第192話 素人の報告

 部屋に入ってきたレイラ大佐はサクラ閣下のそばまで行き、手にしたリストを閣下に手渡した。

 そのあとすぐに俺の方を鋭く睨み、オレに向かって文句を言ってきた。

「何を考えているんだ、お前は。どうするつもりなんだよ。このあとのことを少しは考えて行動してくれ」

「ま~落ち着きなさいな。私も今同じことを言ったばかりなのよ。どちらにしてもこれは本国扱いになるわね」

「同感だな。あの連中の処理はここですべき範疇を超えている。すぐに帝都に運んで本部に投げるしかないかな」

「本部に運ぶのはまずいわよ。まずは、アンリ等外交官をここに呼んで、その判断を待ちましょ」

「え?なぜ外交官がここで出てくるのだ。ブルは私のリストを見たのか?どう考えても情報部の範疇だろう。相手が大物ばかりなのでここでの扱いができないと私は言っているのだぞ」

「え?なんのこと?大物ってなに」と言いながらサクラ閣下は手渡されたリストをここで初めて眺めた。

 リストは見慣れた綺麗にまとめられた書式ではなく、多分急いでレイラがメモ書きをしたものだろうと思われる走り書きの様な字で、敵である共和国軍人でそこそこの大物の名前が並んでいた。

 さすがに将官の名前はなかったが、幾人かは私でも知っている佐官の名前があった。

 これはたまに情報部から送られてくる敵の組織図や責任者の情報の類と同じと思われた。

 8名分なので連隊の士官名簿かと思っていたが、最後には軍警察官の名前まであった。

 これには多少違和感があったが、レイラにサクラが聞いてみた。

「このリストがどうしたの。このリストはどこかの連隊名簿じゃないの」

「は~~、そういう理解もできるな。現実逃避するなら、そう思っていたほうが精神的に楽だと思うよ」

「レイラ、その言い方はちょっと酷くない」

 少し険悪になりかけた雰囲気を察してナターシャ中佐が聞いてきた。

「で、このリストがどうしたというのだ、レイラ大佐」

「だから、今このリストに名前が上がっている連中を、どこかのアホがまとめてここに連れてきたんだよ。確かに役職や階級だけ見たらどこかの連隊の上級士官名簿かと思っても不思議はないが、それだとしたら、きちんとした書式で情報部から回ってくるよ。それ、今さっき私が書いたやつだよ。全員に尋問してとりあえず名前と階級、それに役職や受けている命令等聞いたが、連中それしか答えなかった。しかし、それだけでも十分だったよ。私の範疇を超えていることがわかるからね」

「アホが連れてきた?何のこと?」

「だから今日、グラス中隊が連行してきた犯罪者8名のリストだよ」

 レイラ大佐の説明を聞いたふたりはその場で固まった。

 ただでさえ、亡命者がどうのと聞かされたばかりで頭を抱えていたところに、グラス中隊が運んできた犯罪者がよりにもよって政治将校や参謀などの重要人物であることをこの時初めて理解した。

「だから、事の重要性が理解できただろ。……ちょっと待て。ではなんだというのだ、先ほどブルが言っていた聞いたことって」

 二人がまだ固まっているので、俺が答えざるを得ない。

 渋々ながらレイラ大佐に話しかけた。

「あの~~ですね。多分ですが、保護した敵女性兵士18名の亡命希望の件かと思います」

「亡命だと、どういうことだ」

「ですから、暴行に遭いました彼女たちは組織的に計略に巻き込まれ、我々が助けなければ殺されていたようなのですよ。私が、あの時に無線で報告したように敵の上層部、特に政治将校関係者などはかなり腐っているようで、共和国に戻されますと殺されそうなので、亡命を希望したと先ほどサクラ閣下に報告したばかりなのです」

「そ、そうなのか、ブル?」

 我を取り戻したサクラ閣下が苦虫を噛むような表情で答えた。

「ええ、グラス中尉の言う通りの報告を受けたばかりなの。尤も彼はその報告も忘れていたようで、彼女たちから聞き取りをしていたナターシャから最初は聞いたわよ」

「お、お前は、そ、そんな重要なことも忘れるのか。では、あいつら、捕縛した敵将校の件は報告していないのか?」

「え?聞かれませんでしたし、いや、報告は最初にしましたよ。暴行をしていた犯罪者8名を捕縛したと、それも敵の軍関係者だとは最初に報告を済ませました」

「そ、それだけか。お、お前は馬鹿なのか。そんな報告ではわかるか~~~。誰かどうにかしてくれ、このバカをどうにかしてくれ、でないと私の胃に穴が開く」

「落ち着けレイラ。私もその意見に全面的に賛成だが、今は落ち着いてくれ」

 人間誰かが取り乱していると別の人は割と冷静に振る舞えるものか、この中で一番冷静なナターシャ中佐がレイラ大佐をなだめた。

「彼には事の重要性が分かっていないのでしょうね。彼は今まで敵とまともに戦った経験がなかったようですしね。なので彼の中では一般の兵士もここに挙げられているゴンドワナ大陸の政治将校のトップも同じ犯罪者としか見えなかったのでしょうね」

「そうだな、所詮本国にいる一般人に敵の政治将校がどうのといったことは眼中にないのでしょうね」

「一般人だと。や、やつは中尉だぞ、私たちと同じ軍隊に所属する中隊長の中尉が素人だというのか」

「だから、彼にはまだ卒業したばかりですが優秀な副官を常時つけて彼の暴走を止めているのでしょ。尤も一回も彼の暴走を止められていませんが、それでも彼の足りない軍人資質を補ってもらっているでしょ。この報告に彼女たちを同席させなかった私のミスね。いや、彼に報告させたことが一番のミスだったようね」

「そうですね、いいやつなんですが、こういった場面では通訳が必要でしたね。どうしても認識のズレが話をおかしくしてしまいがちですからね」

 ちょっと酷くないですかナターシャ中佐。

 いつも仲良くしてくださっているのに、そういう扱いなのですか。

 確かに素人ですけど、通訳って酷くない。

「お~、悪い悪い。気分を害したのなら謝るが、今回の報告はちょっと酷かったぞ。流石の私でも弁護しきれない。この場にアプリコットたちがいないのが彼女たちにとって幸運だったな。でないと今頃二人から鋭く詰問されていたからね。尤もそのために今のように話がおかしくなりかけたが」

「そだよな。ブル悪いが明日の一番で彼らを本国に護送したい。それでいいかな」

「いいけど、彼らの扱いは、軍令部でも情報部でもないわよ。皇太子府の指示に従うわよ」

「皇太子府……なぜ」

「彼らが捕虜でなく犯罪者扱いだからよ。それも敵味方両方に捕縛が知れ渡っているからね。本国でも情報を隠しきれないのなら、一番どうにかなりそうなのは皇太子しかないでしょ」

「情報が漏れている……、お前の出した無線か。どこまでもお前は俺らに苦労をかければ気が済むのか~」

 レイラ大佐の絶叫で俺の報告会を終えた。

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