第154話 中隊編成の遅れ

 翌日俺はアプリコットと残りふたりの少尉を連れて師団司令部建家にある師団長室を訪ねた。

 中隊の編成作業の期限が明日までなのだが、とてもじゃないが彼女たちの振り分けが終わりそうにない。

 中隊の構成は決まっているのだが、肝心の兵士の振り分けが終わらないのでその期限の先延ばしのお願いに来たのだ。

 俺は師団長室の立派なドアの前に立った。

「本当に立派な建家だな。こんなジャングルの奥にあるにはちょっと立派すぎないかな~」

「中尉が作ったんでしょ。何を今更言っているのですか」

「俺は手伝っただけだよ。シノブ大尉のところの技官が暴走した結果だよ。建築途中で建家の全貌が見えた時にシノブ大尉が頭を抱えていたよ。もっともおやっさんは笑って許していたけれどもね」

「余計なことはいいです。行きますよ。今日は余計なことはしないでくださいね」とアプリコットが俺に釘を刺してきた。

 それをケート少尉とメリル少尉が不思議そうに見ていた。

 とても上官と副官の会話に見えないのだそうだ。

 俺はとにかく立派な扉をノックした。

 事前には伺うことを伝えており、アポは取れているのだから、在室しているはずだ。

「どうぞお入りください」とサクラ閣下の副官であるマーガレット中尉の声でノックに答えてきた。

「失礼します」と言って俺らは師団長室の中に入っていった。

「これは珍しいわね。あなたは本当にここに近寄らないのに、呼び出さないでここに来たのは初めてかしらね」

 のっけからサクラ閣下の皮肉が飛んできた。

 これは手ごわそうだな。

「ブル、私たちもそうだけれども、グラス中尉達も暇じゃないのよ。直ぐに要件に入りましょ。あなたたちもそこの応接に座って」と言って部屋にいたレイラ大佐が先を促してきた。

 確かに忙しそうだな。

 これで俺らの件で厄介な報告をしたら機嫌が悪くなりそうだなっと思っていると、アプリコットも同様に思っていたようで、俺に注意してきた。

「中尉、直ぐに移動して要件を伝え相談を始めましょう。閣下たちの貴重なお時間をあまりお取りしては申し訳ないですから」

 言外に『いいですね、絶対にめんどくさいことをしでかさないでくださいね。わかってますよね。お願いですから、今だけはおとなしくお行儀よくしていてくださいね』といった感情がひしひしと俺に伝わってきた。

 俺らはそろってレイラ大佐の指示に従い応接の椅子に腰をかけた。

「で、急な訪問だけれど、要件は何かしら」とレイラ大佐がいきなり聞いてきた。

 これは助かる。

腹の探り合いをしないで済んだ。

 で、俺が要件を切り出そうとしたら、貴方に任すととんでもないことになるとでもいいそうな勢いでアプリコットが今回の訪問の要件を切り出していった。

「はい、現在我が中隊はその編成作業を全力を持って行っており、おおよその形は決まりましたが、最終的なメンバーの振り分け作業がとても終わりそうになく、途中の経緯の報告と、編成作業の期限の延長のお願いにきました」

 するとサクラ閣下が、

「あなたたちは、明日の期限までには編成が終了できないという訳ね。理由とまず、おおよその形でしたっけ、それも教えてくれるかしら」と言ってきた。

「はい、まず中隊の編成ですが、1個小隊、4個分隊と中隊付きで中隊を構成することにしました。1個小隊はそのままケート少尉率いる陸戦小隊を当てますが、問題なのが4つの分隊の編成作業です。メリル少尉に連れてこられた200名の兵士ですが、全員がとてもジャングル内での作戦執行する技量に達していないことが今朝判明しました。グラス中尉が率いていた小隊の4人の分隊長に分けて配属させる予定ですが、彼女たちの技量や性格を見てみないと振り分けができそうにありません。ベテランの士官や下士官が同時に配属されてきたのならばもう少しやりようがありましたが、今の我々の力量ではこれしか中隊を編成できませんでした」

 レイラ大佐が今の説明を聞いて疑問を呈してきた。

「みんな同じような力量ならばそれこそ適当に振り分けでもしたら間に合うのではないの」

 流石にこの質問には俺から答えた。

「レイラ大佐の言われるように、その方法では中隊の編成の期限には間に合いますが……そうするとジャングルに出て行くとこができない分隊が4つ出来上がります。訓練をさせてもうまくいくかどうかわかりません。なにせ私の部隊の士官や下士官は私を含め新人が多く、経験の不足が否めません」

「小隊を率いていた時にはうまくいっていたではないですかね。あれほどの功績を出せる小隊なんてそうそうないわよ」とサクラ閣下がまた皮肉ってきた。

「それは、私のところにいる旧山猫分隊のみんながとても優秀だったからです。現在の分隊長のうち半分のふたりが旧山猫の出身ですが、残りの半分は今年士官学校を卒業したばかりの准尉です。彼女たちも優秀ではありますが、経験がなさすぎます。彼女たちに、ルーキーたちを率いてもらうには、技量も性格も扱いやすいのを割り振る必要があります。扱いにくいのは旧山猫さんたちに貧乏くじを引いてもらうことになっております。その見極めに時間がかかっております」と俺はできるだけ丁寧に説明をしたつもりだった。

 ここまで説明をしていたら副官のマーガレットが気づいてしまったようだ。

「グラス中尉。ちょっとお聞きしますが、いま4つの分隊にあの200名を分けるとおっしゃいましたよね。とするとですよ……1個分隊あたり50名にもなりますが、本当に50名の分隊を作るつもりなのですか。ちょっと非常識にも程があります」

「「え?」」

「あなた、50名の分隊を4つも作るつもりなの」

 あ~~あ、バレちゃった。

 どっちにしても編成表を提出したらバレることなのでしょうがないがちょっとめんどくさいな。

「はい、それしか今の私の隊では管理ができませんので。それとも花園連隊あたりからベテランの下士官や少尉の方を4~5名回していただけるのですか。それでなくともせっかく使えるまでに教育をしていた新兵たちも配置替えでいなくなってしまい、とてもじゃないですが今のままですとジャングルへの作戦進行は自殺行為になります。なので、鍛えるにしても効率的に行わないと本当に200名以上の使えない中隊が出来上がってしまいます」

「それは、私たちへの抗議なのかしら。でもいいわ。確かにそうよね。でも、新たな士官や下士官の配置替えはありません。どこも同じようなもので、ベテランが特に不足していますから。新卒の士官すら回せる状況じゃないので、あなた方の要望は理解したわ。そこまでわかった上でお聞きします。あの200名の実力はどれくらいなのかしら。先ほどちょっと聞いたけれどもう少し詳しく教えてくれないかしらね」

 するとアプリコットが本当に申し訳なさそうに説明を始めた。

 まず、まともに整列や行進ができない。

 それに、基地内の訓練施設で、初心者用に作った最初のステージを軽装ですらクリアするものがいないし、それどころか第一関門の壁を越えることができたのが200名中2人だけであったことを正直に伝えた。

 師団長室にいたサクラ閣下の幕僚が例外なく固まった。

 誰も口を開くことができなかったようだ。

 唯一レイラ大佐が苦しそうに『そこまで酷かったとはね~』と呻くように吐き出したのが強く印象に残った。

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