第168話 報連相っといってもね
保護した負傷女性兵士の搬送はその場で偵察組を待っているメーリカさんに任せ、ひよこたちに搬送させた。
俺とアプリコット他数人は現在ベースを置いている中隊駐屯地に急いだ。
途中『エッホえっほ』と声を出しながら走っていったために何度もアプリコットとから「中尉、変な掛け声を出しながらの移動はお控えください」と何度も怒られたが、何故だか距離のあるランニングだとこの掛け声を出してしまう。
案外気に入っており、これだと体力のない俺でもかなりの距離を走れるので我慢してもらうしかない。
中隊の駐屯地に着いたら、すぐに衛生兵のふたりを呼んで俺の執務室(予定)に簡易ベッドをこさえ治療スペースを作らせ、必要な機材と薬をその部屋に準備させた。
彼女たちは俺が小隊長を務めた当初からセリーヌ准尉から秘蔵っ子を就けてもらった人たちだ。
しかし、俺のところに就けられてくるのだから経験といった部分では少々物足りなさを感じてしまうのはしょうがない。
俺は無線室に行き師団本部に詰めているセリーヌ准尉と連絡を取り、ベテランの衛生兵の派遣も要請した。
その後でサリーを呼んで見つけた兵士について話し、彼女が駐屯地に着いてから元気を取り戻すまでの間、治療の手伝いをしてもらうようにお願いした。
同じローカル出身の者同士、傷ついた兵士が少しでも安心できる環境だけは整えておいたつもりだ。
ここまでやって安心したら、まだ大事なことが抜けていたことに気がついた。
『報連相』だ。
まだ師団本部のお偉いさんたちには報告をしていない。
それどころかこの基地にいるローカルとの接触についての責任者であるアンリさんにも知らせていなかった。
これはやばいと、すぐにアプリコットを通してアンリさんに伝えた。
その後、ジーナを呼んで移動しながら報告書を作ってもらいセリーヌさんから借りてくるベテランの衛生兵を迎えに行ってもらうことにして、師団本部に護衛数人とともに向かってもらった。
念の為にアプリコットから無線で師団本部には簡単に状況を伝えてもらった。
と言っても伝えられる内容も大したことはない。
「負傷した現地勢力の兵士と思しき女性を保護し、治療のために駐屯地に移送中だ」
これくらいしか報告できない。
正直これ以上の情報は俺でも持っていない。
しかし、師団本部に連絡を出すアプリコットはかなり渋い顔をしていたし、衛生兵を迎えに行ったジーナなんかかなり悲愴な顔をして車に乗り込んでいった。
アプリコット曰く、『こんな程度の低い報告では司令部の幕僚たちは絶対に納得しませんよ。』と言うのだ。
ジーナがレイラ大佐に捕まってトラウマをこじらせなければいいけれどね……ゴメン耐えてね。
俺にどうしろと言うのだ、俺もこれ以上の情報は持っていない。
だからといって詳報を得るまで報告をしないと絶対にあの人たちは怒るから、とりあえず一報だけでも入れとけば言い訳は立つ。
ここで俺にできることをほぼ終えたくらいになって、メーリカさんたちは無事にこの駐屯地に到着した。
負傷兵を見たサリーは彼女に駆け寄ってしきりに彼女の名前を呼んでいた。
知り合いだったらしい。
でも彼女は今メーリカさんの射ったモルヒネで眠っている。
俺はサリーちゃんのところまで行ってサリーちゃんを宥めた。
「大丈夫だよ。今彼女は薬で眠っているだけだから、起こすと傷が痛むから少しの間寝かせてあげて。俺らが絶対に治療するから安心してね」
「ウン」
「さっき彼女の名前を言っていたけれど、知り合いなの」
「ここの村の出身で私の友達。名前はポロンちゃんと言うの。この村についてから私の世話をしてくれたの。それから一緒に遊んでくれた。でもお姉ちゃんが兵士たちを連れてほかの村に出て行く時にお姉ちゃんと一緒に村を出ていったわ」
サリーちゃんの知り合いで良かった。
少なくとも気がついても暴れないだろう。
それに名前と出身だけは判った。
俺はそばの机の上にあるメモ帳を取り出して、名前と出身地を書き、症状の欄を作りそこに骨折と書いてベッドに貼り付けた。
病院に見舞いに行った時に見かけるあのやつを作っただけだ。
サリーちゃんも落ち着いてきたので負傷兵のポロンさんを任せ、部屋を出ようとしたら、そこに報告を受けたアンリさんが入ってきた。
「ローカル勢力の兵士を保護したって聞いたけれど、」
「し~~~、彼女は薬で寝ているから食堂で話そう」と言ってアンリさんを食堂に連れて行った。
俺は食堂に着くと紅茶を入れてアンリさんに差し出し、ゆっくりと飲みながら状況を説明した。
俺がゆっくりと話していたのでアンリさんはイライラとしていたが、情報がないのは俺も同じだ。
「中尉、もったいぶらないできちんと教えてください。この件は私の責任の範囲なのですから当然私には知る権利があります」
「それはそうだし、俺は何も隠すつもりはないよ。俺には誰も軍の機密など教えてくれないから秘密など持っていないしね」
「それはどうかとは思いますが、それしか分かっていませんの」
「見つけた時にはほとんど意識がなかったし、苦しそうだったからメーリカさんがすぐにモルヒネで楽にさせたから寝ているしね。そのあと俺は何も聞いていないよ。彼女からは少なくとも治療が終わるまでは情報は得られないんじゃないかな」
「そんな~~~~」
「でも、一つ朗報があるよ」
「何、なんですか。やっぱり隠し事があるじゃないですか。教えてください」
「何も隠してはいないよ。彼女の名前と出身地はさっき説明したよね。それは彼女のことを知っているサリーから聞いたんだよ。サリーと彼女は前に仲良くしていたようだから割と素直に彼女の持っている情報は聞き出せるのではないかな。サリーに頼めば近況など解るかも知れないよ。それも全ては彼女の意識が戻ってからだけれどもね」
「そんな~~、それじゃ~、今は何もできないと言うことですね」
「そういうことだね」
俺とアンリさんが食堂の片隅で話し合っていると、そこにメーリカさんがやってきた。
「隊長、今いいですか」
「ん?何、今いいから、報告かな?」
「偵察組が戻ってきたけれど、その件ですよ」と言ってメーリカさんはアンリさんを見た。
「大丈夫だよ、別に隠すこと無いだろ」
「隊長がいいならいいか。で、偵察組からの報告では付近一帯には部隊単位での移動が認められなかったって」
「ん?それはどういう意味かな」
「だから、彼女は少なくとも数キロの範囲で単独で行動をしていたようだよ。もしかしたら村の襲撃を聞いた後に村の様子を偵察に来たのかもしれないな。しかし……」
「何か気になることでもあるのか」
「偵察に出るにしろ一人での行動ってあるのかなって。ローカル勢力の規模がわからないから何とも言えないが、単独偵察ってあまりないからね」
「ん~~~~。彼女がこの村出身だから慌てて一人で戻ってきたのかもしれないね」
「ん????なんでそんなことを隊長が知っているんだ??」
「サリーちゃんの知り合いだって、彼女は。名前はポロンさんというそうだ」
「そっか~~~、それなら納得ができるが……そうなると彼女のことを心配した連中が動き出さないかね」
「そうだね、しばらく村周辺の哨戒は厳重にしたほうがいいかな」
「そうだね、今はそれしかできないね。どちらにしても彼女次第だね」
俺はここにアプリコットも呼んで今後の対応について話しあった。
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