第201話 処遇

 会議が始まってそんなに時間が過ぎたくらいで会議が空転し始めた。

 サクラは今の状態を非常に苦々しく思いながら、話がまとまるのを静かに待っていた。

 そんなサクラだったから会議室の扉がノックされているのに気がついた。

 サクラが気をきかせノックの主を確認すると、先ほど空港で犯罪者たちを引き継いだ治安警察庁のシリウス長官であった。

 今しがた犯罪者を引き継いだばかりのシリウス長官だ。

 犯罪者たちをしかるべき場所に収監してからここに来たわけじゃないだろう。

 あまりに時間が短い。 

 となると彼は、引き継ぎを行った後に自身の配下にでも犯罪者たちを任せ、直ぐにここまできたとしか考えられない。

 シリウス長官は、彼ら犯罪者たちの世話よりもこの会議のほうが重要だと考えているからだろう。

 そこまでサクラの考えが及ぶと、サクラは彼に対して非常に申し訳ない気持ちになってきた。

 そんな重要なはずの会議があいつのせいで、あいつの考えない行動のせいで空転して、いつまで待ってもまとまりそうにない今の状況が、忙しい中、急いでここまで駆けつけてくれた彼に対して本当に申し訳ないと思っている。

 そんな考えがサクラの中で一杯になるとサクラの胃の辺りに痛みを覚えてた。

 サクラは胃の辺りを抑えながら小声で「イタタタ」とこぼしてしまった。

 そんなサクラの様子に気がついたレイラも眉間にしわを寄せながら、「どうにかならないのかな、殿下の御前会議でみっともない。基地に帰ったら、本当にどうにかしてくれよう」

 あいつの処遇について会議が空転している中、サクラとレイラは胃の辺りを押さながら愚痴をこぼしていた。

 それとは別に先の治安警察庁のシリウス長官は会議室に入るとすぐに殿下の方に向かって傍に寄り、何やら話し始めた

 二人は少しの間話していたようだが、すぐに殿下が全員に対して声をかけた。

 今まで好き勝手に話していた者たちはすぐに話を止めて殿下に注目した。

「すまない、ちょっと聞いてくれ。今シリウス長官から相談を受けたのだが、今話し合われていることと関係があるので聞いてくれ。長官は犯罪者の引き渡しを受けた際に、彼の部下から相談を受けたそうだ。今我々が揉めていたことでもあるのだし、政治問題化していることもあるというので相談を受けたのだが、ここ帝国では、例え一般人であっても現行犯ならば犯罪者を逮捕できる権利を有しているし、また、その行為を推奨している。これは法律でも謳っているし、また慣例でもそういった素晴らしい人達に対しては表彰もしくは叙勲で報いている。しかるに、今回の場合にはどうしたらよいかという相談なのだが、私は法律や慣例に従って粛々と進めれば良いと私は思っている」

 すると軍関係者から質問が飛んだ。

「すると殿下はグラス中尉に対して叙勲せよとおっしゃるのですか」

「そうだ。何も問題はないと思っている」

「で、ですが……彼を糾弾しないと収まらない連中も少なくありませんが」

「サクラ少将」

「はい、なんでしょうか」

「質問させてくれ」

「なんなりと」

「戦地犯罪者の件だが、取り交わされた条文の内容は知っているか」

「はい、正確には諳んじることはできませんがおよそ次のようになっております。『完全な占領下でなくとも両国の係争地において犯罪行為がなされている場合には、それを取り締まる責任を両国は有す。その場合に、犯罪行為がなされている極めて限定的な地域において占有率が高い方が取締の権利を持つ』といったような内容だと理解しております」

「私もそのように理解していた。そこで次の質問だが、今回のケースにおいて帝国に犯罪取締の権利はあったのかだが、どう考える」

「今回のケースですが、報告によりますと、我が方が中隊規模を投入されておりましたが、敵側は多くて小隊が二つしかいませんでした。しかもそのうち被害者だけで1個小隊以上いましたので、実質今回の場合での敵の規模は多くても分隊1つでしょう。それらから考えますに十分に我が方に犯罪取締の権利はあったと考えます」

「私もサクラ閣下の意見に賛成だ。そこでだ、諸君。今聴いた通りの場合に彼に違法行為があったと思うか」

「「「「…………」」」」

「違法性がなく、両国で散り交わしている協定に基づく行為ならば、帝国の法律や慣例に従って処理すればいい。でないと、帝国における統治の正当性が問われることになる。気に食わないから法律を無視するなど言語道断だ」

「しかし……殿下。そ、それでは納得がいかない連中が騒ぎ出します」

「そうだ。問題点は、そこに絞られる。もう一度確認するが、彼の行為に違法性は無かったのだな」

「は、残念ながら、違法性はどこにも見つかりませんでした」

 ここまでサクラが答えると後ろに控えていたクリリンがサクラに向かって「閣下、『残念ながら』はまずくはないでしょうか」

「は!」

 サクラも気がついた。

 確かに色々と面倒ばかりをかけさせられるあいつには思うところもあるが、今の状況で『残念ながら』は流石に不適当だった。

 サクラは取り繕うつもりではないだろうが次のように続けた。

「彼の行為で、問題としてあげられております敵に向けた無線と、事実を敵に伝えたという情報漏えいについてですが、どちらも現場における作戦行為の範疇を逸脱しているとは言い難いかと思われます。中隊の安全を考えるのならば十分に欺瞞作戦の範囲で有り、結果から見たら彼の作戦は的を射た行為と言えるでしょう。しかし、その結果が我々にとって思わぬ状況を生み出してしまったとも言えます。現状ではその思わぬ状況が問題視されているものと判断されます」

「ありがとう、サクラ少将。諸君、問題点が見えてきたと思う。今サクラ少将が教えてくれた内容であるのなら、やはり我々としては帝国の正義を曲げてまで彼を糾弾するわけにはいかない。ならば法律と慣例に従ってこの件は治安警察庁の方から叙勲の申請をしてもらえるかな」

「はい、わかりました。すぐに処理させます」

「しかし、殿下。そうなるとまた帝都が荒れませんか」

「そこは私も彼を見習おうと思う」

「見習うとは、どういうことですか」

「私も、計略と言えるようなものじゃないのだが、彼らにも花を持たせればいいのだろうと思っている。幸い同じ陸軍内においても叙勲の申請があったと聞く。しかし、叙勲申請を出している補給司令部の上級組織で彼を糾弾したそうにしているから、このままほっておくと申請そのものを取り消されかねない。そこでだ。フェルマン、我々の軍団においても補給実績が向上はしていまいかわからないか」

「それなら、直ぐにわかります。我々の場合にはやや特殊で、海軍組織の一部も抱えておりますから、補給は危機的ではありませんでしたが、事件前の補給率78%が現在100%にまで上がっております。正確には103.5%だそうです」

「ありがとう。ということなら、直ぐに補給司令部に連絡を取って皇太子府と連名で叙勲申請を行おう。そうなれば補給司令部の方も申請を取り消せないだろう。彼らは最上級の勲7等を申請していたはずだな。この勲7等を申請後、彼の行為による影響の責任を問うて2等級格下げを行うことを発表して彼らをなだめよう。軍法会議を開いたって、公平に裁判がなされたのなら彼らには勝ち目のないことは彼ら自身もわかっているだろう。貴族の影響力を使って彼を貶めようとするつもりだったのだろうが、皇太子府もこの件には当事者として参加することを彼らに理解させれば軍法会議など言い出さないはずだ。しかし力で抑えれば彼らにも不満がたまろうから、一応彼の責任を我々が自主的に問うた格好をつければ不満はあるだろうが、納得せざるを得ないだろう」

「そうですね。確かに彼を法的に処罰するには超法規的処理が必要になりますが、大義のない今の状況では殿下が出れたら無理となりますね。悔しかろうが、納得するしかないでしょう」

 今まで空転していた会議の様子が一挙に変わったのを見たサクラは、彼女自身、納得がいっていないが、それもやむ無しという思いに駆られていた。

 そう、いつだってあいつのやらかすことは、微妙に法律の範囲を逸脱していないのだ。

 ただ、普通の人が考えないような斜め上の行いをそれもこれでもかというくらいに大胆にやってくる。

 周りの空気を少しでも読めていたのなら絶対にやらないようなことをだ。

 それだけに彼に振り回される今の状況を非常に苦々しく思っているのは何もサクラだけではない。

 サクラはさらに痛くなる胃の辺りを押さえながら会議の行方を追っていた。

 彼の処遇についてはシリウス長官の相談からあっという間に決まってしまったのには正直驚いていた。




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