第187話 無線連絡

「隊長、明日には基地に帰れますね」

 俺の横で地図とにらめっこをしていたドミニクが俺に声をかけてきた。

「そうだな、そこまで来たならこの辺は薔薇連隊の哨戒圏内か」

「そうですね、そうだとしてもぎりぎりといった感じですよ。それがどうかしましたか?」

「そこまで来たらな、いい加減きちんと報告はしておかないといけないな。でないとお小言を頂くことになるからね。定期連絡じゃないが、正規の周波数で規則に則って連絡を出しておいてくれ」

 俺が無線機の横で待機している無線兵士にお願いをした。

 するとその彼女はアプリコット少尉のほうを向いてどうしますかって感じで見ていた。

「そうですね、無線を繋いでください。報告は私がします」

 無線兵士の彼女はあからさまに安心した顔をしながら無線機を操作し始めた。

 今まで俺がお願いしていた非常識とも言える事の報告をためらっていたようで、その役目を代わってくれるアプリコット少尉に感謝の気持ちを込めた顔をしながら無線機のマイクを渡した。

 アプリコットは気合を入れるように無線絹向かって第一声を放とうとする寸前で、無線機のスピーカーから大声でこちらを呼びかけてきた。

「グラス中隊だな。グラス中隊、聞こえるか。グラス中尉、聞こえたら応答せよ。こちら薔薇連隊所属…」

「え~~いまどろっこしい。いいから変われ。え~連隊長のナターシャだ。グラス中尉聞こえるか、聞こえたらすぐに返答せよ」

 どうしますかって顔をしながらこっちを見るな。

 わかったからマイクを俺に渡せ。

 俺が無線機のマイクを受け取り、すぐに返答した。

 なにせ相手は日頃からお世話になっているサカイ中佐だ。

「はい、グラスです。現在ジャングル内を移動中のグラス中隊 隊長のグラスです」

「やっと連絡がついたか。で、お前らじゃないよな」

「なんのことでしょう」

 俺はすぐに返したが、車内の皆の目が冷たい。

 絶対に俺の出した無線のことだよって皆の目が訴えていた。

「今から2日前、お前の名を騙った無線がジャングル内を飛んでいた。そのあと急に敵の無線連絡の電波が少なくなった。途絶えたといっていいくらいに急にだ。時折、暗号無線が飛び交っているので全く途絶えたわけじゃないが、敵の動きがおかしくなった。こちらとしても敵の急変に対応すべく現在第3種警戒態勢を引いており、この基地からも出せる限りの兵をジャングルに索敵警戒のために出している。お前らにも急変を知らせたくとも無線封鎖中で出せなくてやきもきしていたところだ。まずは現在地を知らせよ」

 アプリコットがドミニクから地図を受け取り俺から無線マイクを取り上げて無線応答を開始した。

「現在地は連隊基地から南西に約60km。明日には基地に帰投します」

「そうか。ならば明日にはお前らからの報告も聞けるな。とりあえず何か報告することはあるか」

「え、こちらからですか…」

 すると無線の向こうでも何やら動きがあったようで、「え~~い、いいからそのマイクを貸せ、ナターシャ」

「何をする、レイラ。今俺が話しているんだ」

「いいから貸せ。あいつにはそんな悠長に聞いても埒があかん。私が直接問いただす」

 その声を聞いた車内に緊張が走った。

 アプリコットを始めジーナまで震えだしている。

 情報部のレイラ大佐の声が確かにマイクのむこうから聞こえてきた。

 それもかなりご立腹のような声である。

 やっぱりあの無線はまずかったかな。

 メーリカさんはヤレヤレといった顔をしながら笑っているが、やや緊張気味だ。

 俺がきちんと言い訳をするからと言ってアプリコットからマイクを受け取った。

 マイクを渡すときにアプリコットはほとんど泣きそうな顔をしていたのが印象的だった。

 俺が守るしかないな。

 それにしてもレイラ大佐は自軍の兵士をどれだけ脅したら気が済むのだろう。

「なんでしょうか、レイラ大佐…ですよね」

「それ見ろ、私が話す。そうだ、レイラだ。グラス中尉で間違えないな」

「はい、いま無線で報告しているのは私、グラス中尉であります」

「では問いただす。貴様のせいではないな、今回の怪現象は?」

「怪現象……ですか?それはどういうことですか?」

「質問を質問で返すなって言っても知らなければしょうがないか。先ほど連隊長が言っていた敵の動向が数日前からおかしくなっている。我々ジャングル内にいる情報部で原因を探ったが完全には分かっていない。今わかっているのがグラス中隊から戦地犯罪人の捕縛といった無線をきっかけとしているだけだ。その件でお前に心当たりはないか」

 かなり焦っているのか、怒っているのかわからないがレイラ大佐の言葉がかなり乱暴だ。

 これなら新兵は恐怖して何も答えられなくなるぞ。

 現にアプリコットやジーナなんかは震えて答えられそうにない。

 上に立つ人は、仮に自分が焦っていても声は冷静にして周りに焦りや恐怖を振りまかないようにしなければならないのに、そんなの危機管理の初歩のことだと俺は冷静に観察していた。

「はい、その無線は、私どもが2日前に発したものです。内容はどこまで伝わっているかわかりませんが共和国の兵士8名を戦地犯罪人として捕縛して移送中です。尚、その際の被害者である女性兵士18名も保護下にあります。現状彼女たちには捕虜待遇として扱っており、士官には宣誓もしてもらっておりますから、拘束はしておりません。今ちょうどその件について報告を上げるために無線封鎖を解除したところです」

「な!……ならば何故2日前の無線をそれも敵の使う周波数で敵に流したのか。それこそ利敵行為ではないか」

「いえ、その件は決して利敵行為ではありません。保護下にある非戦闘員18名に犯罪者8名を抱えた我々には、できるだけ安全に敵勢力下から逃げ出す必要がありました。事実を伝える無線ですが、結果から申しますと一種の計略と同じ効果が期待できました。保護下にある女性から聞いた情報で判断し、事実をそのまま敵に知らせることにしました。先ほど連隊長の申していた敵の現状をかんがみますと、効果が効きすぎたきらいはありますが、ここまで安全に移動するためには十分に効果があったと判断できます」

「確かに敵の動きがおかしくなっていることだし、彼らも安全にすぐそばまで移動していることを考えるとそうとも言えるな」

 ナターシャ中佐が俺の側に立ってレイラ大佐に対して弁護をしてくれているようだった。

「確かに、とりあえず報告はわかった。近くに展開している部隊にお前らの警備に当たらせる。明日、速やかに帰投を命じる」

「グラス中尉、聞いたとおりだ。その近くにいる2個小隊にも連絡を出すが気にせずに速やかに帰投せよ。彼らの合流を待つ必要はない」

「ありがとうございます。では明日基地で、報告します。以上です」

「「「ふ~~~~~」」」

 無線を終えたら一斉に車内の緊張が解けたようだった。

「敵さん、かなり慌てているようだね。あのスキャンダルだったらしょうがないか」

「何をのんきに。敵だけでなく、味方である私たちの部隊もかなり慌てていましたよ」

「レイラ大佐なんか完全に冷静さを失っていたしね。また、尋問かな……」

「尋問はあるかもしれないな」

「「「え~~~」」」

 また車内に緊張が走った。

 俺は慌てて修正をかけた。

「違う、違うよ。君たちの尋問じゃないよ。8人もの犯罪人がいるんだよ。それもほとんどが高級士官だ。彼らの尋問だけでもマンパワーは使い切るよ。それに、保護下にある女性兵士も18名もいるしね。おまけに彼女たち全員が亡命を希望しているのだから、絶対に基地の人員だけでは足りないよ。俺らに尋問なんか出来るわけないよ。着いたら俺が報告をして終わりさ。俺らになんか構っていられるかって感じにね。だから安心してくれ。俺が保証する」

 どうにか俺の説得が聞いたのか緊張は溶けたが、それでも俺に対してまだ疑っているような空気は無くならなかった。

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