第136話 殿下の企て

 殿下率いる皇太子府に新たな軍団が発足した。

 軍団の首脳陣だけを集めた軍団発足式が、ここ皇太子府の広間にて行われている。

 今まで殿下たち有志が集まって秘密裏に「ある活動」を行っていた。

 しかし、ここ最近の情勢の変化で帝国の政治を牛耳ってきた急進攻勢派が、その勢力を急速に落としていったために、この「ある活動」は公に出ることができるようになった。

 その理由は、急進攻勢派が進めていた作戦大綱はとっくに破綻しており、先日殿下に近しい人たちが中心になって策定した新たな作戦大綱が正式に帝国の方針となった為である。

 この新たな作戦大綱の発布により、今まで周囲に対してコソコソと密かに活動をしていた殿下の企みは正式に帝国の方針に組み込まれることになった。

 それにより発足したのが、今集めている人たちによる軍団である。

 正式な名称は『勅任特別軍団』となり、皇太子府直属で、国軍には所属していない。

 また、帝室直属の軍隊を配下に置いている近衛侍従隊とも独立する殿下直属の軍団である。

 軍団としては非常に規模が小さいが、昨今の帝国の置かれている状況ではやむを得ない事でもある。

 その代わりと言っては何だが、およそ考えられる限りにおいて最高の人材を集めたともいえる。

 その中心となるのが、新たに少将に昇進したサクラ閣下率いる師団を中心に陸上戦力としては、これに海軍の精鋭である第一陸戦大隊がサクラ少将の配下に置かれる。

 また、海上や上空に関しては海軍のゴンドワナ鎮守府がその任に当たり、今までサクラの生命線ともいえる第27場外発着場が規模を拡大させゴンドワナジャングル飛行場に格上げされる予定だ。

 格上げと同時に海軍帝都防衛隊から第一飛行軍団がその半分の勢力をこちらに配属されることになっている。

 この飛行戦力だけ見ても少数ながら層々たる布陣である。

新たにできた軍団の首脳陣を集めて殿下がお言葉を述べている。

 今までが、隠れての活動のために、特に帝都の急進攻勢派には知られるわけにはいかない活動だったために、その活動はごくごく少数の者にしか知られることはなかった。

 今集まった殿下のシンパともいえる人たちも、そのほとんどが殿下の活動そのものを知らされていなかった。

 そのとばっちりを一番に受けていたのがサクラ少将その人であった。

 今までの活動のほとんどを受け持っていた彼女ではあったが、まったくその全貌は知らされていなかったので、計画が前倒しに進んでいる状況では、次々に無理難題が降りかかってくるようなものだった。

 それも、まったくと言って良いくらいに他からの手助けのない孤軍奮闘状態での活動だったのだ。

 殿下も、彼女が孤軍奮闘している状況は理解していたつもりだったが、彼女をジャングルに送ってから1か月くらいにその実態を知らされた。

 その時の旅団の状況はまさに破綻する寸前で、破綻の秒読みを始めているようなものだったのだ。

 その時の殿下は自分の企てが最初から全て活動が無に帰すことを覚悟したそうだった。

 数少ない企ての全貌を知る人間を集めて善後策の検討を、それこそ連日徹夜で行ってみたが、まったくと言って良いくらいにその糸口すら見つからなかった。

 新たに計画を立て直そうにも人材、資金、などの手当てもつかず、集まったメンバー全員が絶望に打ちひしがれていた。

 その時の殿下が感じたことは、帝国の崩壊が目に浮かび、それこそ悪魔を引き連れて足元までやってきているようだったと後に回想しておられた。

 企てのメンバーが活動を諦めかけていた時に1通の通信をジャングル方面軍の司令部内に潜ませている殿下のシンパよりもたらされた。

 最初に通信を受け取った侍従は、サクラ旅団の崩壊で、サクラ閣下が引き上げを始めたのかと思ったそうだ。

 その通信を持って殿下の前に報告に行くと、殿下はさほど驚かれた様子も見せずに通信文を自ら暗号解読を行って解読を始めた。

 すぐに殿下は企てに参加しているメンバーを私室に集め嬉しそうにもたらされた通信文の内容を伝えてくれた。

 その内容は、実に簡潔に「サクラ旅団、急速にその陣容を充足させている。新たに司令部の建設も始めた。崩壊の危機は、まぬがれた」とだけあった。

 それを聞いたメンバー全員がその場で大声を上げて喜び合った。

 今まで停滞していた……いや、活動を止めていた皇太子府がにわかに動き出した。

 まず、詳細をすべて知りうるサクラ閣下の腹心でもあるレイラ中佐に状況の確認を行い、その時に初めてグラス少尉について報告を得た。

 報告を得たのだがその内容は要領を得るものではなかった。

 確かに旅団の崩壊を防いだのは、着任と同時に捕虜の確保を行うという偉業をなしたグラス少尉と言うのは分かったのだが、彼は20年ぶりに半ば無理やりに実施された『戦時特別任用』で徴兵された人間で、それもその『戦時特別任用』を無理やり行ったのが急進攻勢派の重鎮であるトラピスト伯爵であることも解っていたのだから、レイラ中佐は十分に彼の動向については調べているはずであるのだが、それでもその報告からは要領を得る事は無かった。

 当然彼の軍への入隊を考えれば急進攻勢派のスパイと疑われてもしょうがなかったのだが、その後の上がってくる報告からはスパイとするにももう少しまともな人間を充てるだろうというのが彼を知るほとんどすべての人間の証言であった。

 レイラ中佐からもたらされたグラス少尉の報告で、一時皇太子府は大混乱に陥った。

 すぐに副侍従長であり、皇太子府の侍従頭でもあるフェルマンが配下の観察部の秘密裏に調査を行う部署を動かし、詳細にグラス少尉の任官に至る経緯を調べさせた。

 上がってきた報告は驚くべきことで、帝国の公的機関を私的に流用するトラピスト伯爵とその一派の行動が読み取れた。

 また、彼の軍における教育段階での評価すら詳細に報告を受けた。

 それらの報告から殿下の出した結論は、彼はスパイなどではなく、急進攻勢派にとってはただの死刑囚であると言う事と、我々の計画はその死刑囚たる彼によって救われたのだと言う事だった。

 殿下の結論を受けて皇太子府はすぐに平静を取り戻し、遅れていた計画の推進に当たろうかと、直ぐに動いた。 

 その後にジャングルのサクラ旅団からもたらされる報告から、遅れていた計画どころか、殿下たちの予想をはるかに超える速度で、計画が前倒しに進んでいるのだと言う事に気づかされるのに、さほど時間は掛からなかった。

 そして、その最大の功労者があのグラス少尉の率いる部隊だと言う事もすぐに伝わった。

 で、あの叙勲騒ぎに繋がっていくのだが、新たな旅団の首脳陣を前に殿下は、「帝国の英雄であるサクラ閣下の部下で、新たな救国の英雄となるグラス中尉に、彼の功労を報いて叙勲がなされたことを祝う」と挨拶を結ばれた。

 サクラはともかくその場にいたレイラやサカキなどは彼を直接知る立場にあって非常に複雑な気持ちになっていたのだった。

 その後、殿下を交えて、その場に集まった首脳陣と殿下の企てに最初から加わっていた帝都内の有力者との会食会となった。

 会食会での話題の中心はサクラ閣下で、帝国史上最年少での閣下昇進の話題があちこちから出ていたが、サクラたち周辺では、その話題よりも帝国でちょっとした有名人であるグラス中尉について、あちこちから質問攻めになっていた。

 サクラは、『ここまで来て、また、あいつのせいでなんで私が苦労をしなければならないのよ~~~』っと心の中で大声で叫んでいたのだった。

 サクラ閣下も大人なので、口には出さなかったのだが…… 

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