第141話 アンリさんとのおしゃべり

 殿下はアンリ外交官を紹介して、二、三話したらすぐにこの場を離れた。

 殿下が俺から離れたのをきっかけとしたか、海軍の将官たちも離れて別の人の集まりに向かった。

 殿下や将官ともなるとおちおち食事も取れないくらい忙しそうだ。

 で、俺の周りには、ゆっくり食事のとれる連中だけとはいかなかった。

 2等外交官が先程の宣言通り、俺のそばから離れない。

 どうやら、あの瞬間から行動をともにするつもりだったようだ。

「アンリ外交官殿、お食事はどうなさるのですか?」

「中尉、とても大切なお願いがあります。お聞きくださいますか?」

「は?大切と聞かされれば聞かないわけにはいきますまい。どのようなお願いでしょうか?私にできる範囲のものならば、いかようにもいたします」

「中尉、そのお言葉をしっかり聞きましたよ。で、お願いというのはすごく簡単なことなのです。先程のように私に話すときには敬語で話すのは、やめてください。所属する組織こそ違いますが、これからは、私は中尉の指揮下に入ります」

「え?マーリンさん、そうなの?」

「ちょっと、中尉。一応この場も公式の場所になります。序列に関わることなので、言葉使いに気をつけてください。で、聞いてなかったのですか?先の特命では、そのように解釈されるのが普通ですね。なので、上の方ではそのようなつもりなのでしょう。でないと、中尉での中隊長の任命はありえませんから。そうですわよね、アンリさん」

「流石に、よく細かいところまで気が付きますわよね、マーリンさん。お久しぶりです。あなたが、士官学校へ入学して以来かしら、お会いするのは。で、何なの、今の会話は……あなた方は、どういった関係ですの…ウフフフ」

 何を勘違いしたのか、アンリ外交官はいつもの俺達の会話を聞いて下手な勘ぐりを入れてきた。

 すると、人生経験の不足がちなアプリコットは顔を真赤にして、ムキになって誤解を解こうとアンリに食って掛かっていた。

 その態度では、恥ずかしさでごまかしているようにしか見えないのに。

 経験が豊富??な山猫さんたちあたりだと、適当にあしらって終わりなのだが、こういった姿を見るにつけ本当にかわいいなと思ってしまう。

 そろそろ助けるか、でないと今日も使い物にならなくなってしまう。

「アンリ外交官殿、私達の関係は上司と部下の関係だけですよ。ただ、私があまりにも軍の常識に乏しく、常に私の行動をチェックしてもらっております。私が今の職務を無事こなしていけるのは、彼女たちあってのことですから、彼女は私にとって大切な副官であります。なので、彼女をからかうのはそのへんで勘弁してください」

「あ~~、中尉、私のお願いをお聞き下さらないのですか。部下のように扱ってくださいとお願いをしておりますに」

「しかし……私の部下たちは、みな、その上品ではありませんよ。なので、部下のような扱いは帝室に連なる方には、その……ふさわしくないかと……」

「それでもですわ。それで結構です。ひょっとして、部下の方全員に、マーリンさんとのような話し方をなさってますの」

「その質問には、概ね肯定します。むしろ、私は彼女たちからちょくちょく怒られておりますから、その……知らない方から見ますと、非常にまずいかと……とよくアプリコットやジーナたちから小言を言われております。なので、あなたを同じように扱うと、私が各方面からお叱りを受けます」

「それでもですわ。部下の方にもそのように接しておられるのならば、私も同じようにお願いします。お約束ですわよ、中尉」

「できる限り、アンリさん……で、よろしいのでしょうか、そうします」

「ほら、言っているそばから敬語!を使ってます。それで構いませんが、アンリと呼び捨てでも構いません。お願いしますね、中尉」

 ヤレヤレ、とんだことになったな~。

 これで、俺の知らない海軍さんとも一緒になるのだろ。

 どうするね、海軍さんあたりもお客さん扱いしたら怒るだろうな……そもそも俺、軍人さんの扱いを知らないぞ……どうするね。

 アプリコットも落ち着き、無事話をそらすことに成功したようで、昔話に花を咲かせていた。

 すると、先程サクラ閣下も昼食のために部屋に入ってきて、俺らを見つけ、こちらに近づいてくる。

「こんにちは、中尉。それとも、こちらでは男爵とお呼びしたほうがよろしいかしら」

 いきなりすごい皮肉から入ってきたぞ、この人は。

 流石にそれはないだろう。

 俺はあなたの部下だぞ。

 あなたの命令を黙ってやっていたからこんなことになったのだぞ。

 勘弁してくれ。

 勘弁してほしいのは、サクラを始めあの基地の首脳陣だろうが、グラスは全く理解していない。

 むしろ彼は、司令部が出すブラックな命令に少しは手加減してくれと思っているくらいなのだが、本当にこれほどまでに両者の認識に違いが出るのも珍しい。

 唯一かろうじて彼のことを理解できるのがサカキ中佐だけであるが、彼はむしろ軍人としては異端に類する人間で、技術者として広く帝国全土から尊敬を集めているので、彼の本質が表面化しないだけなのだ。

 なので、あのブラックな職場で選りすぐられたサラリーマン根性には、サクラたちには、理解が及ばないだろう。

 いや、サクラたちだけに限らず、陸軍という人間臭い組織に所属する人たちにとっては、宇宙人と接しているようなものかもしれない。

 端から見ていると、完全にコメディーなのだが、演じている二人にとっては真剣なのだ。

 少しでも二人の関係良い方向になっていけば良いのだが、こればかりは……ね~。

 で、二人の会話がどうなっているかと言うと……

「イエ、中尉で結構です、サクラ閣下。それよりも、帝国史上最年少での閣下への昇進、おめでとうございます」

 すると、今まで楽しそうに昔の知り合いであるアンリと話していたアプリコットも、「閣下、昇進おめでとうございます」と昇進のお祝いを口にした。

「いえ、それよりも、あなたの叙勲と叙爵はすごいことなのよ。おめでとう。それよりも、そこの御婦人はお知り合いなの、紹介くださるかしら」

「あ、ハイ。こちらに居りますのは、先の特命にて、同行を命じられました、二等外交官のアンリさんです」

「アンリ二等外交官です。本日よりグラス中尉と行動をともにすることになりました。よろしくおねがいします」

「アンリさん……ひょっとしてあなたゴット公爵のお孫さんではありませんか」

「やはり、サクラ閣下には分かりますか。はい、ゴット公爵は私の祖父に当たります。しかし、本日よりグラス中隊と行動をともにする私には、関係はありません。他の外交官と同列に扱ってください。よろしくおねがいします」

「その件は、了解しました。どちらにしても、ゴンドワナ大陸では特別に扱う余裕などありませんから、覚悟しておいてくださいね。それにしても、分からなかったわ。以前にお会いしてからどれくらい経ちましたかしらね」

「陛下主催の園遊会で閣下に紹介されたのが、私が十歳の時ですから、あれから八年は経ちました」

「そうですね、あのときは可愛らしい少女でしたものね。今ではすっかりきれいなレディーになられたわ。分からないはずよね。でも、あなたは、よりにもよって彼に同行するのがね~」

 さも意味ありげにため息混じりで言うのはやめてください。

 私の方がため息を吐きたいのですからね。

 どうせ、また無理難題の嵐なのでしょ。

 彼女は持つかな…彼女を壊した日には、それ、ジーナの時の比じゃないだろうな。

 なので、無理だけは言わんといて下さいね、頼みますからね。 

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