第170話 ここって基地じゃなかったの?

 俺はその場に残って、近くにあった治療道具の類を持って、ポロンちゃんが寝ている部屋に向かった。

 部屋の中にはポロンちゃんを心配して、その場から離れずに看病しているサリーの他にはセリーヌ准尉しかいないようだ。

 セリーヌ准尉の治療は始まっていたようなので、持ってきた道具類を部屋の隅に置いて、直ぐに部屋の外に出た。

 だってうら若きポロンちゃんの服をハサミで切り刻んで裸にしていたんだもの……驚いて直ぐに部屋から出たよ。

 彼女は女性で俺は男だ。

 そうでなくとも山猫の連中には変な誤解があるようだし、未だにアプリコットなどは川原で敵の捕虜を裸にひん剥いたと誤解しているんだもの、こんなところを見られたんでは何を言われるかわかったものじゃない……

「何を言われるんですか?」

「え?マーリンさん、いたの?誤解だから、俺は唯セリーヌ准尉の仕事道具を運んだだけだからね、それに何も見ていないよ。大丈夫だから……変な誤解をしないでね」

 俺があまりに驚いて一生懸命にアプリコットに言い訳をしていると、部屋の中から「五月蝿いわよ。患者が寝ているのだからここでは静かにしてね」と言いながらセリーヌ准尉が出てきた。

 部屋から出てきたのはセリーヌさんだけだ。

 サリーちゃんは出てこない。

 寝ているポロンちゃんを心配して片時もそばを離れないようだ。

「セリーヌ准尉。どうですか。彼女の容態は」

「そうよね。大丈夫だとは思うけど……ちょっと心配はあるわね。彼女の容態はね、骨折が一箇所で、捻挫に打撲に擦過傷など数箇所あるけど、重体とは言えないような代物よ。それに応急処置が極めて適切で、私がしたのは傷の消毒くらいかしらね」

「それならわざわざ来てもらわなくても良かったようなものでしたね。大げさにお呼びして申し訳ありません」

「いえ、そんなことはなかったのよ。私が来て良かったと思っているわ。でないと最悪の事態もあったかもしれなかったからね」

「は?どういうことですか」

「彼女の直接な原因は多分高所からの滑落でしょうけど、ここに来るまでにかなり無理をしていたようなので、衰弱が激しかったのよ。今は注射で栄養などを射ってあるからしばらくは様子見かしらね。当面の治療は、彼女の衰弱の対処かしらね。注射はあす以降もしばらくは数回の割合で必要だと思っているわ。今日はモルヒネの影響もあるのかしら、目は覚まさないと思いますよ。なので、彼女から何かしらの情報を得ようと尋問はできませんよ。数日は治療の観点から尋問は許可しませんから、情報はしばらく待ってくださいね」

「分かりました、アンリ外交官にはその旨を伝えておきますから安心してください。別に私は彼女からの情報はそれほど欲していませんしね」

「中尉。どういうことなんですか」

「だって、考えてみてご覧よ、マーリンさん。俺らに与えられた命令はジャングル内の探査だよ。彼女からの情報で、もしローカル勢力に関する重大な情報がもたらされたらと、考えたことある」

「もし、そのようなことがあれば嬉しいことじゃないですか。中尉は何が気に入らないのですか」

「だから、そんなものが入れば師団本部に伝えなければならないだろ。それにそんな情報はいの一番にアンリさんに伝わるだろ。そうなると絶対に厄介な仕事が回されることになるから。これは断言できるからね」

「だから中尉はどうお考えなのですか」

「まだ分からないかな~。今のままだとあと……そうだな~。2~3週間もこのあたりにいれば基地に帰れるだろ。十分に探索したとネ」

「へ?ここに駐屯するわけじゃないのですか」

「へ?アプリコットも命令を聞いていたよね。俺の受けた命令はこのあたりの探索だけだよ。基地の設営なんか受けていないし、ここは中隊の駐屯するためのキャンプ地だよ。キャンプ地に駐屯させる訳無いだろ。それとも帝国軍はと言うより帝国軍人はといったほうがいいかな……キャンプ地だろうが一度留まったら最悪の環境だろうとそこに駐屯しないといけないのかな」

「そんな訳ある訳ないじゃないですか」

「でしょう~。なので、彼女が回復したら一応情報を聞き出すけれど、できれば師団本部までお連れしてそこで聞きたいよね。そうすれば俺らには責任など無くなるからね。もし俺らしかいないところで重要な情報でも受けたらそれこそ大変だ。報告しないでいいのならそれもいいけど、そうもいかないよね。だから、セリーヌ准尉もおっしゃっていただろ。動かせるようになったら彼女を連れて基地に帰ろうよ。そうすれば3週間も待たなくとも帰れるからね」

「は~~~~。中尉、そんな訳にはならないと思いますよ。どうせ直ぐにレイラ大佐もここに来られるでしょうから。それに、ここって基地を作っていたのではなかったのですか?」

「そんな訳無いだろ。ただの駐屯ベースだよ」

「では、今やっている電話の工事はなんなのですか」

「あ~あれね。俺も知らないけど、帝都からの命令だろ。なんの目的があるかはわからないけどね、命令だから工事に協力はしている。まさかここに公衆電話を設置するだけではないだろうけど、軍のお偉いさんの考えはわからないよ。もしかしたら俺らの後にここに誰かが入るのかもしれないしね。そうなってもいいように作ったものは残していくことになるだろうね。ここを作った当初は、帰還する時に火をかければ済むかと思っていたけど、どっちにしてもレイラ大佐にでも聞いてみよう」

 俺らの漫才のような掛け合いを横で聞いていたセリーヌ准尉が驚いたような顔をして聞いてきた。

「中尉、ここって新たな基地じゃなかったのですか。私は最前線基地かと思っていたのですが違うのですか」

「違いますよ。ここは前線によくある駐屯ベースですよ。基地なんか作れませんよ。だってここは村のあった場所にあるのですから、地権者が来たら速やかにどかないとまずいでしょ。そうでなくとも無断使用中なのですからね。そうそう、それこそポロンさんあたりに訴えられたら困りますよね。戦争中ということで許してもらうしかないかなとは思っていますが」

「「は~~~~」」

 なぜか質問してきたセリーヌ准尉ばかりかアプリコットにも呆れられたような気がしたがそのあたりの法律がどうなるのか俺は知らなかった。

 そもそもここは帝国じゃないし、どこの国の法律が適用されるか知らないしね。

 そんなことを考えていると外のあたりが騒がしくなってきた。

 俺のところにジーナが走って報告してきた。

 あまりありがたくはないのだが、お客さんだ。

 レイラ大佐の一行が到着するそうだ。

 見張り台から連絡があったそうだ。

 出迎えておかないと心象も悪くなるだろうから、俺はアプリコットと報告しに来てくれたジーナを連れて出迎えのために中央広場に向かった。

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