第196話 居留地
以前整備していた道路工事のように2kmに渡り直線的に木を切り出していた。
「これくらいの奥行でいいか」
「こんな距離の四方を開墾する気なんですか」
「そうだよ、これくらいあれば中に訓練施設まで作れるし、畑も作れる。いわば街のようなものを作れればいいかなと思ったんだけど、何か言いたいことありそうだよね」
「いえ、呆れていただけです。昨日の連隊長が街と聞いて驚いていましたけど、その場にいた全員冗談かと思っていましたしね」
そんな会話をメーリカたちとしていたところにバイクに乗った兵士がこちらに近づいてきた。
「隊長、探しましたよ」
「へ?何かあったの」
「何かあったたじゃないでしょ。アプリコット少尉なんかかなり怒っていましたよ。その少尉から伝言です。『すぐにここに戻ってきてください。サリーさんたちが到着しました。』だそうです。本当にどこかに行くのなら必ず伝言していってください」
伝言を運んできたのは長くメーリカさんの右腕として働いていたドミニクだ。
彼女ももう下士官になっていたはずなのに伝言を買って出たようだ。いや士官になったかな……
「帰ったらお目玉を貰いそうですね、隊長」
「メーリカ少尉、あなたもです。本当に以前と変わらず、目を離すとどこかに行ってしまう癖は直してください。新兵たちに示しがつかなくなりますから」
「え?私、私はその辺にいた新兵に伝えていたはずだよ。隊長と開墾するので木を切り出してくると」
「え~、その新兵に聞いたのでバイクでここまで来たわけですから知っていますよ。問題はなんですかこれは。約2kmはありますよね。開墾って道作りなんでしょうか。隊長が言っておられたのは違ったはずなのでは」
「いや違っていないよ。2km四方の土地の開墾をしようととりあえず1辺だけでも木を切り出してみただけだから、それよりも戻るから先に戻ってアプリコットに言い訳をしておいてね。お小言だけで1時間は勘弁して欲しいからね」
「わかりました。直ぐに戻ってくださいね」とドミニクはそう言い残してバイクで戻っていった。
「遅くなるとお小言の時間が伸びそうだし急いで戻ろうか。とりあえず全員撤収しよう」と言って1個小隊規模の新兵たちをまとめて最初の車を止めた広場まで戻っていった。
距離にして2kmはあるので急いで戻っても15分はかかった。
そこにはアンリ外交官と話し込んでいたアプリコットがいた。
「中尉、やっと戻ってきたのですね。前からお願いしているように、指揮官はよくわかる場所にじっとしていてください。でないと部下が非常に困ります」
やばい、アプリコットのお小言が始まると身を構えたら思わぬところから助け舟が入った。
「少尉、内輪のことは後でお願いできませんかね。私は中尉にすぐにでもお聞きしたいことがあるので」
「あ、すみませんでした、アンリ2等外交官殿」
「公式の場はしょうがないですが、いくら仕事中とはいえここではアンリでいいですと言っているのに、アプリコット少尉はお堅いですね。でも今はそんなことを言っている暇はないわね」と言って外交官のアンリさんは俺の方へ体を向けて話を始めた。
「グラス中尉、色々とお聞きしないといけない事案が多数あるのですが、とりあえず保護中の18名の件で経緯を教えてくださるわよね」
俺は久しぶりに会ったサリーちゃんとゆっくり話したかったが、どうもそうはいかないようで、アンリさんに捕まった以上、彼女が納得するまで付き合う覚悟を決めた。
ここはあちこちで開墾やら工事やらで落ち着かないので、広場の端まで彼女を連れて切り株に腰を下ろして話を始めた。
とにかくアンリさんがどこまで情報を掴んでいるのか分からないので彼女たちを保護した経緯を簡単に説明しておいた。
するとアンリさんは説明の途中でも疑問が出るとすかさず質問をしてくるので、その都度丁寧に説明をしていった。
とにかく保護中の女性たちは共和国には帰れない事情を説明して、我々が保護する必要があることをアンリさんに理解してもらえた。
政治亡命は戦争が始まって以来半世紀の間に幾度もあった。
殆どの場合に政争に敗れ命の危険が迫り帝国への亡命を希望されるが、その多くが共和国内での地位の高い人たちであった。
まあ亡命の理由が政争での敗北であるので納得ができるのだが、彼女たちのようにほとんど一般市民のような人たちの亡命は今回が初めてのようだ。また、一時に18名と多くの人間の亡命は帝国の歴史が始まって以来の出来事で、これを知っている帝国のごく一部のお偉いさんたちはどう扱って良いかわからずに問題を放り出しているようだとアンリさんから聞かされた。
とにかく保護した以上何らかのことはしないといけないので、その処理のお鉢がアンリさんに回ってきたことだった。
俺のことはアンリさんの範疇であるので、彼女の責任の範囲において善処せよと帝都のお偉いさんから命令を頂いたと最後にこぼしていた。
昨日ここに向かう前には直接電話で殿下よりお言葉をいただき、できるだけの協力はするのでとにかく今できることで頑張ってくれと激励とも命令とも言えないようなお言葉を頂いたとも言っていた。
その後、アンリさんと情報を交換していき、とにかくこの場所でしばらく保護することを確認した。
なので、今の彼女たちは捕虜とも亡命者ともつかない非常に中途半端な保護した女性だけという立場であるとも教えてもらった。
幸いここは帝国から離れたゴンドワナ大陸にあって、更に非常に不便なジャングル内であることから、ここから出なければ立場の不都合等気にする必要がないのが救いだ。
とにかく本国内での方針が決まるまではここで保護することになる。
しかもその責任者がアンリさんになったとも言っていた。
本当に宮仕えは貴族出身だろうと大変なのだなと思った。
どこでも責任の押し付け合いと問題の先送りが常套手段だと言わんばかりの決定事項だ。
なので俺は今やろうとしている居留地?作りについてアンリさんに説明を行って了承を取った。
事後承諾のような形にはなったが、俺の方針で問題ないそうだ。
なんでも隔離されることと、彼女たちにも仕事を与えることはいいことのようだ。
そこまで時間をかけて話し合っていたのだが、そういえばこの場所にはその彼女たちが誰もいないことに気がついた。
「で、その保護した女性たちはどこにいるのですか」
「あら、まだ教えていませんでしたわね。彼女たちは今連隊基地でセリーヌ准尉に診てもらっているわよ。なにせ乱暴された女性もいらっしゃるようでしたから閣下のお計らいで診せるように命じられたわ」
「それはいいですね。心の問題はどうしようもないかもしれませんがせめて体だけでも診てもらえれば安心できますしね。それに、ここも明日には住む場所も用意できそうですしね。あす以降は彼女たちと一緒にこの場所の整備をしていきますか」
「ええ、そうしてくださいね。私もここに駐在しますしね。これからもよろしくお願いしますね、中尉」
このあとこの場所の整備についてアンリさんと色々と希望を聞きながら話し込んでいった。
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