第189話 中隊の帰投

「レイラ大佐は怒っていたよね」

 まだ車内の連中は昨日の無線連絡の内容を気にしている。

 かくいう俺自身も怒り心頭のレイラ大佐の待つ基地に帰ることは憂鬱な気分が伴うこと自覚している。

 しかし、ここで俺が不安そうな顔をしよう物なら本気でこいつら全員が逃げ出さないかと心配になるくらいだ。

 それこそ歴戦の兵士すらも怯えさせるってどんだけなんだよ、レイラ大佐は。

 自軍を恐怖で支配しても良いことなど一つもないだろうにと思ってしまうが、ここまでやってきたことには何ら恥じることは(連中の玉を潰したことを除く)何もない。

 俺はただ報告をするだけだ。

 それに今回連れてきた連中の顔ぶれが凄すぎるだろう。

 政治将校に参謀将校ってなんだよ、それこそ基地を壊滅して本部に占領軍が入らない限り捕まえることのできない顔ぶれだ。

 それもかなり奇跡が起こらないとありえないくらいでだ。

 こういった連中は一番先に逃げ出すから占領軍が入る頃には遠くに逃げ切っているのが普通なので、多分これほどの人数を一時に連れてきたのはかなり珍しいことだろうと予想できる。

 さすれば、さきにアプリコットたちに話したように俺らに対して尋問などできるはずなのないのだ。

 大丈夫、大丈夫、俺は出来る子だ。 

 俺は怖がっていないぞ……やばい、俺まで怖くなってきた。

 どうでもいいけど俺の軍隊生活って本当についていないな。

 どうしてこんな厄介事ばかりなのだろう。

 しかし厄介事って何度あっても慣れないな。

 俺がそんなことを考えていると車列の先頭は基地の中に入っていた。

 基地の入口に俺らが差し掛かると、本当に基地の雰囲気が重々しい。

 俺が初めてジャングルにある基地についた時を思い出す。

 いや、それ以上に緊張感が漂っている。

「隊長、着きました。車を本部前に回します」

 メーリカさんが俺に報告してくれた。

「あ~、そこに回してくれ。多分そこにはレイラ大佐が首を長くして待っているはずだからな」

 俺が車内の緊張をほぐすために発した軽口だが、現実はもっとすごかった。

 車を止め降りた俺を待っていたのはこの辺りで一番偉い人であるサクラ閣下その人であった。

 な、何故サクラ閣下がここに???

 俺が驚いていると、俺の後から降りてきたアプリコットがびっくりとした顔をしていたがさすがにできた副官である。

「グラス中隊、ただいま帰投しました」と言って敬礼の姿勢を取った。

 その後から降りてきたジーナに小突かれたので俺も敬礼の姿勢をとり、サクラ閣下他二人?二人、そうだよ、当然といえば当然なことだがサクラ閣下の両隣にはレイラ大佐とここの連隊長であるナターシャ中佐が控えていた。

「グラス、ただいま隊を率いて無事帰投しました。隊員全員には死傷者はありません。また、今回は事案発生のために犯罪者8名及び保護者18名を同行しております。彼らの引取りをお願いします」

「お帰りなさい、グラス中尉。ご苦労様でした。しかし……しかし……まあいいわ、とりあえず彼らの件ですね。レイラ、任せてもいいかしら」

「わかりました。こちらで引き取ります。おい」と言ってレイラ大佐は部下に動けと促した。

 俺の方も彼らを絶えず監視してくれていたサーシャ少尉と、彼女たちを保護してくれていたケート少尉に向かって頷いた。

 するとふたりはトラックからそれぞれを情報部の人たちに渡した。

 特にケート少尉は犯罪者である連中に被害者の女性が近づかないように十分に注意して別の情報部の人たちに保護者を引き渡した。

 犯罪者の引渡しの際に全員が全員股間を押さえながら歩いている異様な光景を目にしたレイラ大佐が一言漏らした。

「何をやった?」

 メーリカさんが何かを言おうとしたので俺がすかさず答えた。

「彼らを捕縛の際に私が急所攻撃を命令しました。敵勢力圏でかつ近くに部隊が展開していることが確実であったために銃器の使用ができませんでした。また、ナイフ等の刃物を使用すると女性隊員には男性兵士を殺さずに捕獲は難しいと判断したための命令です。全員が全員とも、その……女性に対して暴行途中であったために一番無防備な急所が同じであったため、全員が同じ急所を攻撃されたものと判断されます」

 俺がここまで言うと、攻撃に加わったメーリカさんたち全員が『何故』といった顔をしながら俺を見た。

 すべてを悟ったレイラ大佐は「それではやむを得ませんね」と言って、この件を不問とすることを宣言したのだ。

 このやりとりを、『こいつ、色々としでかしやがって』といった顔をしながら眺めていたサクラ閣下がおもむろに俺に対して言葉を発した。

「では、報告を受けましょうか。グラス中尉は私たちについてきてね。他は解散でいいから」

「保護下にある女性は私が引き取ろう。ここにいる情報部だけでは保護しきれないだろう。それでなくとも怖い目に遭ってきているのだ。ここにいる間だけでも安心できる環境で保護することにするよ」とナターシャ中佐が女性18名の保護を申し出てくれた。

 情報部だけだったら最悪あの犯罪者連中と一緒に扱われかねなかったので、彼女たちのためには非常にありがたい申し出であった。

「ナターシャ、そうしてくれるとこちらとしても助かるよ。戦地犯罪者は情報部で引き取りきちんと捜査するからな」と言ってレイラ大佐は俺のことをひと睨みして、部下が引き取った犯罪者の方に向かっていった。

 あの目は怖かった。

 さすがにクレームに慣れている俺でもちびりそうな威圧感があった。

 さすがにあれはダメだろう。

 味方に対する目じゃないな。

 え、もしかしたら俺は味方と認識されていない、下手をすると敵扱いなのか。

 共和国軍よりも上位ランクの敵扱いをされた気分だ。

 俺が何をしたらああいった目をされるのだろう。

 俺には全くと言って思い当たることはない。

 今回保護したアンリさんや以前に保護したマーガレット少佐だったっけ、それにジーナにはそれなりのことが思い当たるのだ。

 今上げた全員のすべてを俺は見ている。

 痴漢じゃないが見てしまったのだ。

 女性にとってあのことに対して俺のことを恨んでも止むを得ないとも思っている。

 厳にジーナの父親からは実際に殺されかけたし、幸いジーナは俺のことを恨んでいないようだが。

 レイラ大佐に限ってはそういったことはしていない。

 あれほどの美人だから見たいとは思っているが……いや、俺も命が惜しいから絶対にそんな危険は犯さない。

 しかし、なんだろう。

 俺はただ仕事をしているだけなのだが。

 そういえばサクラ閣下も俺のことを嫌っているようだし、こんなことならさっさと俺のことを除隊させればいいのだけれども思うのだが、俺にとってそのほうが絶対に良いんだけれどもな。

「グラス中尉、何をしているの。さっさと私たちに着いてきなさい」

 サクラ閣下のお怒りの言葉が飛んできた。

「済みませんでした」

 俺は早足でサクラ閣下の後に続いた。

 本当にやれやれだ。

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