第131話 帝国マイスター十字勲章

 方面軍総局の局長室で異例の昇格辞令を受け取って固まっていた俺とアプリコットは陸軍省の職員により局長室を追い出され、そのまま来た道を戻り1階まで連れてこられた。

 そのまま追い出されるかと思いきや、1階奥にある総務部総務課に連れていかれ、そこの職員により第1種礼装が渡された。

 何これって顔をしていたからなのか、職員が申し訳なさそうに説明してくれた。

 本来の軍服にはいくつか種類が在り、ジャングルなどでは作業用のいわゆる戦闘服くらいしか必要はないが、状況に合わせて軍人は軍服を選んで着用しなければならないそうだ。

 今渡された第1種礼装は、少尉以上の士官の全員に任官と同時に渡されるもので、本来ならば俺も持っていなければならないものだだという。

 しかし、俺の任官の時点がいまいちあやふやで、知らないうちに輸送機の中に放り込まれていたために、俺には支給されていなかったものだそうだ。

 ちなみに准尉であったアプリコットは今の時点で渡されるのが普通で、准尉には第1種礼装は無いのだそうだ。

 理由としては、准尉には第1種礼装着用で参加する機会がほとんどなく、万が一必要が生じても士官学校時代の制服が第1種礼装に準ずる第2種礼装扱いだからだ。

 ちなみに、戦地で昇進しているメーリカさんなどのケースでは、戦地にあるために第2種礼装も必要が無く、どうしても必要が生じた場合のみ今回のように総務課で第2種礼装が用意されることのようだ。


 で、アプリコットは分かるが、今なぜこの時点で俺の第1種礼装が渡されたかと言うと、アプリコットに渡すついでに渡したという理由もなくはないが、本当の理由はすぐにでも必要になるので、奥にある更衣室で渡された第1種礼装に着替えることを強要された。

 なので、俺もアプリコットも訳も解らない状態で、さらに奥にある更衣室にまで連れていかれ、着替えさせられた。

 今まで来ていた軍服は取り上げられ、後程、それぞれの新しい階級の軍服を渡すと説明を受けた。

 着替えが終わった俺らは、朝から一緒に付いてきてくれている皇太子府の職員と一緒に軍の用意した車に乗せられ、どこぞに連れていかれた。

 俺が小声でドナドナを歌っていたら、寂しくなるのでやめてくれと抗議がアプリコットより入ってきた。

 俺の心境としては完全にドナドナがバックミュージックに流れてきている状況のように感じられるのだが、いったいどうなるのだろう。

 アプリコットも心配そうにしているが、皇太子府の職員は完全に状況を理解しているようだ。

 と言うよりも、状況を作り出している側の様だった。

 陸軍の車は俺でも良く知っている帝都で一番立派な建物である宮殿に入っていった。

 こともあろうに陸軍の車は宮殿正門に着け、俺らは降ろされた。

 当然この場で待ち構えていた侍従たちに案内されるように、宮殿内で陛下に謁見できる一番大きな鳳凰の間の控室に連れてこられた。

 中に入ると、すでにサクラ大佐が副官のマーガレット中尉と秘書官で海軍からの出向してきているクリリン大尉と一緒に待っていた。

 そのほかにも色々と偉そうな人が沢山いたが、中でも俺の知っている人たちもいたのには驚いた。

 海軍鎮守府の偉いさん一行までここにいるのだから、ただ事ではないことが簡単に予想された。

 このメンバーでは当然ジャングルに関係する何か大事がある。

 今置かれている状況が分不相応の俺に、これ以上の厄介ごとが降ってくることが、今いるメンバーを確認できた時点で決定されたのだ。

 アプリコットは完全に緊張して顔を青くしていた。

 俺らが到着して時間をおかずに侍従に促され、ここにいる全員が鳳凰の間に案内された。

 当然のように俺はサクラ大佐に続いて後ろに控えようとしていたら、侍従の一人に待ったをかけられ、何故だか俺だけが別の場所に待機させられた。

 さらに俺の不安が増していく。

 絶対に俺が首になるような話ではないな。

 これは絶対に超ド級の厄介ごとが俺に降りかかってくる事の前触れだと、諦めとともに腹をくくった。

 しばらくその場にて待機していると、陛下の入場が伝えられ、陛下だけでなく殿下までもが鳳凰の間に入ってこられた。

 定位置に着くと、侍従長が何やら式典の開始を宣言して、俺の見たことも聞いたこともない式典が始まった。

 ここに集まった参加者全員が異様な雰囲気を漂わせていたので、帝国でもかなり珍しいことが始まっているようなのだが、こういったケースで、いちいち説明してくれる超完璧人間のアプリコットは傍にいないので、訳も解らずに成り行きを見守った。

「殿下の配下に新たな軍団を組織して、来るべき共和国との決戦において、ゴンドワナ大陸のジャングル決戦を戦っていくことをここに高らかに宣言するものである」と最後の宣言だけが辛うじて俺にも分かったのだ。

 今所属している部隊の管理をジャングル方面軍から切り離し、皇太子府が仕切ることの様なのだ。

 何やら色々と言われているようなのだが、あいにく俺にはさっぱりなので分かる部分だけでも心のメモ帳に記していると、サクラ大佐率いる旅団とすぐ傍にある鎮守府をひとまとめにして一つの戦闘集団を作り、指揮命令系統を統合作戦本部から切り離し、帝室直属として、その指揮を殿下がとるようなのだ。

 先のゴンドワナ大陸での陸軍の失態がかなり帝国に打撃を与えており、共和国の圧力に抗し切れない危惧を帝室が抱いたことの表れなのだ。

 既に今まであった帝国の作戦大綱が破綻しており、次の作戦大綱の作成も済んでいるようで、今回の組織の変更もそれに基づいているようだったのだ。

 その後も式典は続いていた。

 サクラ大佐が侍従長に呼ばれ、陛下の前に進み出ていた。

 何が始まるのかなっと注意深く様子を伺っていると、サクラ大佐の少将への認証が陛下より行われており、准将を飛び越えての叙任となったようだ。

 それと同時に今率いている旅団を発展的に解散させ新たに師団を新設し、サクラ閣下に任せることを言っているようなのだ。

 まだできて半年もしない旅団を師団に作り変えるだと、いくら軍の常識のない俺でもわかるブラックぶりの命令だ。

 また、ストレスのたまったサクラ閣下からの嫌がらせもたくさん来るのだろうな。

 なにせ俺は嫌われているようだからな。

 さすがの俺も胃のあたりが痛くなってきた。

 俺のことなどお構いなく式典は続いており、意識が飛びそうな頃に俺の名前が呼ばれた。

「グラス殿、前に」

 ……

「貴殿のこれまでの優れた業績により陛下より勲章を下賜するものなり」

「へ?何。今俺の名前が呼ばれたような気がしたのだが、絶対にありえないよね」

 すると侍従の一人が俺に近づいてきて、「グラス殿、私と一緒に前に出てください」と言って案内してくれた。

 でも、俺はもう勲章は貰っているよ、なのになぜ……

 前に出た俺を確認したのか、侍従長が声高々に勲章の名前を読み上げた。

「陛下より、グラス殿に、『勲一等 帝国マイスター十字勲章』を授与するものなり」

 へ???勲一等って勲章では一番上とさっき習ったばかりなのだが、どういうことなの?

 俺ばかりが驚いているだけでなく、会場にいた多くの人が驚いた顔をしていた。

 平静を保っていたのは海軍のお偉いさんと殿下くらいだったのが非常に気になるところなのだが、それどころじゃないよね。

 この後、俺はどうなるのだ………

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