第186話 無線室の狂気

 ここはゴンドワナ大陸にある共和国最大の基地が置かれている街だ。

 この基地の中央付近にはここゴンドワナ大陸に置ける共和国の作戦の一切を取り仕切るゴンドワナ中央統合作戦司令部が置かれており、その中のある部署では異様な沈黙で覆われていた。

 ちょうど今から5分前の出来事でこの部署の雰囲気が一変したのだ。

 この部署とはゴンドワナ大陸に派遣されている共和軍の神経中枢とも言えるゴンドワナ無線統合司令室である。

 今から7~8分前の出来事から始まった。

 ここゴンドワナ無線統合司令室にはゴンドワナ大陸すべての部署からの無線連絡が集まる。

 ある部署から別の部署への連絡と言った作戦に直接関係ない無線連絡もここを一度通してから行われるのが通例となっている。

 さすがに隣の部署への連絡はその限りではないが、各地に派遣されている部隊の動向を探り、複数の部隊が連絡を取り合い一斉に共和国に反旗を翻すのを恐れての習慣となっている。

 それだけ今の共和国は自国の兵士も信じることのできないくらいに士気が低下しているのであった。

 士気の低さにおいては帝国も威張れる状況ではないために、敵である共和国に対して反撃撃退できるまでに至っていない。

 なのでというか半世紀にも渡る抗争の為かはわからないが、未だにうだうだと戦争を続けている。

 蛇足に過ぎたので本題に戻り、今から数分前に起こったことから説明しよう。

 先に説明したようにこの部署にはゴンドワナ大陸における共和国の無線関連の仕事をすべて管理しており、その中には敵である帝国の無線を傍受する仕事も請け負っている。

 さすがにゴンドワナ大陸の端にあるので、ほとんど機能はしていないがそれでも一定の優秀な無線兵が日々無線を傍受する仕事を続けていた。

 その兵士の一人が雑音混じりの一通の無線を傍受したのだ。

 普通の兵士なら唯の雑音で片付けてしまうくらいの雑音が酷く内容を理解するまでには至らない無線であったが、ここに詰めている兵士は押並べて優秀であった。

 全文を聞き取るまでにはいたらなかったが、大事なキーワードを聞き分けメモにしていった。

 『戦地犯罪』『兵士』『殺害』『暴行』『政治将校?』『参謀?』これだけであったが、彼には何を意味しているか直ぐにわかった。

 血の気が引いた顔をしながら自分たち無線兵士を監視している隣にいる政治将校にメモを見せ報告を行った。

 報告を受けた政治将校は明らかに恐怖で血の気を引いた顔をしながら無線兵士の胸ぐらを力いっぱい捕まえて、「この報告の内容に間違えはないか」と確認をしてきた。

 当の無線兵士は唯唯恐怖して口を聞けなく首を頷くのがやっとであった。

 報告を受けた政治将校はそれでも「この内容に関しては全て忘れろ」と命じ無線担当の参謀のところにメモを持って走り出した。

 運悪くというより、共和国内の軍がきちんと正常に働いていたために、ジャングルに一番近い基地から緊急連絡が平文で入ってきた。

 各基地の無線連絡を担当している先程の兵士とは別の兵士が受け取った緊急連絡分をその場で、しかも大声で読み上げだした。

 共和国軍において緊急連絡は全てに優先され、かつ、誤報や勘違いを防ぐためにこの部署においては受け取った緊急連絡文はその場で大声で読み上げ情報の共有をすることを義務付けられているし、いかなる命令でもこの情報の共有は止められないと定められている。

 当然、違反者においては厳罰が待ってもいる。

「緊急連絡がジャングル基地より入電。読み上げます。『我、敵無線を傍受。内容は『共和国兵士の殺害及び共和国女性兵士に対する婦女暴行の嫌疑で共和国政治将校を始め参謀を含む8名を捕縛。基地に移動中。』以上の連絡を受けました。繰り返しま…」

 ここまで基地より緊急連絡を受け取った兵士が大声で報告を始めたのを聞いた先程の政治将校が大声で彼に向かって叫んだ。

「報告をやめろ~」

 部屋に居た別の政治将校は内容に恐怖して彼も叫んだ。

「黙れ~~」

 しかし、共和国においての緊急連絡の取り決めでいかなる命令で緊急連絡を止めることができないと有り、先の兵士も報告をやめるわけにはいかない。

 ダ~~ン。

 ひとりの政治将校が腰の拳銃を抜いて彼の頭に向かって拳銃を撃った。

 そう、彼はくだんの無線兵士の命を奪うことで彼の大声での報告を止めたのであった。

 もともとこの部屋にいる人間は機密事項に触れる機会が多く全員が党員であり、部屋の半数が政治将校という極めて機密性の高い部署ではあったので、もたらされた情報の誰ひとりの例外なく正確に理解していた。

 共和国の政治将校と一部高級将校の間で行われている通称『お楽しみ作戦』のことを。

 それもその筈で、今から5時間前には捕縛されている政治将校から第3種参謀暗号を受け取っており、生贄の死亡処理を済ませていたのであるから、もたらされた情報の危機的状況を理解しているのであった。

 もたらされた情報の恐怖から、兵士の銃殺といった狂気がこの部署で起こったのである。

 その後、次々に入る緊急連絡。

 このグラスの放った無線を受け取った各基地からの緊急連絡が次々に入ってくるがここにいる誰ひとりも無線を受けてはいない。

 あちこちのスピーカーから入る無線を何もできずに無視しているだけであった。

 無線の繋がらない異常事態に共和国軍全体に動揺が広がった。

 異様な雰囲気を察知した情報担当の部署の者が政治将校を連れ立って無線統合司令室になだれ込んできた。

 入ってきた兵士が無線室の惨状に驚き固まった。

 後から情報参謀が部屋に入り各地から入ってくる緊急連絡を聞いてこの惨状を理解した。

「直ぐに全部隊に連絡。この件の情報を封鎖する。直ぐに通達せよ」

 後から入って来た者の方がいくらか冷静で次の行動を示唆することができた。

 しかし、平文で一斉に流された無線である。

 情報を隠匿することなど不可能に近い。

 女性の政治将校の一人が汚物を見るような目でひとこと言った。

「平文で全部隊に流された無線を隠匿なんかできるのですかね」

 それでも彼女の上官は怒鳴りながら「それでもやれ。それが命令だ」

 彼女に促された無線室の兵士たちはそれぞれの担当部署に向けて命令を発していった。

 しかしというか当然というかはわからないが混乱はこれで収まるわけには行かなかった。

 帰りの遠足のような雰囲気のグラスたちは次々と続報を連絡してくる。

 それを受け取っているジャングル基地の無線室はその扱いに困っていたのであった。

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