第140話 二等外交官アンリ・ゴット
俺らは、会見した部屋から連れ出され、すぐ隣にある控え室で休ませてもらった。
昨日から色々と世話を焼いてくれている皇太子府の職員が俺らをこの部屋に案内してくれた。
「男爵、お疲れ様でした。これで、帝都での男爵の公的な行事は全て終了です。お昼に近い時間ですが、いかがなさいますか。しばらくお待ちいただければこちらでも昼食を用意できますが、もっとも立食のバイキング形式となります。それとも帝都あたりまで外出なされますか」
「いや、足もないし、疲れたので、昼食をご馳走になります。ご用意をお願いできますか」
「分かりました。用意が出来次第ご案内させていただきます。それまでこちらの部屋でおくつろぎ下さい。簡単な食べ物や、飲み物などをあちらに用意してありますので、お好きなだけ召し上がって頂けます。なお、この部屋は本日こちらにいらしたお客様に終日開放しております。特に御用が無いようでしたら、出発までこの部屋でおくつろぎいただいた方がよろしいかと。お時間がきましたら、私どもの方で空港までご案内いたします。本日夕方6時にすぐそばの空港から旧第27場外発着場へ出発します輸送機に二席のご予約をいれてありますので、そちらでお帰り頂く格好になっております」
「ありがとう、そうさせてもらうつもりだ。アプリコットは大丈夫か、帝都は久しぶりだろ。俺と離れて、出発まで帝都で遊んできてもいいぞ。尤もあまり時間はなさそうだが」
「いえ、私は中尉の傍に居ります。ご配慮ありがとうございます。しかし、ここ皇太子府には各部門から多数の高官が来ておりますから、中尉を一人にしておく訳にはいきません。何かあったら、レイラ中佐の尋問だけでは済みそうにありませんから、基地まで傍に付いております」
ヤレヤレ、よほどあの時の事が堪えているのだろう。
本当にレイラ中佐もいくら仕事とは言え、余計なことしてくれたものだな。
ま~いいか、ではここで出発までゆっくりしていることにしよう。
そんな楽しくもない会話をアプリコットとしていると、皇太子府のメイドが一人近くまで来て、昼食の準備が整ったとかで、会場まで案内してくれた。
ここもかなり広々としたダイニングルームで、ホテルのバイキングを思い出すような豪勢な料理が中央に美味しそうに集められていた。
部屋の隅には立ちテーブルがかなり有り、立食でのバイキングの形式を取っていた。
正直ホテルのバイキングの経験は前の現代社会ではあったが、立食でのバイキングは初めてだ。
俺たちは一番乗りのようだったが、用意された会場から想像するにかなりの人間のために用意されていたようだ。
まさかとは思ったが、まさか殿下と立食での昼食などありえないよな~~。
少なくとも今は誰もいないので、他の人が来る前に、食事を終えてここから逃げ出すのがベストだと思った。
世の中はそんなに甘くはなかったのだよ。
先ほどの会見した部屋に詰めていたお歴々は連れ立って、この部屋に入ってきた。
とても懐かしいとはいかないが海軍の見知った顔がこちらに近づいてきた。
「や~~、その節は世話になったな。とりあえず、叙勲と叙爵のことは、おめでとう。これからも、どんどん活躍するのを期待しているぞ」
「ハイ、ご無沙汰までは行きませんが、海軍基地以来ですね、鎮守府長官オーザック中将閣下。お褒めに頂き、ありがとうございます。我が身に過ぎた評価を各方面から頂き、今は唯唯恐縮するばかりです」
「そんなに畏まるな。これからは一緒に仕事をしていく仲間なのだから。これからも色々と我々の基地の連中を指導してくれ」
「そのようなことおっしゃられても、困ります、ゴードン准将閣下。そんなことより、鎮守府からお二人同時にこちらに来られるのなんて珍しいのでは」
「ハハハ、そうだな。初めてかもしれないな。一応最前線の鎮守府を任されているのだからな。でも大丈夫だ。抜かりなく手は打ってある」
「心配は無いのですよ、男爵」
「お久しぶりです。マーゴット中佐。男爵はよしてください。ただの兵士なのですよ、私は」
「それはないでしょうが、お嫌ならば前のように階級で呼ばせて頂きます。中尉、先ほど心配ないと申したのは、今回首脳陣を集める都合上、海軍もかなり配慮をしており、今鎮守府に連合艦隊第7戦隊が寄港しております。少々のことならば第7戦隊が対処しますので、私ども海軍関係者は全く心配をしておりません。最も長く基地を留守にするわけにはいきませんが、1週間程度までは心配ないかと」
「随分気合を入れて人を集めたようですが、一体何なのですか、この集まりは?まさか私の叙勲だけの訳はありませんよね。私には全く理解ができないのですが……」
「中尉が理解できないのは、驚きです。作戦大綱の骨子は中尉がお考えだと聞いておりましたが」
「正に、あの作戦大綱の骨子は中尉の提案そのままだぞ。その案で、今回の陸海軍合同の軍団ができたのだぞ。初めてのことなので、首脳陣を一挙に集め、考え方を統一するのが目的で集まった。軍団発足の機会でもなければ、なかなかこれほどのメンバーを一時には集められないからな」
「オイオイ、発案者の君がそんなことを言っているようだと、ちょっと心もとないぞ」
「「「え…、殿下」」」
俺が急いで食事を取ろうしていた所に、以前にお世話になった鎮守府のお偉いさんたちに捕まり、世間話をしていた席に、殿下がふらっと現れた。
流石に鎮守府のお偉いさんでも驚いた様子なのだが、全くと言って良いくらいのド庶民である俺は固まった。
『ギギギギギ…』と油の切れた機械のような音が聞こえるような仕草で、俺は助けを求めて隣にいるはずのアプリコットを見たが……
あ、ダメだ。
口から魂が抜け出ている
いや、違うか。
でも驚きで、こちらも完全に固まった。
「オイオイ、そんなに畏まるな。先程も申したが、そんなに畏まられたのでは、仕事にならないぞ。私はこれから一緒に仕事をしてく仲間なのだぞ。この軍団の責任者は私なのだぞ。上官に接する気持ちでおれば良い」
流石に驚いてはいたようだが、慣れている将官たちは直ぐに殿下に声をかけた。
「そうでした。殿下はこの軍団長も務められておりましたな。しかし、急に現れるのはお人が悪い。慣れている我々でも驚きますのに、慣れない若いモンにはいささか気の毒ですぞ」
「そう言うな。私は、そこの英雄に用があって参ったのだ。前触れもなく現れていても、ここ皇太子府では結構当たり前なのだがな。まあ、慣れない者はしょうがないな、許せ。おお、そうだ。後ろで、怖い顔をしてせっつく奴がおるので、先に用を済ませよう。中尉に紹介したい者がいるので連れてきたのだ。紹介させてもらっても良いか」
「失礼しました、殿下。私は、あいにく上流と呼ばれる社会に全く縁のない生活を送っておりましたので、あまりに高貴な方との接触にはどう対処して良いか分からず、とんだ粗相をいたしました。ご紹介していただける御仁とは、殿下の後ろに控えている、とても魅力的なご婦人のことでしょうか」
「お~~、そうだ。外交執行部に所属している2等外交官の『アンリ ゴット』と言ってな、私の親戚筋にあたる。彼女の父は、統合作戦本部の本部長で、陛下の叔父にあたるゴット公爵の嫡男で、彼女はその息女というわけだ。家柄だけで2等外交官になったわけじゃないぞ。むしろ家柄を隠して仕事をしていて、実力だけで2等外交官への昇進を果たした才媛だ。しかし、つい最近に素性がバレたので、帝都の外交執行部では少々居づらくなってな、今度中尉と同行してもらう外交官に抜擢したわけだ。そこのアプリコット少尉とは学生時代に面識があるそうじゃ。尤も彼女が士官学校へ入る前なので、少々昔のことになるけどな。自分で挨拶をしなさい」
「ハイ殿下。中尉殿、お初にお目にかかります。私はアンリ ゴットと申します。2等外交官を拝命しており、今日から、中尉と同行させて頂くことになりました。移動中にでも詳しく自己紹介はさせて頂きますが、とりあえずこの場にて、ご挨拶をさせていただきます」
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