~ジャングルの中でほとんど謹慎のようなことをさせているから、少しは大人しくなっているとは思うけどね」

「本当に閣下がおっしゃるように帝国の新たな英雄とまで言われているグラス中尉が早々問題を起こしますでしょうか。正直私には予想すらつかないのですが」

「は? だって、今回私たちが帝都の呼ばれたのだってあいつのせいでしょ」

「はい、あの方のなさった計略が見事にハマったために敵も味方も少々混乱はしたようですが、しかし、それはあの方の功績ではないでしょうか」

「統合作戦本部の連中は軍法会議にでもかけようとしていたのよ。それでも功績と」

「何やらあの方は好き嫌いの分かれるような真の英雄の気質がお有りになるようですね。少し落ち着いて考えれば軍法会議にはかけようがないじゃありませんか。もしかけようものなら、自分たちの無能さを帝国全体に吹聴するようなものですよ。それは閣下だってお分かりでは」

「クリリン、人はね、理性だけで生きている訳じゃないのよ。私も彼の上司になってその意味を初めて理解したのだから、あなたに偉そうには言えないけれども、どうしても感情を抑えることができない時もあるのよ」

「閣下の言わんとしていることは意味はわかりますが、多分閣下の本当に言いたいことまでは理解できていないのでしょうね」

「クリリン、あなたは本当に頭の良い人ね。そこまで理解していれば大丈夫よ。まあ、視察に行けば彼の非常識な一面がわかるかも知れないわよ。最も彼のことを尊敬しているあなたには少々意地悪だったかしらね」

「お気遣い感謝致します」

 飛行機は順調に飛行してまだ日のあるうちにジャングル内の飛行場についた。

 飛行場では師団本部から数台の軍用車が迎えに来ていた。

 サクラたちにすぐに車に載ってジャングルを走り、連隊基地に着いた。

 ちょうど日が向こうに見える山の陰に隠れようとしている時間帯には間に合った感じだ。

 連隊基地の司令部が置かれているひときわ大きな建物の前に車列を止めた。

 建屋の前にはサカイ中佐がサクラたち一行を出迎えていた。

「ようこそおいでくださりました。歓迎いたします、閣下」

「よしてくれ、そんな他人行儀の挨拶は。それにしてもやけに静かだな。兵士たちの数がやけに少ないが何か作戦行動中か」

「作戦行動と言えるかどうかはわかりませんが、まだこの基地はやることが多く手分けして作業をしております」

「手分けって、まだ新兵もそれこそ半数はいたはずだ。新兵に割り当てるに都合に良い仕事がここにはあるのか」

「残念ですが、私には作れませんでしたが、それこそ閣下の御意向でしょ。グラス中尉に預けて鍛えてもらっていますよ」

「何~~~、グラスにか。だ、大丈夫なのか」

「は?閣下の配慮かと思っておりましたが。なにせ、あいつはサカキのおやっさんでも認めるくらいに新兵を育てるのがうまいですからね」

「しかし、あいつが育てたのは工兵じゃないですか」

「そうだな、あいつの最初の新兵は全員がおやっさんのおメガネに叶うくらいの立派な工兵になりましたね。でも、ここで見てもらっている連中も、かなり鍛えられていますよ。体力もついてきたし、何より連帯感ですかそういったものが育っていますね。規律もかなりのレベルに達してきているようにも思えます。正直私よりも新兵を鍛えるのは上手ですね」

「サカイ、お前が言うのか」

「ここに来てつくづく感じたことがあるのですよ。私は閣下の元にいたおかげでかなり恵まれていたと。私のもとに配属されてくる連中は誰ひとりの例外なく皆素晴らしい兵士ばかりでした。私が育てていたのは一流半の兵士を一流にするくらいのものでした。普通に新兵を多数見るに付けつくづく思い知らされましたね」

「あ。あいつは何か言っていたか」

「あいつは『やる気の無い部下を持つのは慣れていましたし、問題児も多数見てきたこともあります。それに比べれば、ここにいる兵士の皆さんは皆やる気も素養もあるので非常に楽だ』と言っていましたよ」

「そ、そうか。 それでその新兵はどこに」

「全員が例の居留地に行っております。視察に行きますか。もうじき日も暮れますから行くなら急がないと」

「そうだな、そうしよう。突然の視察にこそ意味があると思っていたことだしな。すぐに行けるか」

「はい、では閣下の乗ってきた車で出かけましょう。何ここから5分と掛かりませんから」

 サカイ連隊長は数人の幕僚を従え、サクラの乗ってきた車に乗り込んで整備中の居留地に向かった。

 日没まで1時間を切った時間帯のことである。 




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