第172話 新たな連隊基地

 レイラ大佐の襲来から3日が過ぎ、ポロンさんの様態も良くなってきた。

 さすがに3日では骨折や捻挫の回復までは至らなかったが、落命すら心配されていた衰弱だけはセリーヌ准尉の治療のおかげですっかり回復し、今では病室でサリーちゃんと楽しそうに話しているところを見かけるようになっている。

 しかし、まだアンリさんには事情聴取の許可は降りていないし、俺自身も先に述べた理由で、できればここにいるうちでは新たな情報は聞きたくはなかった。

 でも、ここまで回復してくるとそろそろセリーヌさんに確認しないわけには行かなかった。

 俺はアプリコットを連れて休憩中のセリーヌさんに確認に伺った。

「セリーヌ准尉、ポロンさんの件ですが、そろそろ移送したいと考えておりますが許可できますか」

「あら、それならば大丈夫よ。基地から何か言って来たのかしら」

「え?基地からは何も、でもなぜそのようなことを」

「私は師団長の指示で毎日彼女の様態を報告していましたから、昨日の報告で移送の許可を出しております。なので、基地から移送の命令が出たのかと思いました」

「そうなのですか、基地からはまだ何も命令はもらってはいません。マーリンさん、何か聞いているか」

「師団本部から命令が来ていましたら時間をおかずに中尉に報告をします。私も、この基地にいるまともな軍人は誰ひとりも師団本部からの命令は受けてはいないと思いますよ」

 すると無線兵の一人が俺のところに基地からの指令分を持ってきた。

「中隊長、先ほどの定時連絡で師団本部より指令を受け取りました。『伝令を出したので、伝令の命令に従って行動すべし』以上です」

「なんだこりゃ。こんな指令は初めて受けたぞ。これってなんだ」

 俺が思わずつぶやいた一言を聞いたアプリコットはため息をつきながら丁寧に教えてくれた。

「こんな前線基地で緊急性は無いが重要案件に関する命令は無線では出されません。傍受の危険をできるだけ防ぐためです。今回のケースも傍受を危惧して伝令で命令を伝えるつもりなのでしょう。しかし、中尉が勝手に行動をしないように伝令を待つ命令を止む終えず出したようですね。これならば伝令が襲われる心配こそあれ傍受される心配はありませんから。なので、私たちは伝令が持ってくる命令を待ちましょう」

「本当に軍ってやつはめんどくさいな。一言『さっさと帰って来い』と言えばいいのにな」

「さっさと帰られると困るから『帰るな』という命令が無線でなされたのでしょう。それも出来るだけ傍受の危険性を避けるために定時連絡で送られてくるのだからかなり注意を払っての命令ですよ。とにかく私たちはおとなしく伝令を待ちましょう」

「へいへい。仰せの通りに」

「中尉、いい加減に悪ふざけは「車列が近づいてきます」」

 アプリコットが俺の態度に文句を言いかけたところに外の見張り台からの声が届いた。

 その後、俺のところに間をおかずに伝令が近づて来て報告を始めた。

「基地までのルート上をトラックが30台以上こちらに近づいてきております。先頭をバイクが先導しており、そのすぐ後ろを我が軍の司令車が続いております。予定到着時間は10分後です。以上」

「ありがとう。でも伝令だとしたら早くね~?それに、規模も大げさだよね。これってどう思う」

「中尉、確かに伝令が到着するには時間が早いですね。それに伝令の護衛にしてもトラック30台以上は大げさですね。私には分かりかねます。しかし、友軍である以上危険はないでしょう。念の為に警戒だけはするべきかとは思いますが」

「分かった、とにかく規模が規模だ。それに時間もないが出迎えだけはきちんとしよう。お偉いさんだと色々とめんどくさいしね。ここにいる全員に緊急命令だ。第3種警戒態勢でこちらに向かってくる車列の出迎えだ。アプリコット、すぐに発令する。あと10分もないぞ」

「ハイ、わかりました」と言ってアプリコットは走って外に出ていった。

 緊急命令が発令され駐屯ベースは急に慌ただしくなってきた。

 驚いたのか部屋にこもっていたアンリさんが自身の部屋から出てきて俺に状況の確認を求めてきた。

「グラス中尉。これは何の騒ぎなのですか。敵襲ですか」

「いや、ご心配なく。しかし我々の知らない友軍がこちらに近づいてきております。トラックが30台以上の規模で、こちらに来ておりますから、念の為に警戒態勢を引きました。もうすぐにこちらにつきますから出迎えも兼ねております。アンリさんもご一緒されますか」

「そうなの、危険はなさそうなのね。わかりました。今は彼女の件で微妙な時期でもありますし、私も出迎えにはご一緒させていただきます」

「それでは外に行きましょうか。あ~そうそう、一つ報告があります。今朝セリーヌ准尉からポロンさんの移送の許可を頂きました。私に新たな命令が出されておりますが、一度師団本部のある基地に彼女を連れて戻ることになりそうなのです。当然ご一緒しますよね」

「当然です。彼女の件は私たち外交関係者の所管です。軍に勝手にさせません。私は彼女を軍から守りますから、彼女と一緒に移動します」

「では準備だけでもしておいてください。出迎えの後でですが。あちゃ~、もう先触れが着きましたか。出迎えは間に合わなかったようですね」

 外に出たときには先触れとしてバイクが2台、本部を置いている建家前の広場に着いていた。

 バイクを持っていた兵士の一人が俺の前に来て敬礼後早速報告を始めた。

「まもなくサカイ連隊長がご自身の連隊から中隊一つを連れてこちらに参られます。また、師団長からの伝言があります。到着するサカイ中佐に命令書を預けたので、サカイ中佐の命に従えとのことです。以上です」

「ご苦労様です。わかりました。こちらに向かってくるのがサカイ中佐?あれ、薔薇大隊のサカイ大隊長は少佐ではなかったけ。別人かな」

「いえ、階級が一つ上がり、また、旅団が師団に変わる際に新たに作られる連隊の一つを預かることになりました」

 そんなたわいもない会話を続けている俺らのところにトラックを引き連れた1台の司令車が止まった。

 すぐに扉が開き中からサカイ中佐が現れた。

「お久しぶりです、サカイ少…中佐」

「お~お、久しぶりだな、グラス中尉。それにしてもここはすごいな。レイラ大佐から聞いていたが、本当に立派な基地だな。あとは営舎を増やせばそれだけで連隊基地が出来上がるな」

「連隊長」

「お~、そうだな。先に仕事をせねばな」と言ってサカイ中佐が懐から1通の命令書を出して読み上げた。

「只今より、この基地は中佐であるサカイが率いる連隊の基地として指揮権を引き継ぐ。グラス中尉はこれより今受けている命令を破棄して、新たに現地兵士を連れ師団本部に帰投せよ」

「は、命令を拝命しました。ところで基地って……連隊基地ってなんですか」

「は~~~、お前はここに私たちの連隊基地を作っていたのではなかったのか」

「いえ、私はジャングル探査を命じられ、この場所に私たちの仮のベースを置いただけです。ここを発見してから割と頻繁にこの場所を利用していたので、それならばと住環境を良くしただけですが」

「は~~、では何故サカキ連隊長のところのシバ中尉も来て工事をしているのか」

「あ~はい、電話の施設工事と聞いております。何でも上からの命令とだけしか聞いておりませんから。外交官のアンリさんが以前師団本部まで言って帝都と連絡をとっていた時にかなり文句を言っていたと聞いておりましたから、皇太子府の配慮で工事が始まったと思っておりました」

「そんな訳あるか。ま~いいか。それでか、納得した。ここの設備の割に営舎の数が少なすぎるのに納得がいったよ。初めから連隊基地を作るのならば営舎の数が少なすぎると思ったよ。それにしても中尉は常々我々の予想の斜め上を行くな。今師団本部は帝都からの指示により急遽連隊を三つ、いやサカキ大佐のところを含めると四つか、増やすことになり、続々と人員の補充がなされている。なので、師団本部だけでは受け入れられなくなり急遽連隊基地をほかの場所に設営させる案が浮上していたが、その場所が見つからない。なにせジャングルの中だからな。そんな時にレイラ大佐がジャングル内でが基地を作っていると大声で叫びながら戻ってこられたのだ。私たち基地首脳が集まって報告を聞いてすぐに私の駐屯地の変更が決まったというわけだ。なので私が駐屯地の下見と移動の準備のために1個中隊を連れてきたという訳だ」

「あの~、それでは私たちは帰ってもよろしいのでしょうか」

「聞いてなかったのか、現地兵士を連れてすぐに帰れという命令を。準備が出来次第帰ってもいいぞ。いや、直ぐに準備をして師団本部に帰投しろっていう命令のはずだぞ。あとは私がやるから中尉は帰投の準備に掛かってもらっていいぞ」

「すみません。そうさせていただきます。アプリコット、聞いての通りだ。帰り支度をして基地に帰るぞ」

「は~、はい。わかりました」

 俺は集まった中隊員に向かって基地に帰ることを伝え準備に掛からせた。

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