第193話 ぼっちの現地外交官

 本当に何をしたのよ……私はアンリ・ゴット、帝国貴族であるゴット公爵の娘で現在外交執行部から皇太子府に出向している2等外交官だ。

 今朝から帝国の父である公爵に近い貴族の方から問い合わせがひっきりなしにやってくる。

 現在その問い合わせの対応でいっぱいいっぱいのところで、今度は所属先の皇太子府の外交部からの問いあわせだ。

 これにも『私は何も聞かされておりませんし、ここ基地内でもそのような話を聞いておりません。唯一言えることは基地内でも何やら慌ただしく動かれているようで、詳しくは閣下に直接お尋ねするしかありません。』としか答えられない。

 その後も問い合わせは増える一方で、その問い合わせ先も時間とともに増えてくる。

 今では前の職場である外交執行部の先輩諸氏からも同様の問い合わせが入ってくる。

 なので、今の私は基地内の無線室に篭もりっぱなしだ。

 昼食すら先ほど遅い昼食としてサリーさんがサンドイッチを持ってきてくれたものを食べた。

 サリーさんの気遣いがなければ食事抜きも十分にありえたのだ。

 あ~~、次の問い合わせが入ってきた。

 今度は前線近くに詰めているかつての私の指導官である先輩からだ。

 今は確か第一作戦軍に同行しており、希望回廊付近にいるはずなのだが何故だか私に問い合わせてくる。

 先輩を含め全員が聞いてくるのが私と同行しているはずのグラス中尉の件だ。

 本当に中尉は何をしたのでしょうか。

 私には全くわかりません。

「ですから、現在私は中尉とは別行動で、ジャングル内にある師団本部に詰めております。また、中尉はジャングル内にある連隊基地に詰めており、現在はジャングルの先にある共和国軍の状況視察に向かっているとしか情報を得ておりません」

「個別の作戦行動などはいちいち我々外交官には教えてはくれないか。私のところと同じだな。わかった、その件はアンリの言を信じよう。もう一つだけ教えて欲しい。現在ゴンドワナ大陸で何が起こっているのだ。こちらの敵も異常行動を示していると私と親しい軍高官がこぼしていたのだが、その原因がゴンドワナ大陸にあるそうなのだ。こちらの作戦軍司令部内でも情報の収集に躍起になっているが、全くと言って何も見えてこないそうだ。私にも伝を使って調べて欲しいと泣き込んできたくらいだからな。それに本国の外交執行部のお偉いさんからも現在共和国で何が起こっているのか至急調べろと緊急命令が入ってきている。一体全体ゴンドワナで何が起こったのだ。それだけでも教えて欲しい」

「すみません、先輩。私も今朝からあちこちの問い合わせが入ったことで何かが起こっているとは認識しておりますが、正直何が起こっているのか全く見当がつきません。なにせここは皇太子府率いる軍団の司令部が置かれているとは言え、ジャングル内で、同じゴンドワナ大陸にある軍とはほとんど繋がりがありませんし、敵との接触もありません。なので現状の敵の異常すらここでは認識がありませんでした。ただ、私が今までで掴んだ範囲で言えることは基地内の関係者全員がグラス中隊を探していることだけです。今朝になってサクラ閣下がレイラ大佐を連れて新設されたジャングル内の連隊基地に慌てて向かったようですので、その基地で何かしらの動きがあるようです。しかし残念ながら私が知っているのはここまでです」

「サクラ閣下たちに動きがあるようならば明日には何かしらのアクションがあるな。わかった、明日まで待つとしよう。何かわかったら、真っ先に教えて欲しい。あ~、守秘義務に反しない範囲でな」

 そう言って先輩との無線を終えた。

 本当に何をしたのよ。

 中尉のことだから絶対に何かをしたのよね。

 相変わらず無線室は大忙しだ。

 私だけでなく司令部に所属する人たちが各地から入ってくる問い合わせの対応に当たっている。

 回答は私と全く同じ『わかりません』だ。

 それからも私は無線室に篭って問い合わせの対応をしていたのだが、夕方になって、サクラ閣下の秘書官であるクリリン・レッドベリー大尉から呼び出しがあった。

 私は呼び出しを伝えてきた士官について無線室を出て司令部に向かった。

 何時間ぶりだろう、無線室を出たのは。

 正直トイレすらいけないような有様だった。

 恥ずかしい話ではあったが案内役の士官が同じ女性だったので途中でトイレに寄らせてもらった。

 ほかの軍事基地とは違って女性の比率が高いのだ。

 正直男性よりも女性の方が数倍多いくらいだから、こういった話の時には非常に助かる。

 本国の庁舎でも男性の方が圧倒的に多く、細かな配慮がされず困ることが多々あったが、その点はこの基地は非常にありがたい。

 寄り道をしたがさほど時間をかけずに司令部に入った。

 ここでも戦場のような忙しさだった。

 資料をまとめて走り回る人が本当に多かった。

 何かが起こっていることだけはわかった。

 私が司令部に入るのを見つけたクリリン秘書官は私を彼女のデスク脇の応接に案内させた。

 応接に私が座ると彼女は一言。

「あなたも大変でしたわね。お疲れ様。いまコーヒーを入れさせていますから、少しくらいはゆっくりできますわよね」

「はい、ありがとうございます。何やらお忙しそうですが、一体何が起こっているのですか」

「おおよそ見当がついているでしょうが、先日、グラス中隊から敵共和国の基地に向けて無線が発せられたようです。その内容が余りにも現実離れをしており、あちこちで混乱が生じているようですね。今まで混乱の詳細が全く掴めなかったのですが、今日になって連隊基地にグラス中隊の帰還を確認しました。それと同時に彼から閣下が報告を受けたようです」

「私がここに呼ばれたのはそのことを知らせるためですか」

「いえ、ちょうどコーヒーも来たようですので飲みながらお話します。先ほど電話で明日朝一番でアンリ外交官を連隊基地までお連れせよとの命令が閣下ご自身から私に入りました。閣下ご自身は向こうを明日朝一番で発つようですので私たちとは入れ違いになりますが、この件は別にいいですね。肝心なのは、あなたの協力が欠かせないとのことです」と言って彼女はいれたてのコーヒーを静かに飲みだした。

 私も彼女に合わせてコーヒーを頂くことにした。

 彼女はただコーヒーを飲んでいたわけではなかったようだ。

 私たちの周りに人気がいなくなるのを確認してからおもむろに静かに話し始めた。

「ここからは極秘事項ということでお願いします。現在中尉が保護してきた人に亡命希望者が複数います。アンリさんにはその亡命希望者の扱いをお願いしたいそうです。なにせ、亡命関係は軍の扱いを超えた案件ですから。ただ、今回の亡命案件は色々と根の深い事案が含まれているそうで、当面は極秘扱いで情報は向こうの連隊基地内だけで止めたいそうです。当然皇太子府には全てを知らせ、指示を待ちます。こちらとしては、皇太子府からの指示が出るまでは絶対に秘密を守りたいとのことです。すみませんが明日朝一番でご同行をお願いします」

「わかりました。ひとつだけお願いがあります。現在私の預りとなっている現地兵士のポロンさんと中隊所属のサリーさんの同行も許可願えますか。衛生小隊長のセリーヌ准尉にはポロンさんの移動の許可は出ておりますから」

「手回しの良いことで」

「いえ、中尉が基地に戻りましたら連れて行きたくて待っていたのです」

「わかりました、その件は大丈夫でしょう。許可します。でも、連れて行く人たちにもこの件の秘密は守ってもらいますよ」

「当然です。では明日、準備してお待ちします」

 久しぶりに『亡命』の言葉を聞いた。

 何やらいわく付きの人の亡命案件か。

 それにしてもあの中尉は色々とやってくれますよね。

 ま~明日になれば全てが分かるならば明日まで待ちましょう。

 そうだ、サリーさんに明日の件を伝えるついでにサンドイッチのお礼を言いに行きましょう。

 なんだか明日が楽しみです。

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