迷惑な亡命

第185話 急ぎの帰投

 それほど時間をかけずに撤収の準備が整った。

「隊長、全員準備が終わりました。ここにいる人間を除き全員が乗車済です」

「それなら帰りましょうかね。これより急ぎ帰投する。3日以内で帰りたいので、チンタラ索敵しながらの行軍はせずにバイクを先行させるが、俺らもそのあとに続く。バイク隊は緊急時に限り無線封鎖を解除する。我々本体の前方300mを先行して索敵してくれ。なんかあれば遠慮なく無線をくれ。俺等は全員第1種警戒態勢で移動する。当然銃の使用制限も解除する。全員すぐに発砲できるようにはしておいてくれ。以上。全車発進」

「中尉、我々も乗車しましょう」

 残りの全員も指揮車に乗車した。

「では、敵にも味方にもきちんと報告をしようかね」

「無線の準備は出来ております。出力もご指示通り最大で、アンテナも敵に向けております」

「良かったよ、この車両が敵さんのお古で、簡単に敵に通報できるしね。では無線を出すとしよう」

「こちらジャングル索敵中のグラス中隊。隊長のグラスです。緊急報告します。ジャングル内にて殺人及び婦女暴行の現場にて被疑者を確保しましたので帰投します。殺害の被害者は共和国兵士6名、婦女暴行の被害者も同様に共和国の女性兵士18名です。女性兵士の18名は保護下にあります。また、戦地犯罪者として政治将校3名、参謀と思しき将校2名、軍警察関係者3名内1名が将校です。8名の共和国兵士を殺人及び婦女子に対する暴行の容疑で捕縛して連行します。繰り返します。8名の共和国兵士を殺人及び婦女子に対する暴行の容疑で捕縛して連行します。以上、報告終わり」

 それの無線報告を聞いてか車内から笑い声が漏れてきた。

「ククククク、本当に隊長は人が悪いよね。この報告を受けた敵の無線兵士に同情するよ。どうやって上に報告するつもりなのか考えただけでも面白くなるよね」

 メーリカさんが車を運転しながら俺に言ってきた。

「笑うのもいいがきちんと前を向いて運転してくれよな。事故で転倒なんて笑えないからな」

「わかっていますよ。轍に沿って車を走らせますし、ドミニクも車上から監視してくれてますから間違いは起こしませんよ。安心してくださいな」

「そうですよ。敵だけでなく進行方向の安全もきちんと監視しますので大丈夫ですよ。それに姉さんはこういうのは慣れていますから安心して任せてくださいな。でも姉さんじゃないけど、この無線を受けた敵さん、どういう反応をしますかね」

「さ~な、でもアンリ少尉の話じゃないが敵さん内でも噂になっていたんだろ。その噂をある意味暴いたんだから、普通ならかなりのスキャンダルになるよな。こういった場合には上層部は決まってもみ消すけど、暗号ならいざ知らず平文で無線したからもみ消すには苦労するだろうな。もみ消せればいいけども」

 するとアプリコットが難しい顔をしながら俺に言ってきた。

「基地から距離があるのでこの無線を聞けるのは多分私たちの師団だけでしょうから大丈夫かとは思いますが、海軍やほかの部隊にこの無線が聞かれたら私たちだってただじゃ済まなくなりますよ」

 するとジーナが青い顔をしながら聞いてきた。

「この無線内容がレイラ大佐や閣下の耳に入るよね。どうしよう……」

 これを聴いてアプリコットが過去のレイラ大佐とのお話を思い出したのか急に青い顔をして震えだした。

 オイオイ、本当にあの時何をしたのかね。

 自軍の兵士を怖がらせてもしょうがないだろうに、レイラ大佐も罪なことをしたもんだ。

「大丈夫だよ。そんなに酷いことにはならないはずだよ。上の方は多分それどころじゃなくなるから」

「へ?隊長、それってどういうことなんですか。上がそれどころじゃないって」

「だって考えてみてごらんよ。戦地犯罪ってなんだよ。俺だってあの時に話を聞いて知ったんだよ。戦闘での捕虜なんかは扱いに慣れているだろうけれども、犯罪者として敵のしかも政治将校までも捕まえているんだよ。これって外交上もかなりめんどくさくならないかな。どこの組織にも言えることだけれども、ルーチンの作業ってどんなに手数が多くともそんなに問題なく処理できるけれども、イレギュラーが発生したなら非常に面倒な処理をしないといけないはずだよ。それが例え手数が少なく済むとしても、その処理に関する手数を探すのに非常に手間取るものだよ。特にお偉いさんが関わってくると、処理に当たる側もお偉いさんでなければならないしね。今回の場合、参謀が含まれているから少なくとも情報部のレイラ大佐は今処理に忙殺されるはずだよ。俺等は基地に帰り、敵さんを引き渡したらそれで仕事が終わり。なんにも心配ないよ。でもアンリ少尉たちの亡命ってどうなるのだろう。この問題は仲間のアンリ外交官の扱いになるとは思うけども、彼女もきっと大変なことになりそうだな。この件では彼女に俺が恨まれそうだな。この心配だけはしないといけないな」

「何のんきに言っているんだよ。また、サクラ閣下に睨まれるよ。そっちは大丈夫なの」

 メーリカさんが俺の会話を聞いて心配してくれた。

「こればかりはしょうがないよ。なるようになれって感じかな。だって見なかったことにはできないじゃないか。ある意味あの村でのことの復讐もあるしね。俺にはあいつらのことが許せなかったんだから。なので、捕縛中に発生した事故(敵さんの玉つぶし)に関しては俺の責任だから、山猫さんたちには累が及ばないようにしておくから心配しないでね」

「「は~~~~~~」」

 アプリコットやジーナたち数名がため息をついた。

 そういえば捕まえた男ども全員の玉を潰して怪我を負わせていたことを改めて思い出したようだ。

「な~に、あれについては私だって言い訳はしないさ。同じ女として許せなかったしね」

「そうだよ、姉さんの言うとおりさ。それに理不尽な扱いには私たちは慣れているから隊長も無理しなくていいからね」

 元山猫さんたちは俺を思ってか優しい言葉をかけてくれた。

 正直非常に嬉しかった。

 でも、となりでアプリコットが頭を抱えながらブツブツ言っていたのが怖かった。

 そんな話をしながらも車列は快調にジャングル内を基地に向かって爆走していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る