第151話 ケセラセラ

 俺とケート少尉は連れ立って、元『喫茶サリーのおうち』の中に入っていった。

 中には先ほど入っていったアプリコットとジーナがいるので、直ぐに組閣の作業に入れる。

「マーリンさんとジーナさん悪いけど、集まってくれ。早速、閣下の宿題を片付けよう」

「え、まだ、メーリカさんやメリル少尉が来ておりませんが」

「大丈夫だ。素案だけでも作って確認すればいい。どっちにしてもメーリカさんは細かいことは気にしないから、メリル少尉だけだが、彼女はうるさい方なの?」

「いえ、学生時代はとても頼りになる素敵な先輩でした。私たち後輩たちの憧れの存在でした」

「特に私たち女性は学内のサクラ閣下のような憧れの存在でした。みんな、先輩を手本としておりましたから」

「分かった、とりあえずたたき台を作ってしまい、彼女たちが戻ってきたら、内容を詰めていこう」

「分かりました。で、どこから始めます」

「う~~む、どうせ俺がいくら考えてもろくな案は出そうにない。ここは、とりあえずリラックスして……サリー、悪いけど人数分のお茶をお願いね。それと、自慢のビスケットも添えてだよ」

「は~~い、わかりました」

 ケート少尉は何事か分からなような顔をして成り行きを見守っていた。

 自分が帝都で思い描いたような人物像とかけ離れすぎて理解できていないようだ。

 これはいい傾向だ。

 誤解が解けるのも時間の問題だ。

 そんな俺の考えを見透かしたような目を向けてくるアプリコットとジーナではあるが、宿題の話を進めないといけないので、ジーナが口火を切った。

「中隊長。何かお考えがあるのでしょうか」

「考えはあるのだが、それしか思い浮かばないのだが、どうせ俺の考えは軍の常識からは外れているからな……ジーナたちは何か考えがあるかな?」

「………」

「いくら思案しようにも、隊を作る前提条件がそろいません。士官の数が少なすぎます」

「小隊長の資格を持つ少尉は、今現在で3名です。私とケート少尉、それに席を外されているメリル少尉だけで、准尉を含めましてもジーナを始め経験の少ない本年度卒業の3名に軍曹から昇進しましたメーリカ准尉を含め准尉は4名しかおりません」

「アプリコット、ちょっと待って。准尉では小隊長は務まりませんよ。海軍ではどうか知りませんが、陸軍では軍規でそのあたりの資格はきちんと制限されているので、無理矢理でも無理じゃないかな~」

「どうなんですか、ケート少尉。海軍だと小隊長の資格などの制限はありますか」

「いえ、そもそも、海軍では小隊編成をとっているのは限られておりますから資格などありません。小隊編成があるのは飛行隊か、我々陸戦隊くらいしか知りません。どちらも海軍においてはイレギュラー扱いですので、いちいち規定はされておりません。しかし、私が知る限り陸戦隊での小隊長は少尉もしくは中尉がその任につきます。むしろ少尉が小隊長に着く方が珍しいかもしれません」

「だそうですが、中尉、どうしますか」とアプリコットが俺に聞いてきた。

「ないもの、できないものはしょうがない。できることをするしかないじゃないですか。そもそも、マーリンさんは少尉にはなりましたが、小隊長には成れないのでしょう。俺の副官に固定されたままだと聞いているよ」

「はい、そのように私も聞いております」と弱々しい声で答えてきた。

「なので、小隊長に成れる少尉は二人しかいないんだよね」

「「は~~~」」

 とジーナとアプリコットが万策尽きたといった表情でため息をついてきた。

「それじゃ~、決まったよね。小隊長は二人にお願いするしかないよね」

「え!」

 今度はケート少尉がびっくりしたように声を挙げてきた。

 彼女も総勢230名以上の中隊をふたりの小隊長が見るのには流石に躊躇するのだろう。

 彼女は思わず俺に聞いてきた。

「グラス中尉。私に100名以上の小隊の面倒を見ろとおっしゃるのでしょうか」

 ジーナもアプリコットも俺に注目を始めた。

「いや、君にはそのまま陸戦隊の小隊長をやってもらいたいかな。でないと、まともに動けなくなる」

 すると今度はジーナが俺に聞いてきた。

「隊長。では、残りはどうするおつもりなのですか」

 アプリコットは途端にいやな顔をし始めた。

 流石に俺の性格を掴んできたのだろう。

 また無茶なことを言い始めるのだろうと覚悟をしたような顔を向けて俺に聞いてきた。

「中尉のお考えを聞かせてください。でないと、たたき台も作れませんから」

 かなり投げやりな声で聞いてくる。

 そんなに嫌ならアプリコットが案を出せばいいのにとは思ったが、彼女はとても優秀なのだが、軍の常識の範疇から中々抜け出せないでいるので、こんな無茶な要求には対処できないのだろう。

 もう少し頭を柔らかくして考えればいいのにとは思った。

 上が無茶苦茶なことを言ってきているのだから、当然その回答も無茶苦茶になってもしょうがないよね。

 ならばその条件でできることを考えよう。

「どうせ無茶なことは閣下もご存知だ。ならば、この条件下でできることを考えよう。まず、せっかく優秀な部隊があるのだから、この部隊を使いものにならないようにする愚は避けたいよね。なので、ケート少尉にはそのまま小隊を率いてもらい、我が中隊の主力戦闘部隊として位置づけます。となると残りをどうするかという問題が残ります。正直いらないのだけれど、そうもいかないようなので、鍛えていくしかないのだけれど、その面倒は残ってしまったメリル少尉に貧乏くじを引いてもらいます。山猫の皆さんは俺の直属として使いたいのだけれど、みんな偉くなってしまいそんな贅沢は言えないから、ここは少々無理をして、200名からなる新兵たちを4つの分隊に分け、あとは以前やったように4人の分隊長に面倒を見てもらいましょう」

「え、え、そうなると分隊1つあたり50名以上になりますよ。そんなこと聞いたことがありません」

「俺だって、60名以上の小隊長を無理やりやらされたんだし、やればできるよ。基本的にはほとんど教育のようなものだし、戦闘はできる限りやるつもりもないしね。それとも、帝国の規則に分隊の人数の制限でもあるのかな~。陸軍にあっても、ここでは従う必要はないはずだけれど、陸軍の規則に分隊人数の制限でもあったっけ?」

 ジーナが手元に有る軍規の乗ったハンドブックを確認し始めた。

 直ぐに、「軍規には人数の記載はありませんでした。隊の編成はほとんどが慣習によるもので、その多くが帝都の軍令部か人事関連の機関から編成されますから、軍規違反にはならないようです」

 すると、ケート少尉も、「そもそも、我々が所属するこの組織は、軍令部からも独立していると聞かされておりますから、多分ですが、規則そのものは存在しないと思います。この程度ならばどうとでもなるかとも思いますが、そもそも機能しますかね」

「機能しなくとも命令はされるのだから、どうにかするしかないでしょ。もう、ここに集まったみんなは一蓮托生なのだから、全員で苦労はしますよ。当面は200名をひとつの小隊として訓練を通して個々人の資質を見極め、従順で優秀なものからジーナたちの同期のふたりに預け、跳ね返りや能力的に厳しそうなのは山猫の皆さんに鍛えてもらいましょう。

 あとでメーリカさんが来たらお願いしますが、前の小隊を60から200に大きくしただけのように考えてください。みんなも前の新兵で慣れただろうから人数が増えても対応はできるよ。なので、メリル少尉には頑張ってもらいましょう。中隊の司令部機能は以前と変わらずにメーリカさんだけはメリル少尉の下についてひよこちゃんたちの面倒を見てもらいましょう。文句を言われそうだけれど、それしか俺には思いつかないから。こんなのでどうでしょうか」

「「は~~~~」」

「それしかないかもしれませんね。私もできる限り手伝う方向で、先輩を説得してみましょう」

 アプリコットは諦めたように俺の案に賛成してくれたようだった。

「私は無理ですからね、私がメーリカさんの説得なんてできませんよ。隊長の案しかないのは分かりましたが、山猫さんたちが快く応じてくれたらの話ですよね。私は説得なんかできませんから、隊長が言いだしっぺなので、隊長の責任においてメーリカさんの説得をお願いしますよ」

 どうやらジーナも賛成のようだった。

 なので、あのふたりが戻ってきたら、もう一度話をつけることでとなって一旦打ち合わせを終えた。

 お茶があるので、全員がその場にはとどまっていたが、前途多難を気にしてか全員の顔色は悪い。

 なるようにしかならないのだから腹をくくるしかないのに。

 みんな、ケセラセラだよといっても通じるのかな……

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