第188話 敵の混乱、味方の困惑
状況を整理するためにもここで時間を少し戻し、2日前のグラスが敵に向けて例の無線を出したあたりからを振り返ってみよう。
敵中央部の混乱無策ぶりは先に説明したとおりであったが、その後どうなったか。
まず、グラスの無線を受けたジャングルに近く駐屯している部隊から無線の内容の報告と状況の説明を求める無線が各部隊から一斉にゴンドワナ中央統合作戦指令部に発せられた。
それらの無線を受ける役目を負っていたゴンドワナ無線統合司令室は先に説明したように狂乱状態になっており、誰ひとりとして職務を遂行できる人間はいなかった。
各部隊は無線を出しているのに一切の返答がない。
当然各部隊は混乱して、ゴンドワナの置かれている状況を確認しようと躍起になって各地に無線を乱発した。
これがジャングル付近で発生した混乱がゴンドワナ大陸に展開している共和国軍全体に混乱が広がった原因である。
その混乱はゴンドワナ大陸に基地を置く空軍はもとより、付近を航行中の海軍にも広がる有様だった。
無線室の混乱を収拾しに入ってきた情報参謀率いる情報調略関係者によってその後一斉にゴンドワナ大陸に展開している共和国軍全部隊に対して無線封鎖が命じられた。
この命令によってゴンドワナ大陸に展開中の共和国軍による無線の乱発は急に収束が見られたが、部隊の混乱は収まるわけじゃない。
各地に展開している部隊は、申し合わせたように一切の活動を停止させることでとりあえずの混乱を抑えることにしているようであった。
当然ここまでの混乱は彼らに相対している帝国軍にも伝わる。
共和国軍の様子がある時期を持って不可解なことになっていると。
軍事的常識では絶対に説明がつかないことになっている。
帝国軍の中枢機能は損なわれていないので、無線などで連絡を取り合い共和国軍の変化について原因と状況を探ろうと必死になった。
いくら探れども、それらしい原因や兆候は見つからない。
本国での政権をひっくり返すようなクーデターも発生したとは見られないと、本国の外交部や情報部からの見解も伝わる。
これほど大規模な異変はそれこそ大事が起こっていなければならないはずなのにそれがわからない。
ゴンドワナ大陸の西部に展開している部隊にはその原因に全く見当がつかない。
今まで共和国は先にあった帝国軍の失策の隙を狙って大攻勢をかけるべく部隊を増強しており、帝国軍にとっては日増しに戦線の維持すら難しくなってきていたのだ。
そんな共和国軍がある日を境に一切の攻撃を中断して後退するなど考えられない。
本来の軍の常識になぞなえるのなら、計略の危険性を考慮するも攻勢に掛かるべきところだ。
しかし、余りにも不気味な撤退と、先の不策のあまりに大きな痛手がまだ全然癒されておらず、帝国軍は攻勢には出ることができない。
帝国軍の無能な指揮官は、先の事件の後全員が更迭されており、有能な者しか残っていないのが幸いして、このできた貴重な時間を利用して、できない攻勢を無理強いせず、戦線の強化に持てるすべての力を注いだ。
しかも、帝国軍は戦線の強化にあたりながらも事態の確認を怠ることはなかった。
一部部隊には威力偵察すら命じたが全くと言って状況が理解できない。
当然帝国軍にも困惑が広がり本国の軍令部に矢のような催促が飛んでいった。
「一刻も早く状況を説明してくれ」と。
本国の軍令部と情報部、それに外交執行部がそれら催促に追われながらも全力を持って事態の調査を行っていった。
そんな状況が今から2日前の出来事で、昨日になって各地から情報も集まり分析が進んでいった。
軍令部や情報部が集めた情報は先の部署には一切隠し事なく公開され、各部署で各々分析が行われていた。
いち早く共和国の本国には一切の変異のないことを理解していた外交部は持てる力をゴンドワナだけに絞り分析を行っていた結果、どの機関よりも早く謎の怪無線から異変が起こっていることを発見して情報部と軍令部にこの怪無線の分析を求めた。
この怪無線とはグラスの発した無線である。
当然ゴンドワナ大陸においてはジャングルに近い東部に展開している部隊しかこの無線を聞くことができなかった。
しかも敵の無線で内容も軍事的な事柄を含まず、犯罪者の捕獲を伝えることであったので誰も気にしてはいなかった。
そのために怪無線の発見が遅れたのだ。
当然、帝国軍においては各部隊に敵の状況を探るべく常に無線を傍受する部隊が存在し、傍受された無線は内容の如何も問わず記録され保存される。
今回の無線も記録はされていたが重要視されていなかったために通常処理されて、どこも無線室長の未処理箱の中にあったという皮肉な結果であった。
しかし、この無線がクローズアップされるや今度は無線にあるグラス中隊はどうしたとなって、サクラ閣下の元に各部隊、本国の各部署から一斉に問い合わせが入っていった。
勅任特別軍団本部となっているジャングルにある師団本部に怪無線の報告の第一報が入ったのは、実は既にグラスが無線を発した日の夕方であった。
そう、各地からの問い合わせの入る前にいの一番でこの無線を傍受して、事の重要性?というかトラブル発生の危険性を理解していたジャングルの敵との最前線に新たに作られた連隊基地の無線員であった。
何やらあのグラス中隊がまた何かしでかしたようだとその無線員は無線を傍受すると直ぐに連隊長のナターシャ中佐の元に無線文を記録した紙を持って報告に上がった。
敵周波数で敵に向けられた無線のために全文を完全に聞き取れたわけじゃないがおおよその内容は理解できた。
内容が内容なだけに中佐だけでは判断に困ると、ナターシャ中佐は無線員を伴って夕方には軍団本部のサクラ閣下の元に向かった。
サクラ閣下の私室にて誰も入れずに報告を受けた閣下はすぐさま頭を抱え、今後の方針を相談し始めた。
しかし、肝心のグラスは現在無線封鎖中であり、敵勢力圏内にあることで、こちら側からの無線封鎖解除には躊躇された。
そうなると、もたらされた情報しかなく、そんなことを悩んでいるそばからゴンドワナ大陸における敵の様子の変化が伝わった。
ここは敵との最前線ではあるが、まだ直接敵とはぶつかっていない。
なので敵の混乱は、他の部隊からもたらされる情報でだけで知り得たのだ。
当然、サクラ閣下あてに敵の混乱が他の前線基地からは伝えられなかった。
司令部には各地からの情報は上がっていたようであったが、敵が混乱していることはこの基地では今のところあまり関係のないことで、危険性が認識されなければ急いで上には伝えられなかったのだ。
しかし、敵の変化は基地における情報部も知り得たことなので、情報部を仕切っているレイラ大佐はその対応に追われていた。
でなければナターシャ中佐が持ってきた怪無線の対応の相談にも当然呼ばれるはずであるのだが、もたらされた情報の順番のいたずらなのか、一番肝心の人には、最後に伝わる結果となった。
夜遅くサクラ閣下がゴンドワナ大陸で起こっている怪現象の報告を受けた時に先のグラスの報告にあった政治将校や参謀の犯罪者の捕縛といったキーワードが意味を持つことに気がついた。
それからの彼女は基地に残る彼女が一番信頼している旧花園のメンバーとレイラ大佐、それにおやっさんことサカキ中佐を交え現在持っている情報の分析をそれこそ徹夜で行っていたのだ。
全員が全員、今回の怪現象の原因をグラスのせいだと思っており、このあとの対応をどうしようかということだけに絞って検討を重ねていた。
無線内容に帰投中であるとの伝聞があることを理由に明日には無線封鎖を解除して連絡を取ろうということで落ち着いたのが今朝早くであった。
サクラ閣下たちは今後の行動も決めており、大体の状況も予想がついた頃になって各地からの問い合わせが入る状況になったのは、ある意味幸いであった。
司令部にいる全員に簡単に状況と見通しを説明し終えた後であったので、俺らの問い合わせは各自で行われサクラ閣下やレイラ大佐まで上げられることはなかった。
打ち合わせで決めた方策に基づき、ジャングル内に新設された連隊基地にナターシャ中佐が戻る時にレイラ大佐も同行することになった。
ナターシャ中佐も徹夜をしていたが、レイラ大佐はナターシャ中佐よりも早くにこの問題に関わっていたのでほとんど休憩らしい休憩も取らずに、ここ二日ばかり働いていたのだ。
疲れれば誰だって機嫌が悪くなる。
先のグラスとのやり取りもある意味うなずけるものがあるのだが、当然グラスたちはそれを知らない。
レイラ大佐の機嫌が悪いことだけを知って全員が憂鬱な気分になりながらも帰投を急いだ。
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