第133話 勲一等叙勲理由 その1

 俺は、完全に使い物にならないアプリコットを連れて、皇太子府の職員に案内され人事院の貴族人事局に向かった。

 途中で皇太子府の職員に先ほどの鳳凰の間での不始末の原因である叙勲の意味、特に勲3等より上の勲章について詳しく教わった。

 聞けば聞くほど、何故??と言う疑問が俺の頭から離れない。

 何故俺が叙勲されなければならないのか?

 それも、騒ぎの出る勲3等以上で、と言うより、ほとんど歴史的な事柄になってしまうくらいのインパクトのある勲1等の叙勲だと…ありえないだろう。

 そもそも俺が正式に軍に入れられてからまだ1年もたっていないのだぞ。

 それ以前はしがない技術屋で勲章とは絶対に縁のない世界だ。

 なれば、叙勲の理由はやはり軍にあると考えるのが妥当だ。

 そうなるとわずか半年ばかりの間での出来事で俺が歴史の教科書にも載るくらいの偉業をなしたことになるが………記憶にない。

 あるのはサクラ閣下からの無理難題を唯々文句も言わずにこなしていただけのこれぞ社畜の鑑…違ったこの場合には軍畜の鏡と言う働きだ。

 しかし、軍畜の鑑と言われる人間はそれこそ腐るほどいる。

 俺が叙勲の対象者ならば、あの基地にいる全員が叙勲の対象者になってしまう。

 サクラ閣下など最たるものだ。

 俺ではあの働きはまねできない。

 なぜか俺にだけきつく当たられるのが気にはなるが、それでも、あの働きを傍で見せられれば、よほど肝の座った怠け者以外には、全員軍畜となってしまうだろう。

 解らない。

 大抵このような場合に相談できる超完璧人間のアプリコットは多分今日一杯は使い物にならない。

 明日には戻ってきてね…でないと俺が困るから。

 なので、今日は彼女の保護の意味も兼ねて俺の傍に置いている。

 今日は先ほどの混乱で、サクラ閣下をはじめ副官連中全員が当分使い物になりそうにない。

 それに、組織の大幅な変更と作戦大綱って言ったっけ……あれの変更もあるようなのだから、ジャングルの基地も多分また大事になるのだろう。

 大丈夫かな、うちの司令部の連中、過労で倒れないか心配だ。

 おっと、それよりも俺の事だ。

 解らない…

 そうこう悩んでいるうちに目的の人事院の貴族人事局についてしまった。

 正面玄関に入ると、既に美人の秘書が待ち構えていた。

 これ、あのパターンだよね、絶対お偉いさんのところに連れていかれるよね。

 覚悟を決めたら、案の定貴族人事局の局長のところに連れていかれた。

 帝国政府で貴族関連の色々全てを統括している部署の一番のお偉いさんだけあって、局長は何とかと言う公爵だった。

 ごめん、俺人の名前を覚えるのが苦手なんだよね。

 それに公爵とか全く縁のない世界だし、しょうがないよね。

 でも、この公爵閣下は人のよさそうな好々爺だ。 

 平民の俺にも丁寧に接してくれる。

 本当にこんなお貴族ばかりだと、俺も貴族のために頑張ろうという気持ちにもなる。

 男爵叙爵の手続きの説明はあの美人秘書が丁寧に教えてくれ、公爵閣下が補足と言うか貴族内での習わしなどを絡めて教えてくれた。

 で、俺の爵位はと言うと、なんと男爵だ。

 あの男爵だと、準でも名誉でもつかない正真正銘の正にまさにあの男爵様だと……信じられるか……今でも俺は信じられないのだ。

 しかし、正規の貴族ともなると色々とめんどくさいのだ。

 家名の制定から始まり、紋章やら、などと色々決めごとがあるそうなのだ。

 なので、建国時なれば一々まじめに決めていったようなのだが、今では、断絶した家名を継ぐのが一般的だとか、それに男爵くらいなればそれこそ沢山の断絶した貴族があり、分厚い断絶貴族のリストの書かれている台帳を持ってこられた。

 ここから選べだと。

 あの公爵閣下は俺にここに書かれている貴族の謂れやら事情、断絶した理由などを教えてくれた。

 さすがに全部を教えてくれるわけじゃなくて……あまりに多く有りとてもじゃないが俺の方がまいってしまう……俺が興味深げに見ていた貴族名を見つけてはそれとなく教えてくれた。

 どうせ俺などは貴族の名前など大して使う訳じゃないので、目をつぶって選ぼうとしたら、流石にアプリコットと美人秘書が俺の両腕を抱えながら止めてきた。

 あの公爵閣下は笑っておられたが、流石にまずいらしい。

 なので、名前を最初から見ていった。

 途中で気になる名前を見つけ謂れなどを聞いてみたら、嫡男不在での断絶で、これと言って問題なさげの家を見つけた。

 なので、俺はこの家を選んだ。

 なので俺の名前が今日から「ヘルツモドキ フォン グラス」となるらしい。

 この家は割と最近に断絶した家らしく、アプリコット男爵家とも交流があったという。

 俺の副官のアプリコットも幼少時にはこの男爵とも会っていたとか。

 偶然とはいえ、縁はあるものだと感心した。

 家名を選んで終わりかと思えば、寄親を決めろとあの美人秘書が言ってきたのだが、それを公爵閣下は止めた。

 なんでも貴族社会は色々と繋がっており、必ずしも寄親寄子の関係にならなくとも良いのだそうだが、一匹狼のような貴族は誰からも相手にされずに簡単につぶされるらしい。

 過去にも何度かいた様だが、そのほとんどが2年も待たずに消えていったとか。

 そこまで説明を聞いていたので、何故公爵閣下が止めたのかが分からない。

 俺の貴族叙爵が面白くなく、早々と消えて欲しいのかと思ったが違っていたのだ。

 驚け、俺も驚いたのだが、俺の寄親は既に決まっていたのだ。

 俺を軍へ入隊させた急進攻勢派のトラピスト伯爵かと思ったのだが違い、では誰かと言うと、なんと俺の寄親は皇太子殿下ご本人が務めるとかで、この事実を知っているのはまだ少数だが、これが知れ渡ったら、今度は帝都全体が大騒ぎになりそうだと、今度は美人秘書まで顔面蒼白になりながら固まった。

 とうとう、美人秘書まで使い物にならなくなったので、公爵閣下が続きを説明してくれた。

 俺は正確には法衣男爵と呼ばれる貴族になるそうで、領地は持たないのだそうだ。

 その代わりに帝国から相応の金額が毎年支給されるのだそうだ。

 それに、帝都の貴族エリア内にも男爵としての体裁を維持できるだけの邸宅も支給されるのだそうだが、まだ決まっていないので、決まり次第連絡をくれると約束された。

 どうせ、俺は5年の軍歴を全うしなければ除隊できないので、それまでに決めてくれればいいと伝えておいた。

 これで、すべての手続きは終えたのだそうだが、まだ美人秘書がこちらに戻ってきていないので、俺の叙勲までの経緯と言うか理由を説明してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る