第174話 叙勲と昇進

 翌朝、それも割合と早い時間に俺の中隊の下士官以上の全員が、師団長であるサクラ閣下から呼び出された。

 前日に叙勲がどうとか聞いていた俺はおおよその予測が付いたが、全く事情を知らされていない旧山猫の皆さんやジーナたち新卒の准尉たちは何事かと落ち着きがなかった。

 さすがにかわいそうに思えたので、俺が昨日聞いた叙勲について説明をしながら呼び出された司令部に全員を引率して連れて行った。

 全員が司令部にある作戦などを説明する際に使用されるかなり立派な大部屋に通された。

 シゲさんたちの悪ふざけか、ここもそこかしこと豪華に見えるような立派な作りで作られていた。

 壁には漆喰まで塗られておりその上で漆喰にコテなどで作られた鏝絵も施されており、『ここはどこかよ』と思わずツッコミを入れたくなるくらいの出来栄えだ。

 初めてここに通された俺たち全員が不思議そうに部屋の中を眺めているところに、レイラ大佐がサクラ閣下を伴って部屋に入ってきた。

 そこで俺らの挙動を見て思わず苦笑いを浮かべていたのを俺は見逃さなかった。

 レイラ大佐もこの部屋はさすがにやりすぎだと思っているようなのだ。

 軽く咳払いをして俺らの注意を自分たちに向けさせ、早速叙勲の式典を始めた。

 最初に俺が呼ばれ、色々と訓示をされた後、ローカル兵士のポロンさんの保護と基地の設営の功績により勲8等「陸軍軍人栄誉賞」なるものを貰った。

 次にメーリカさんが呼ばれ、彼女はポロンさんの保護及び適切なる応急措置による彼女の救命活動と、いままでの俺の面倒に対する功績により勲9等「陸軍軍人栄誉賞」をもらっていた。

 いつもはふてぶてしいくらいにマイペースなメーリカさんでもさすがに叙勲は初めてで、これにはかなり驚いていたようであった。

 ここに来るまでに叙勲について説明していたのにと思っていたが、叙勲は俺がされるとばかり思っていたようで自分については想定外のようだった。

 俺に言わせればいままでの活動で十分に叙勲に値すると思っていたのだが……でないと俺が既に3回も叙勲されているのがわからない……彼女はかなり感激していたようであった。

 叙勲の式典も終わり解散とばかり思っていたら、その後メーリカさんだけでなく俺とアプリコットを除く全員に対しての昇進の辞令の発令があった。

 集まった下士官以上の全員の昇進だよ。

 さすがにこれには俺も驚いた。

 メーリカさんやジーナを始め新卒の准尉たちは晴れて少尉に昇進して同期のアプリコットに階級が追いついた。

 それだけでも十分に驚くべきことなのだが、軍曹以上の分隊長を勤めていた旧山猫の皆さんは全員が准尉に昇進した。

 ここには来ていなかった残りの山猫の皆さんはほぼ全員が下士官に昇進された。

 確かに旧山猫の皆さんは俺が隊長を務める以前までの働きだけで今回もらった評価は十分にうなずけるだけのことはあるのだが、なぜ今回の昇進に繋がったのかがわからない。

 長らくブラック職場にいた俺の危険を察するセンサーがしきりに警報を発してくるのだ。

 俺の表情を見て何かを察したのかレイラ大佐がくだけた感じで内情を教えてくれた。

 まず今回の大判振る舞いの件だが、帝都の殿下の意向もかなりあったそうだ。

 殿下のかねてからのグループが計画していたジャングル内での活動計画を俺らがしきりに前倒しに進めてきていることに対して評価されていたそうだ。

 それに先の帝都のスキャンダル騒ぎで旧山猫に対する圧力をかけていた貴族連中がかなり失脚したこともあり、その優秀さで彼女たちを知る兵士の中では有名な旧山猫の再評価を始める動きが帝都の人事関係者の中で起こり始めているのだとか。

 今後は、彼女たちは正当に評価されることだろうとサクラ閣下も保証してくれた。

 が、何より今回の大量昇進の原因は俺にあるとも言われた。

 俺の功績?に対して昇進で報いることができないので、俺の部下の昇進で中隊全体を評価していることをアピールしているのだとか。

 何でも俺の大尉への昇進に障害となっているのが中尉への昇進からの期間があまりに短いことが挙げられるのだとか。

 先の帝都での叙勲に際して俺に少佐への特進まで検討されたこともあったそうで、俺をさっさと昇進させろという意見と昇進速度が異状でありえないという意見が帝都の人事院内でもめており、今回の措置はそれら両者の意見を調整した苦肉の策だとか。

 正直俺はある意味助かったのだ。

 俺をさっさと昇進させ更に大隊でも預けようとしている司令部の企てが見え隠れしているので、現状階級が俺をさらなる面倒から救ってくれる唯一の防波堤のようなものになっている。

 俺は今回の措置に何ら不満などないことを司令部の皆さんに伝え、この場からさっさと逃げたかった。

 しかし、昇進の辞令発令の後に、俺ら中隊に正式に命令が出された。

 混雑してパンク状態の基地にほとんどいない俺らに対して、荷物をまとめ基地が落ち着くまでジャングルにでも行っていろという命令が出された。

 当面は俺らが一昨日までいた連隊駐屯地?をベースに敵の動向を探るべくジャングル内の探査を命じられたのだ。

 命令を受け取ってやっと俺らは解放された。

 営舎に戻る途中で俺はメーリカさんに声をかけた。

「昇進と叙勲、おめでとう。両方とも能力や功績からしたら遅かった気もするが、きちんと評価されて何よりだね」

「私たちが評価されるなんて信じられないよ。これも隊長のおかげかな」

「俺のせいじゃないけど、頼りにしている旧山猫の皆さんが全員昇進したとなると、この先ちょっと困るかもしれないな」

「何を気にしているんですか」

「だって、俺がいつも頼りにしているみんなが一般の兵士じゃなくなるんだよ。探査や索敵、それに戦闘とか、これから必要になるのに気軽に頼める人がいなくなってしまった」

「あ~そんなことかい。それなら気にしないでくださいな。今までと同じように頼んでもらって構わないから。それに部下たちもきちんと育てているし、早々に困ることないんじゃないかな」

「え~、だって、部下を育てても育ったそばから他に取られるんじゃないかな。前もせっかく育てた新兵をごっそり連れて行かれたし」

「それは隊長が悪いんじゃないかと思っているよ。だって、隊長は新兵をどこに出しても恥ずかしくないような工兵に育てたから、みんな工兵に取られるんだよ。戦闘兵の訓練はそれこそ誰でもできるけど、工兵にするための訓練なんかそれこそシノブ大尉のところしかできないんじゃない。そのシノブ大尉のところよりも早く工兵を育てれば取られたって文句は言えないよ。せっかく私たちが戦闘訓練を教えてやっと使えるようになってきたかなと思ったら連れて行かれたしね。でも、今度は大丈夫じゃないの。だって工兵としても使えるようになっても司令部の連中にはわからないわよ。だって私たちはジャングルの中だしね。心配しなくとも今度は使える新兵をきちんと育てるから」

「ありがとう。あまり今回も時間はないので、準備したらさっさと出かけるようにしますかね。向こうにはまだシゲさんたちもいることだしね」

 俺とメーリカさんとの会話を呆れるように聞いていたアプリコットが「あす朝一番に基地を出発するように準備をしますね」と言ってきた。

 いつも面倒をかけてすみませんね。

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