第173話 住所不定

「中隊長、帰投の準備が整いました」

「ん、ありがとう、では帰るとするか。サカイ中佐、我々はこれより命令により帰投します」

「グラス中尉、すぐに会うとは思うが気をつけて帰れよ。ま~お前にとってはこの辺は庭のようなものか、釈迦に説法だったな」

「いえ、中佐の見送りに感謝します。これより帰投する、全員乗車」

 全員がそれぞれに割り当てられた車両に乗り込んだ。

 いつもならこの指揮車にはサリーも乗り込むのだが、今回はセリーヌ准尉と一緒にポロンさんを搬送するトラックに乗り込んでもらった。

 ポロンさんとセリーヌ准尉までもこの指揮車に載せるのにはいささか狭すぎるので当然といえば当然の判断であった。

 すぐに我々の指揮車を先頭に車列を発進させ基地に向かった。

「中尉、基地司令部には帰投の旨を無線で連絡済です。また、向こうからも了解の返信を頂いております。到着予定時間は17時を予定しております」

「5時間ほどか、途中休憩を入れてもそんなものかな。分かった、いつものように頼むわ」

 俺の指示ともつかない指示を受けてメーリカさんがすぐに返事をくれた。

「分かった、休憩が近づいたら起こすから隊長はいつものようにおやすみ下さい」

「そ~は行かないわよ。今日こそは中隊のおさとしての責任をまっとうしてもらい、居眠りなんかさせませんからね」とこれもいつものようにアプリコットがメーリカさんに言ってかかった。

 平和だな~とおよそ戦時中の最前線基地にいるにはありえない感想を俺が持ちながらこれもいつものようにすぐに眠くなってきた。

 本当に組織の偉いさんになっていることをこういう時に感謝している。

 途中休憩を挟んでも予定より若干早く16時半には基地に到着した。

 最初の時のような物騒な対応は当然されずに慣れた手続きで基地内に車列を入れていった。

 ここでいつもと違うことが発生していた。

 いつも帰投時に車列を止めて解散させる中央の司令部前広場が非常に混み合っていたのだ。

 俺らは混み合った広場前を避けてそのまま車列を衛生班に宛てがわれている建家前に止め、ポロンさんを以前サリーが入院していた病室に連れて行った。

 また、中央広場前に車列を戻すような面倒はせずに、ここで全員を集合させとりあえず中隊を解散させた。

 その足で、俺はアプリコットを連れて司令部に帰投の報告をしに行くことにした。

 相変わらず込み合っている司令部前を、人ごみを避けながら司令部にどうにか入り、幕僚のひとりをさっさと捕まえて報告をしようとしていたら、久しぶりに海軍から出向してきている秘書官のクリリン大尉に出会った。

 俺らを見つけるとクリリン大尉はすぐさま俺らを捕まえて師団長の部屋まで連れて行った。

 師団長室の前でクリリン大尉は扉をノックして「閣下、ただいま帰投したばかりのグラス中尉を連れてきました」と言うなり扉を開けて中に入っていった。

 俺もアプリコットも訳も分からずにクリリン大尉に従って部屋の中に入っていった。

「グラス中尉、お帰りなさい。また、大活躍だったわね。連隊基地の整備にはこちらの命令の前から取り掛かってもらいとても助けられたわ。感謝していますよ。それからローカル兵士の保護と適切なる救命処置については皇太子府からも多大な評価を頂いております。この件で、報告にあったメーリカ准尉とあなたに勲章を授与することになります。また、メーリカ准尉は叙勲と同時に少尉へ昇進させますので明日にでも叙勲の式典を行います。そのつもりでいてください」

 叙勲?それと昇進、これはまたすごいことになっているな。

 ま~、メーリカさんはそれだけの活躍はいつもしてくれているし、も~俺の上司にでもなってもらってもいいくらいなのだが、後で伝えよう。

 そんな話をしているとレイラ大佐がマーガレット副官と一緒に師団長室に入ってきた。

「やれやれ、大変なことになっているな。いきなりの転属者がああもいるとこちらの処理が追いつかない。なにより営舎が足りない」と愚痴をこぼしながらの登場だ。

 外の異様なまでの混雑のことを言っているのだろう。

 あれは転属者の集まりだったのか。

 どうりで見たこともない顔ばかりだった。

 俺のどうでもいい感想を無視するかのように、マーガレット副官は俺を見つけるとすぐに持っていた書類ケースから一通の命令書を取り出して命令を読み上げた。

「グラス中尉率いる中隊に対して、命令を発します。グラス中尉は自身の中隊を率いて、然るべき地に連隊の駐屯地の基地設営のための準備をすべし」

「は~~~?」

 俺があまりにも間抜けな顔をしているのでクリリン大尉が教えてくれた。

「中尉、命令が無ければせっかく中尉たちが作った基地を無理やり取り上げた格好になって、中尉たちの功績を評価できませんから、後付けで命令を発布して、命令を達成したことにしたのです。あの基地には本当に助けられましたから。でないと今でもとんでもないことになっているこの基地がパンクしていましたからね」

「は~。基地設営の命令を受領しました。続けて報告します。我々が準備した基地を本日付けでサカイ中佐に移管して帰投しましたことを報告します」

 俺は茶番を理解して、この茶番に付き合うことにした。

 軍隊の世界でもバックデイトってあるものだと感心したものだ。

 俺はアプリコットに「軍隊でも融通を利かせることってあるんだな」って感想を漏らしたら変な顔をされた。

 俺の無駄話を咎めるようにレイラ大佐がわざとらしい咳を一つついてから俺に話してきた。

「例の兵士からは話を聞けるのか」

「彼女の体調は戻り、話をするのには問題ないようですが、アンリ外交官が情報部の尋問を許しそうもありません。それに彼女はまだ我々には心を開いてはおらず、アンリ外交官と当分はサリーを介して話をすることにしております。なので、知りたい情報があればアンリ外交官に伝えるか直接サリーにでも言ってください。もっとも聞き出せるかどうかまではわかりませんが」

「そうか、現地勢力の扱いに関しては外交扱いになっているし、外交官にすでに存在がバレているのならそれもやむを得ないか。分かった。その件は後でアンリさんとでも相談するわ。で、残りの件はブルからもう話したの」

「いえ、まだよ。グラス中尉。あなたも見たでしょ、外の混乱の様子を」

「あ~はい」

「あれね、急に帝都からの命令でこの基地を強化増員することになって送られてきた兵士ばかりなのよ。あなたが作ってくれた連隊基地があったからあの程度で済んでいるけれども、またテント村ができそうなのよ。そこであなたたちに新たな命令を発布します。ジャングル内の探査を行い連隊駐屯地の候補地を見つけてくること。なお、ジャングル内探査に出る際にはあなたたちの営舎を引き払うことを命じます」

「え~~~、俺らにここを出て行けと。俺らは住所不定となるんですか」

「なんですかその『住所不定』とは。一時的な措置ですよ。見たでしょ。営舎不足が著しい現場を。それに今はあちこちで工事をしている関係で営舎作りもままならないのよ。おじ様たちが落ち着いたらあなたたちの場所も用意しますから。あなたたちはサカイ連隊駐屯地を仮のベースとしてジャングル内の探査を命じます。明日には叙勲の式を行いますから、叙勲後に直ぐに出発してください。いいですね」

「は~~~、了解しました」

 俺はまたとんでもない命令を命じられ、みんなにどう伝えるかを悩んでいた。

 せっかく帰ってきたのに直ぐにジャングルに出発だなんて絶対に恨まれるよな。

 は~~~~。

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