第171話 不条理なお小言

 俺らが中央広場に到着すると同時にレイラ大佐を乗せた車列が到着した。

 レイラ大佐が車から降りるとすぐに俺のところまで来て声を上げた。

「なんなのよ、ここは。ローカル勢力の基地を発見していたらなんで報告を入れなかったのよ」

「いえ、ここには基地などありません。ただあるのは我々中隊が一時的にベースを置くためのキャンプ地だけです。ただ、しばらくここにいなければならなかったので自分にできる限りの工夫を凝らし少しでも居住環境を整えただけです」

「ここのどこがキャンプ地と言いはるの……ま~いいわ、今日はあなたとそんなことを言い合うためにここに来た訳じゃないのだから。で、どこにいるのかしら、ローカルの戦士は」

「はい、いま正面の建家内でセリーヌ准尉の治療を受けている最中です」

「すぐに話しを聞きたいから案内をお願いできるかしら」

「案内はできますが、すぐの尋問はできません。医療責任者のセリーヌ准尉より当面の聞き取りは禁止されております。それに今は薬の影響で眠っており、意識がありません」

「それはとても残念ね。それでもいいわ、とりあえず見てみたいから案内をお願いします」

「は、ではこちらへ」と言って、非常に俺に何か言いたそうなレイラ大佐をとりあえず病室に当てている部屋まで連れて行った。

 あまり大人数で寝ている人のいる部屋に入るのが憚ったので、俺らは中に入るのを遠慮してレイラ大佐とお付の一人のみが部屋の中に入っていった。

 レイラ大佐は10人ばかりの部下をここに連れてきてはいるが、さすがにこの建家まではお付の人一人しか連れてきておらず、残りは車の前で待機していた。

 俺はここで唯待つばかりではあまりに手持ち無沙汰なので、先ほどの広場に戻り、レイラ大佐の連れてきた人たちを食堂スペースにまで案内してとりあえずお茶を出し、ねぎらった。

 ここを作ってからほんの数日だったが、ここではサリーちゃんが以前の様にここに集まる人たちにお茶を振舞っていた。

 だが、ポロンさんを保護してからはサリーちゃんは病室につきっきりなので今回のお茶出しは俺が入れていた。

 ここに連れてきた人たちは少尉が一人であとは全員が下士官以下の階級だ。

 なので、軍隊の階級的には俺のほうが上官になるのだが、いつものようにそんなことは気にしてなく、それにサリーちゃんがいないとあれば俺がお茶を入れるしかないと入れていたらかなり恐縮された。

 その様子に気がついたジーナが慌てて手隙の兵士数人を連れて俺のところまで来て、兵士にお茶出しを代えさせた。

 その上で、俺を部屋の隅に連れて行きお小言が始まった。

 日頃から中隊のひよこたちにでもお茶を振舞っていたのだが、見つかるたびにやめてくれと怒られていたのだが、中隊以外の人にまで振舞ったのがかなりお気に召さなかったらしい。

 俺が、怒っているジーナの機嫌を取るために慌てて彼女の分もお茶を入れようとしたら「そういうことを言っている訳じゃありません」とかなり強い口調で怒られた。

 そんなところに病室前で待機していたはずのアプリコットがレイラ大佐とセリーヌ准尉を連れて食堂にやってきた。

 それとほぼ同時にアンリ外交官も部屋から出て食堂にやってきた。

 食堂の異様な雰囲気にレイラ大佐とセリーヌ准尉は驚いていたが、アプリコットとアンリさんはおおよその見当がつくのか『またか』と言った顔をして、後からやってきた人の分のお茶をそばにいる兵士にお願いをしていた。

「中尉、打ち合わせがしたいのでこちらにどうぞ」

 やれやれ、これでお小言から開放かと思ったら小声で「後でしっかり聞かせていただきますからね」と言ってきた。

 これで、このあとのアプリコットからのお小言も決定したようなものだ。

 全員がひとつの机に集まってお茶をしながら話し合いを始めた。

「ローカル兵士の件は既に帝都の皇太子府に報告を入れてあります。このあとは外交問題として私が扱うことになります」

 最初からアンリさんがレイラ大佐にジャブを入れた。

「分かっております、アンリ2等外交官殿。ただ我々軍部としましてもこのあたりの情勢には責任がありますから、情報の収集を許可願います。私を始め、情報収集の専門家数人を付けますので、彼らに事情を調べさせたいのですが」

「情報部の尋問は許可できません。外交上、重要人物の尋問は賛成できません」

 ふたりの様子が徐々に険悪になっていくのをセリーヌ准尉の一言が止めた。

「今のところ、どなたでも彼女とは話をさせるわけには行きませんよ。彼女はかなり衰弱しておりますから。当面はポロンさんの世話は私とサリーさんだけのふたりが行います。これは医療責任者としての権限で宣言します」

 要は病院での医者が行う面会謝絶のようなものだ。

 この場合上官であるレイラ大佐でもセリーヌさんの意見に従うしかないのだ。

「准尉、どれくらいで話ができそうか」

 それでもレイラ大佐が聞いてきた。

 かなり焦っているようでもある。

 情報部がこのあたりの敵の新たな情報を聞き込んだようだ。

 少しでも情報を欲してジャングルの奥までやってきたくらいなのだから、あまりいい話ではなさそうだが、俺からしたらここで重大情報でも聞かされるよりははるかにいい状況だ。

「2~3日は無理ですね」

「う~~む、そんなにここにいるわけには行かないか。分かった、直接話をするのは諦めよう。そこで、グラス中尉にお願いだが、新たな情報が入り次第速やかに師団本部に知らせて欲しい。中尉だけじゃなくアプリコット少尉やジーナ准尉も同様だ」

「分かりました。ここじゃ満足のいく世話はできないでしょうから、彼女次第ですが回復するようなら師団本部に連れて行きますよ」

「え~~、それはちょっと」とやや不満そうなアンリさんではあるが、ここは駐屯地じゃない。

 彼女を動かせるまで回復したら全員で師団本部に戻るつもりだ。

 そのことを大佐に話したら、急に俺に出されている命令に気がついたのか、すぐに了解してくれた。

 これで基地に帰れる。

 俺に対する命令も達成したということでしばらくは基地でゆっくりできそうだ。

 話し合いが済むとレイラ大佐はまだ未練がありそうだが早々こんなところでゆっくりできる身分じゃないし、連れてきた兵士を連れて師団本部に帰っていった。

 俺の話の後アンリさんは師団本部に帰ることにかなり不満なのか俺に対して最後まで愚痴を言っていた。

 やめてくれ、とにかくめんどくさいのは勘弁だ。

 とりあえず厄介事にならなかったのでホッとしてどこかに行こうとしたところをアプリコットとジーナに捕まった。

 2時間のお小言コースの始まりだった。

 上下のけじめがどうのというお小言なら、今のお小言はどうなのかと俺は言いたい、言いたいがそれを言ったらどうなるかは自明の理なので俺は大人だから言わなかったが、どうしても納得がいかない。

 俺は大人だし不条理の扱いには慣れたブラック出身なのだ。

とりあえずは嵐が去るのをじっと待った。

 後で俺自身を褒めてあげよう『よく我慢した』とね。  

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