第190話 閣下への報告

 俺はサクラ閣下に付いて連隊の指令部が置かれている大きめの建家の中に入っていった。

 ここは俺らが以前、中隊の中心的建家として大きめの食堂とそのすぐ外にはテラスまである物を造っていたやつだ。

 今ではあの時の面影もなく、食堂は完全に司令部となっていた。

 すぐ外のテラスはあの時のままであるが、誰もテラスでお茶をしていない。

 それもそうか、いかつい顔した司令部に詰める職員のすぐそばでお茶など取れる心臓を持つものなどそうそういない。

 斯く言う俺もできそうにない。

 あのテラスは、すぐそばに洒落た感じの食堂があるからであって、決してブラック職場があってはならないのだ。

 しかし、どうせこれからお話し合いをしなければならないのならテラスでお茶をしながらがいいなとも思っている。

 天気もいいし、部屋の中でのお話し合いよりは少しはましな気分になれそうだ。

 大抵、俺がテラスに出るとサリーちゃんがお茶を入れて持ってきてくれたんだよな。

 手作りのクッキーなどを添えて、なんだか無性にサリーちゃんに会いたくなってきた。

 基地にはおやっさんたちもいることだし、なにより幼馴染のポロンさんもいるので、さみしい思いはしていないだろうけども、そろそろ真剣にサリーちゃんのお姉さんを探さないといけないな。

 そんなことを考えながら歩いていると、旧食堂で今は司令部の部屋を過ぎ、連隊長室の中に入っていった。

 そういえば、ここは連中が俺のために俺の部屋として作ってくれたところだよな。

 正直、完成時に一回視察しただけでその後一回もここの部屋の中には入らなかったな。

 なんだかあいつらに悪いことをしたような気分だ。

 でも、今では立派に連隊長の部屋として使われているのだから立派なものだよな……って、この部屋は連隊長室としても問題ないような作りだったのかよ。

 本当に自重というものを知らない連中だ。

 みんなが部屋の中に入ると中央に置いてある応接セットに向かい合わせに座らされた。

 奥にある連隊長の執務机にはマーガレットさんが書記として記録を取るために席についている。

 全員が席に着くと早速サクラ閣下が口火を切った。

「グラス中尉、お話を聞かせてもらえるわよね」

「お話ですか。報告でしたら先ほど報告したばかりですが、それに今アプリコットあたりが報告書にまとめているはずですので、後ほど報告書を持たせ報告させます」

「報告書は出してもらいますよ。それよりも、私はあなたから事の顛末てんまつを聞きたいのよ。敵味方を巻き込んでこれほど大騒ぎを起こした『あなた』からね」

「大騒ぎですか。正直私にはその覚えはありません。強いて上げろと言われるのでしたら、ここまで逃げ帰るための計略のために敵に向かって無線連絡をしたことくらいしか思い浮かびません」

 あ、サクラ閣下の顔に怒りのマークが浮かぶのを見たぞ。

 なぜだ、俺にはわからない。

 一方サクラは、『こいつどうしてくれようか』と殺意すら覚えそうな怒りを感じた。

 誰のせいで昨日から一睡もできずに事の処理をさせられていると思っているのよ。

 良かったわよ、ここにレイラが同席してなくて。もし同席していたらこの場で射殺されていたかもね。

 彼女は私以上に忙しそうにしていたからね。

 今のレイラなら抑えがききそうにないからね、本当にここにいなかったのはあなたの幸運よグラス中尉。

「どうも、わたしと中尉とは認識に著しい差が生じているようね。いいわ、今どういうことになっているかを説明してあげるわよ。その後、説明を聞いた後であなたの考えを聞かせてちょうだい」と言って、サクラ閣下が現状わかっている限りの共和国軍の状況と帝国軍全体の状況を説明してくれた。

 その説明では完全にここゴンドワナ大陸では戦闘すらできない状況になっており、共和国の本国の様子はわからないが帝国本国の、少なくとも統合作戦本部は機能低下を起こしている。

 情報部に至ってはこの件以外の情報活動にすら支障が出始めてきているとも皇太子府から情報を貰ったそうだ。

 全てが俺の発した無線から始まっているのだとか。

 なので、なぜそうなったかをお前は説明する義務を負っている。

 隠し事をしよう物なら今すぐにでも軍法会議にかけてやるぞって感じの圧力すら感じる説明をもらった。

 正直俺はサクラ閣下の説明を聞いて非常に驚いている。

 さすがに、共和国にとっては一大スキャンダルのスッパ抜きだとは思っていたが、なぜ帝国のそれも本国までゴタゴタに巻き込まれるんだよ。

 それこそ高みの見物でいいんだろ。

 『他人の不幸は蜜の味』という言葉もあるくらいなのだから笑って困っている敵のことを見ていればいいだろう。

 こと軍人は敵味方を問わず真面目なんだな。

 スキャンダルのニュースくらいで大騒ぎしてとは思ったが、それだけではサクラ閣下が納得しそうにない。

 俺は事のはじめ、敵兵士の殺害現場の後、アンリ少尉が襲われているところから説明を始めた。

 彼女を強姦から救った時に彼女が俺らに救いを求めてきた。

 彼女の救援要請がなくとも状況を処理するつもりで展開していて、正直彼女からもたらされた詳細な情報には助かった。

 女性全員を保護した後に、保護した女性から口々に『あの噂は本当だった』と言っているので、その噂をアンリ少尉に問いただした。

 敵である共和国軍の上層部はかなり腐ってきており、政治将校の接待で自軍の女性兵士に乱暴を組織的に働いているのだとか。

 もう少し具体的に言うと、政治将校と自軍の高級将校に軍警察関係者が多数の女性兵士を伴って視察を行う際に事件や事故に会い、男性の士官のみが帰還してくることが頻繁に起こっているというのだ。

 そんなことを軍内部で噂になってきていると教えてくれた。

 しかし、政治将校や参謀などの高級将校が関係し、あまつさえそれら不正を取り締まるはずの軍警察関係者もグルだと、噂を大っぴらには話すことができない。

 なので、噂は尾ひれをつけて広まっているとアンリ少尉は考えていた。

 しかし、現実は噂以上に酷いものだと自身が被害に遭って理解した。

 自軍の上層部がサディスティックな性欲を満たすために自軍の女性兵士や市民を乱暴した上に殺して証拠を隠滅していたのだ。

 それも軍上層部が組織的にだということを理解したのだ。

 俺はこの事実を知って、近くの基地からの追撃を避けるために、噂されている事実を公に晒して一般兵士の混乱を誘発させたつもりであった。

 どうせ無線はどんなに出力を上げても届く範囲に限りがあり、混乱は近隣の軍施設くらいだろうが自分たちがジャングルから逃げ出すには十分と判断したことを包み隠さず報告したのだ。

「私にとって最大の疑問は、なぜ本国まで混乱するのですかということです。さすがに帝国は共和国のようなことはしていませんよね。噂もないですよね」

 俺が自分の疑問を素直に問うたら、サクラ閣下が顔を真っ赤にして怒って反論をしてきた。

「そんなわけ無いでしょ。確かに帝国は共和国よりも女性の活躍できる部分は少ないかもしれませんが、そこまでは腐っていません。私に言わせれば、共和国の腐敗の方が信じられませんよ」

 その後は、サクラ閣下と俺は認識の違いを何度も確認していった。

 そこで得られた結論は、この事実は少なくとも共和国の政治将校や大統領に近い人達にとって秘密にしなければならないのが当たり前のことで、自分らの権利とすら感じていたようだということと、その事実が公にされたことのインパクトがあまりに大きかったと言うことだった。

 敵の無線の異常は咄嗟に情報に隠蔽を図ろうとした上層部の対応によるものと分析され、それが大規模な混乱につながったという分析を終えたのは夜も遅くなってからのことであった。

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