第137話 愚痴
会食は立食形式で行われており、人は当然話題の中心に近い人物に集まる。
で、今この会場で一番ホットな話題と言えば帝国史上最年少の閣下の誕生と、新たに出現した帝国の救国の英雄であるグラス中尉の二つでもちきりだった。
なので、会場ではサクラの元にも多くの人が集まってくる。
まずは本人に昇進の祝意を伝え色々と話を膨らませてくる。
サクラは、以前から史上最年少の将軍への昇進が取りざたされており、すでに覚悟もできていたので、集まってくる人たちに向かっての会話でも余裕すら感じさせる会話を続けている。
時折混ぜるウイットに富んだジョークを混ぜながら、周りに笑いすら提供する余裕ぶりだが、ひとたび話題が部下のグラス中尉に及ぶと、その笑顔が少しこわばる。
彼女自身も気づいていることなのだが、彼について話題が及ぶと途端に余裕がなくなる。
彼女は帝都で近衛の連隊を率いていた経験からこういったパーティーにはさんざん参加させられ、場数を踏んでおり、少々の事には馬脚を現さない訓練を積んでいる。
なので、余裕がなくなったからと言って取り乱すような失態は演じてはいないが、見る人から見れば明らかに変化していることが分かるのだ。
それでも、良く健闘をしていると評価できる対応をしているのは流石だと言える。
当然話題が話題なので、人はレイラ中佐やサカキ中佐の周りにも集まる。
彼らへの話題は当然だが同僚であるグラス中尉に偏っていく。
レイラ中佐もサカキ中佐も聞かれたことには真摯に答えているのだが、あいにく彼グラス中尉の行動が軍人の範疇をちょくちょく超えるので、彼の行動原理を完全には把握しておらず、問われる質問に対して半分も満足には答えられてはいなかった。
「も~~、なんであいつの質問ばかり私が答えなければならないのよ。私だって知りたかったけれど、全然わからないのだから答えようもないじゃないのよ~~」と周りに人が少なくなった時にレイラ中佐は、横にいたサカキ中佐に愚痴をこぼした。
すると、流石に人生経験の豊富なサカキ中佐である。
いやな顔を一つせずにレイラ中佐に答えていた。
「あのあんちゃんのやることは至極単純なものかもしれないな。とにかく、目的の達成のためには手段を選ばないで、その時に最良と思われる事を何の躊躇もせずに行えるのがあのあんちゃんの強みかもしれないな」
「へ? どういう事ですか?」
「なに、あのあんちゃんは何も考えていないのさ。
最初の基地の建設だって、あとで聞いたら何と言ったかと思うかね」
「なにを答えたのですか?」
「『俺自身はともかくうら若き女性隊員がいつまでも野宿は可哀そうだ。それに、何日も風呂に入れないのも我慢ができなくなってきたから、ない物は作るしかない。』と言って、あのレンガ造りの『喫茶サリーのお家』をこさえ、それでも足りないので、ログハウスとあやつらが呼んでいる営舎を作っていったのだと。それを聞いた時には呆れたよ」
「当たり前です。最初から作れるようならばあんなに苦労はしていませんよ。何ですか……『ないなら作れば良い』って、作れるもんなら作っていましたよ」
「そう、俺らでは作れなかった。ジャングルのそこら中に生えている木を使った営舎など作りようもなかった。だいたい、そんなものがあることすら知らなかったのだからな。だから、作り始めたらあっという間に基地全体が賄えるくらいの営舎が完成したのだ。それは、あいつに軍の常識が無かったからだ。軍での営舎建設は、工兵隊などが、補給で回される資材を使って建設するか、そこにある建物を接収するしか考えないのだからな。自分たちで材料からどうにかしようなどと考えなかったからな」
「う~~む、そう言われればそうですね。その件に関しては軍全体で反省する必要があるのかも知れませんね」
「海軍からの感謝状の件もそうだ」
「そう、それそれ。その件を知りたかったのですよ。それが簡単に判れば彼女たちを尋問する必要などなかったのですから」
「確かにあの尋問はやりすぎだったな」
「それは過ぎたことです。もう勘弁してくださいよ。で、サカキ中佐はあの件について何かご存じで?」
「あの件は、あのままだよ。さっきも言ったように、あのあんちゃんは手段を択ばない。自分にできる事なら何でもやる性格だ。あの時の件についてあいつらと一緒に行動をしていたうちの若い衆に聞いてみたんだよ。奴はしきりにあんちゃんに感心していたよ」
「え、どういうことなのですか?」
「あの時にあの部隊には、命令を達成させるためにはどうしてもウインチが必要だったそうだ。小さな町で探したそうだが、ゴンドワナの中の小さな町だ。当然手に入らなかった。何軒か聞いて回ってもなかったのだそうだが、そのうちの一軒の店主が町にある鎮守府ならば、そういった工具は沢山あるのだがと言ったそうだ。あんちゃんは、周りが止めるのにもかかわらず、アポなし、紹介なしでも鎮守府に乗り込んで直接交渉を始めたそうだ。あの、帝都では陸軍と海軍がいつぶつかっても解らない状況の中でだ」
「あ~、確かのあの時は海軍さんとの関係は最悪でしたね」
「あの時の鎮守府でも、かなり深刻な問題を抱えていたのだが……そんな中でもきちんと対応してくれた海軍さんも流石だがね」
「深刻な問題?何ですか?」
「例の主要補給港破壊の件だ。鎮守府にいる急進の連中が焦って、基地にある資材やら工具やらをできるだけの兵士を連れて修理に向かったそうだ。あきれてものも云えない。あいつらの持ち込める資材でどうにかなるくらいならば使用不能にはならん。そんなことも解らない連中だが、問題は残された基地の方さ。資材も、工具も、人員すら足らない状況で、自分たち鎮守府の積み出しにも支障が出てくる始末で、その時の基地のモチベーションは最悪だったそうだ。あとで、海軍にいる知人がこぼしていたよ」
「それで、その基地に彼らが乗り込んで、なんで彼らは感謝されなければならなかったのですか?」
「それがさ、あのあんちゃんの手段を選ばない行動さ。基地にも自分たちでも必要な物すらないのによそ様に貸せるものなど無いっと当然断れるよな」
「はい、そのような状況ならばたとえ親友でも断らざるを得なかったでしょうね。ましてや、敵対寸前の陸軍ともなれば当然の行動ですね」
「でな、あとで、若いのに聞いたところ、あのあんちゃん、粗大ごみなどを集めているごみ収集場に目を付けたのさ。あの鎮守府はこの辺りでは唯一の廃船を解体する設備を持っており、廃船の解体を行っているのだが、人員も工具もない状況でお休み状態の場所に行って、廃船から自分たちが必要なウインチを作るための部品を解体しながら集め、ウインチを複数作ったそうだ。で、自分たちが必要な分を一台借り受け、もう一台を海軍さんに寄付したそうだ」
「え、そんなことをしていたのですか。私が問い合わせたときにはそんなことを聞きませんでしたが」
「そりゃ~そうだ。解体場所は危険が一杯だ。必要な技能が無い者をそんな場所には連れて行かないよ。俺が鍛えた若いもんだから一緒に解体から物作りまであんちゃんと一緒にやっていたのだよ。なので、あの若いアプリコット准尉たちは知らなくて当然だ」
「私、彼女たちに悪いことをしたみたいですね」
「ま~、済んだことだ。それよりも、その時の海軍が何を喜んだかと言うと、あのあんちゃんが言うところの『創意工夫』と言うやつだ。自分たちで出来ることを見つけて工夫すれば、やれることはたくさんある筈だ……と言う事だそうだ。現にその後の基地は見違えるように士気も上がって、今まで停滞気味だった仕事も少ない人員で回せるようになっていったそうだ。それじゃ~、基地にいる海軍さん全員があんちゃんに感謝もするだろうね」
「それもそうですね……」
「どちらにしても、あのあんちゃんは、仕事を与えられれば手段を選ばない。なまじ軍の習慣もないのだから、この後、どんなことをしてくれるか楽しみだな。案外、敵さんすら使うかもしれないな」
「よしてください。何をしでかすか心配でたまったのもじゃありませんよ。それに、軍の常識は無くとも少なくとも帝国人民としての常識くらいは持ち合わせているはずのだから、そんなことはあり得ませんよ」と、レイラ中佐が否定はしてみたものの、レイラ中佐も、サカキ中佐もあのあんちゃんならばやりかねないと思ってしまった。
この後、それが、彼らが思っている以上の混乱を巻き起こす事実になるとも知らずに……
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