第191話 処理できない案件

 サクラ閣下との膝詰め談判じゃなくて諮問お話し合いも大詰めになる頃になって、ここの連隊長であるナターシャ中佐がリストを手に持ち部屋に入ってきた。

「お~、どんな感じだ。グラス中尉も久しぶりだろ、閣下との話し合いは」

「え、中佐、私ごときが閣下と直接話すことなど早々機会はありませんよ。大体司令部にて命令を受けるときに一言二言あるくらいですから初めての経験かと思います。帝国の英雄である閣下とこれほど長く話せたことは私にとってとても光栄なことですね」

「世辞などいらぬわ。でナターシャはどうしたのか」

「どうしたのかじゃないだろう。ここは私の部屋ですよ。まあ閣下に報告があってきたことになるからちょうど良かった。グラスの方はいいのですか」

「報告は受けた。状況は納得したくないが、おおよそのことが理解できるまでにはなった。いつものことだが、ここからが大変なのだがな。そのまま報告できたらどんなに楽なことか。どうもグラスが絡むと、状況を理解してから報告を上げるまでにどうして苦労をしなければならないかわからないよ。ま~レイラが来たら一緒に説明するが、それよりもナターシャの方に報告があると言っていたようだが」

「お~そうだった。まずはこれを見てください」

「これは?」

「グラス中隊が保護してきた敵兵士の氏名と階級それに受けている命令をまとめたものです。彼女たちを指揮していたのが以前捕虜待遇となっていたアンリ技術少尉で、専門は以前の取り調べで判明しているとおり、測量です。今回も表向きの命令は測量しての地図作りだったようです。もっとも、本命は強姦されての処刑だというのだから、彼女たちの言うことも理解できますね」

「言うこと?なんのことだ?」

「へ、グラス中尉から報告を受けたのではないのですか」

「どういうことだ、グラス中尉」

「まだ聞かれていませんでしたから、報告を失念していました。保護した彼女たちの全員が帝国への亡命を希望しております」

「亡命だと」

「はい、彼女たちは多分ですけれど、既に死亡扱いになっているようなのです。それで彼女たち全員が以前のように捕虜交換で共和国に戻されることを非常に恐れております。仮に亡命できなくとも絶対に共和国には戻さないよう懇願されました」

「ど、どういうことだ」

「私もそのように聞いたぞ。彼女たちは共和国に戻れないようだ。どちらにしても彼女たちの処遇は、私の処理できる範疇を軽く超えてしまった。で、その相談に上がったのですが、どうもそれ以前で止まっているようですね」

「ど、どうしてお前の持ってくる案件は、いつもいつもこうなのだ。ただでさえ報告書を書けない内容ばかりなのに、処理できない事案とは……どうするつもりだ」

「どうするつもりと聞かれても、閣下ですら処理できない案件では小官には何も出来ません。それに亡命案件は既に軍の扱う範囲を超えていると思われます。まずはアンリ2等外交官に相談しようかと思っておりました」

「そ、そうだな。亡命案件は外交執行部の扱いの範疇だな。それに我々は皇太子府直下の組織にあるのだし、この件はとりあえずそのまま本国の皇太子府に投げておくべきか。そうなると、結論が出るまでのしばらくの間、彼女たちはこのままここで預かってくれ。情報の流出でこれ以上軍を混乱させたくない。基地に連れて行ってもジャングル内にあるからそうそう漏れる恐れはないだろうが、ここなら基地以上に情報の流出を抑えられる。すまんがそのようにしてくれ。すぐにここにアンリ外交官を寄越すよう手配する」

「私の方は構いませんし、その方が彼女たちにとっても良いでしょう。国の方針が決まるまでは捕虜待遇扱いを続けるが、拘束はしない方向でいようかと思います」

「それで構わない。どうせここなら逃げるに逃げられそうにないしな。それに逃げる必要も無さそうだし、できるだけ彼女たちには便宜を図ってくれ。それで、もうこれ以上隠し事はないだろうな、グラス中尉」

「隠し事もなにもありません」

「とりあえず、お前らもこの基地で待機だ。そろそろお前らの処遇も問題になってきているしな。管理下に置いておかないと、これ以上問題を持ってこられても処理できそうになくなる。既に私の処理範囲を軽く超えているしな。それにしても困った」

「どういうことなのですか」

「この基地に向かう直前に小耳に挟んだのだが、グラス及びその中隊員の全員を懲罰対象にせよとの声が上がってきているそうなのだ。罪状は、帝国本国を混乱させ、情報部、外交部、それに軍令部の機能低下を招いた罪だそうだ。本国に召喚して軍法会議に掛けよとな」

「軍法会議とは穏やかじゃないですな。しかし、機能低下を招いた直接の原因を作ったのは敵なのでしょ。この論法には無理があるような気もするのですが」

「多分それと逆の意見もすぐに出てくるよ。なにせ初めての経験だからな、敵の政治将校や参謀などの高級将校を一度に拘束したのは。この功績は以前グラス中尉が得た二人の将校の捕虜を捕まえた以上の功績となるだろう。いや、ならなければ軍の賞罰規定が破綻する。また、帝都が揉めそうだよ。どうするよ、今回の報告書は」

「しかし、既に皇太子府には一次連絡は入れているのでしょう。そのまま報告するしかないのではないでしょうか」

「そうだよな、そのまま隠しだてせずに報告するしかないよな。幸いなことに報告先が軍令部じゃなく皇太子府だということだよ。あそこは軍令部のような石頭の連中が少ない。それに殿下は英邁なお方だ。きちんと理解してくださるだろう。それに期待するしかないよな」

 サクラ閣下が肩を落として項垂れているところにレイラ大佐がやってきた。

 レイラ大佐は誰にでもわかるくらい本当に全身に倦怠感が漂っており、その顔にはそれこそはっきりと美人が台無しになるくらいに目の下に隈を作っていた。

 おいおい、俺の貫徹3日目位の状況だな。

 本当にブラックな職場だ。

 俺のところがそうじゃなくて本当に助かったと心の中でつぶやいてしまった。

 もし、俺の心の声が外に漏れたら多分その場で俺は殺されていただろう。

 どうもこの状況は俺が作ったことになっているようにされているのだから。

 俺は借りてきた猫のように神妙にかしこまってその場でじっとしていた。

 また大事にならなければいいのにと思いながら。

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