第130話 二人の叙勲

 殿下との会食の後、俺と俺の副官であるアプリコットはサクラ大佐から引き剥がされ、皇太子府の職員に連れられて、帝都の官庁街にある陸軍省の建家に連れられてきた。

 流石に府の職員は、殿下直属とは言え陸軍省内では部外者で、いきなり目的の部署には行けずに陸軍省のロビーで受付の職員と話し込んでいた。

 俺とアプリコットは忙しく陸軍省に出入りする人たちの邪魔にならないようにロビーの隅でおとなしく待っていた。

 5分と待たずに俺らをここまで連れてきた職員が一人の士官職員を連れてやってきた。

 なんでもお偉いさんの秘書官だそうで、俺らはその秘書官に連れられて、陸軍省の奥に進んでいった。

 陸軍省のビルの上層階に連れられてきて流石に心配になってきた。

 帝都の官庁街にある建家で、上層階に事務所を構えている人物なんてロクな奴がいない……間違えた…この帝国でもかなりの地位にある人物しかいない。

 ここは陸軍管轄なのだから、少なくとも将軍職にあたる閣下であるはずだ。

 俺には、全く関係ないはずなのだが、なぜか偉そうな……これも間違え……偉い人に縁がある。

 ゴンドワナ大陸のジャングルでは陸軍とは関係ない海軍の閣下となぜか親しくさせて頂いており、今朝に至っては絶対にありえないことに皇太子殿下と私的な会食に同席させて頂いたのだ。

 なので、俺に全くの当てがなくとも、偉そうな人と合わなければならないのかという嫌な予感しかない。

 もっとも、副官のアプリコットは彼女の出自が貴族ではあるし、士官学校も相当に優秀な成績で卒業していることから、帝国の上層部に色々と繋がりはあるのだろうが、彼女の様子からも、今回のケースはただ驚いているばかりだ。

 となると、本当に厄介事のようだと、俺はかなり鬱な気分になってきた。

 だいたい俺は、平成の時分からブラックな職場に長く居たことから、そうそうのことには動じたりはしない。

 超完璧人間のアプリコットがトラウマになったあのレイラ中佐との二人だけのお話し合いでも、動じなかったくらいだ。

 そんな俺がこんな気持ちになるのは、俺が無理やり軍に招聘されて以来感じてこなかったので、今回はかなりやばそうだ。

 そんなこんなを考えていると、秘書官はどんどん奥に進んでいき、ついに、かなり立派な大きな扉の前に来た。

 俺はすかさず付近を見回し、この部屋の持ち主の身分を確認した。

 『方面軍総局 局長室』と書かれていた。

「『方面軍総局』ってなんだ?」と独り言のように俺が呟くと、少し青い顔をしたアプリコットが俺に小声で教えてくれた。

「少尉、『方面軍総局』とは、帝国の前線で戦っている陸軍の総まとめの部署で、ここの局長はここ陸軍省内でも上から数えても5本の指に入る大物です。各作戦軍の旗下に所属する方面軍全てを取り仕切る部署です。我々でしたら、ジャングル方面軍の上が第3作戦軍ですが、その上にあたる部署です。いいですね、くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ。何かあれば、少尉だけでなく旅団長にまで迷惑を掛けかねないことになりますからね。お願いですから、いいですね、わかっているとは思いますが、ここでは本当にお願いですからおとなしくしておいてくださいね」

 俺は、子供かって思ったがあんまり真剣に釘を刺してくるアプリコットの迫力に負けて静かに頷いた。

 俺らを案内してきたの秘書官は入口にある扉の前で、俺らを連れてきたことを伝えたら、奥からの返事を待たずに扉を開けて中に入っていった。

 当然俺らも連れられて奥に入った。

 中には、この部屋の主が当たり前だがいるわけで、そのなんとかという大将が俺らを歓迎するかのように入口近くまで出迎えてくれた。

 隣にいるアプリコットは恐縮仕切りのようで、かなり緊張をしていた。

 俺はというと、軍のお偉いさんは誰でもが一緒で、レイラ中佐以上は皆同じように感じているので、もう慣れていた。

 なにせ朝一番には殿下に会っているし、これ以上のお偉いさんは陛下しかいないから、割と大丈夫だったのには驚いた。

 もっとも、さっきから感じている嫌な予感は、なくなるどころか予感が確信に変わっていった。

 これは絶対にあかんやつだ。

 この後絶対にとんでもない事が起こるぞと。

 なんとかという大将閣下はにこやかに話を始めた。

「やっと会うことができたな。帝国の若き英雄諸君に。歓迎する」

 すると先ほどの秘書官が閣下に耳打ちをした。

「おっと、挨拶はこれくらいにしないと、このあとの予定が詰まっていたな。すまん、すぐに始めよう」と閣下は秘書官に準備を始めさせた。

 秘書官はそのあとすぐに入ってきた職員から、何やら偉そうに立派なお盆のようなものを受け取った。

 あ、あれ見たことがある。

 ん~~~~、そうだ、学校の卒業式に卒業証書が入っていたやつの更に立派な物だ。

 俺がそう感じて、隣を見たらアプリコットもそれを凝視して固まっていた。

「では、これより、帝国の若き英雄諸君に、帝国陸軍がそのなし得た功績を称え、勲章を授与する。初めに、グラス少尉、……貴殿の栄誉を称え陸軍勲章『勲7等 陸軍軍人栄誉章』を授与する。少尉、前に」と言って、俺に勲章を着けてくれた。

「次に、アプリコット准尉、貴殿は、英雄グラス少尉をよく補佐し、その類希なくらいの功績を数々あげた事を称え、貴殿の栄誉を称え陸軍勲章『勲8等 陸軍軍人栄誉章』を授与する」と言ってアプリコットにも勲章を授与してくれた。

 後でアプリコットが俺に勲章について説明してくれた。

 俺は勲章なんか縁のない生活をしていたので、貰った勲章の有り難味が全く分からない事をアプリコットがかなり危惧して、わざわざ聞いてもいないのに説明をしてくれた。

 帝国の勲章は勲1等から勲9等までの9つの階級があり、一般的な軍人が貰える勲章が今もらった軍人栄誉章類だそうだ。

 この他に各種兵種によっても色々とあるが、俺ら一般的兵士がもらえるのもとしてはこれが一般的というか、これ以外にはまず貰えないとのことで、その軍人栄誉賞も3段階に分かれ、成し得た功績によって選ばれるとのことで、俺のもらった勲7等はその最上級に当たり、普通はまず貰えないという。

 アプリコットの貰えた勲8等も異例でありえないことで、これもかなり恐縮していた姿がちょっと可愛かった。

 そもそも、勲章そのものが任官1年未満の兵士に与えられるはずが無いのだが、共和国の兵士それも士官を二人も、しかもその内の一人がなんと帝国がその動向を注意し恐れていた若き英雄と言われている少佐を捕虜としたことが大きかったそうだと後で教えてもらった。 

 やれやれ、これで終わりと思っていると、次に方面軍総局の次官というこれもなんだかよくわからないなんとかという中将閣下が、辞令を渡してきた。

 俺とアプリコットの昇進だそうだ。

 流石にこの昇進辞令の事を聞いたときには俺もアプリコットも「え~~~~~~~!」と驚きの声を上げた。

 俺でもわかる。

 どこの組織に配属1年未満で昇進させる所があるんだ。

 あるのは戦死等による特進くらいだろうと。

 とにかく俺らの異例づくしの帝都滞在は始まったばかりであった。

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