第123話 廃墟の惨状

 俺らは次のポイントに小隊司令部を移動させそこで野営した。

 翌朝早くから全てのバイクがいつもどおりの探索に散っていった。

 残った分隊の兵士たちは野営した資材などを片付け、分隊単位での探索に移動しようとしていたまさにこの時になって、今しがた探索に出て行ったバイクが一台ここに戻ってきた。

 俺の前に止まり、小声で俺に報告してきた。

「すぐ傍で、ローカルの村の跡を見つけました。現状があまりに酷く隊長の判断を仰ぎに戻ってきました」

 俺はすぐに察した。

 今では我々の仲間であり、旅団のマスコットとなっているサリーのことだと。

 サリーに仲間の惨状を見せたくはないとの配慮から出た行為だと。

 どうしたって、連れて行かなくてはならないのだが、できる限り惨状は見せたくはない。

 もしかしたらサリーの家族が惨たらしい格好で晒されているかもしれないのだ。

「判った。アプリコット、すまんが出ているバイクをここに戻してくれ」

 俺の緊張した声で指示を出したものだから、付近にいた兵士も緊張して、その場で固まった。

 しまったと思ったが後の祭りである。

 俺は続けてメーリカさんに指示を出した。

 かなりひどい状況だそうで、新兵ではキツそうだ。

 しかし連れて行かなくてはならないので、少なくとも指揮官がベテランである第一、第二の分隊だけで惨状だけでも片付けてしまおう。

 不慣れの新卒が率いる分隊2つは現状待機だ。

 もっとも、俺はその新卒より更に経験がないのだが、中間管理職の悲しさで逃げることができない。

 覚悟を決めて指示を出した。

「メーリカ准尉、第一分隊、第二分隊を率いて村跡に戻り探索を行う。俺も一緒に向かうが、現場での指揮を頼む。残った分隊は、ここで待機してくれ。付近の警戒を密にして、何かあれば連絡してくれ。すぐに移動だ」

「「「ハイ」」」

 連絡に来ていたバイクに案内されながら、トラック1台で移動を始めた。

 本当に村まではすぐだった。

 近づいてすぐに異様な雰囲気に気がついた。

 村は火を掛けられ、完全に廃墟だった。

 村の中に生えていた木には人間であっただろうと思われる物がそれも逆さまに縛り付けられ白骨化していた。

 それも一体だけじゃなく、かなりの数が縛り付けられていた。

 道にも切断された遺体が獣などに食い荒らされて放置されており、この世の地獄かと思われた。

 もう2週間も前ならばかなりの悪臭を漂わせていたことだろう。

 燃えた家の中にはもがき苦しんで最期を迎えただろうと思われる焼死体が炭化していくつもあり、ひどい有様だ。

 まだまだありそうだ。

 しばらく呆然としていたら、メーリカさんが、俺に声をかけてきた。

「隊長、かなり前の惨状のようですが、まだ、付近の安全が確保されていません。まずは安全の確保を急ぎましょう」

 助かった。

 流石は、ベテランでも最優秀と思われる山猫を率いていただけはある。

 これだけの惨状を見ても冷静さを失わないとは。

 彼女だって、木石でできているわけじゃない。

 赤い血が通う人の子だ。

 本人は隠しているが、彼女の本質はとても優しいのだ。

 この惨状を見て怒りが湧かない訳はない。

 しかし、自分の職責を忘れずに淡々とこなしていく態度に尊敬の念すら覚える。

「ありがとう、メーリカさん。すぐに掛かってくれ」

 するとメーリカさんは後ろに控えていたふたりの軍曹に向かって大きく頷いた。

 軍曹たちはすぐに自分が指揮する分隊を使って、付近の探索を行っていった。

 大した時間はかかってないはずなのだが、とても長く感じた。

 それも時間が経てば経つほど俺の中でどうしようもない怒りの感情が沸いてきた。

 こんな気持ちになったことはついぞなかったので、怒りの感情を完全に持て余していた。

 そんな俺の様子を見て、とても優しくメーリカさんは声をかけてきた。

「大丈夫ですか」

「大丈夫だ。ただ、こんな気持ちになったのは多分初めてなので、どうして良いか戸惑っていただけだ。メーリカさんに声をかけてもらって、少しづつだが冷静になっていったよ。ありがとう」

「それは良かった。でも、隊長だけじゃありませんよ。私も非常に怒りを感じています。私は軍人になった時に、覚悟をしておりましたが、人を殺めることを仕事としていることをこれほど後悔したことがありません。………これは調べてみませんとわかりませんが、こんな惨たらしいことをこれほどの規模で行えるのは、私が知る限り敵のそれも大統領直下の特別巡回督戦隊ぐらいしか知りません」

「??なんだ、その『特別巡回督戦隊』って、どういったものだ?」

「隊長は知らなかったのですね。そうですね。あまり知られていないかもしれません。その『特別巡回督戦隊』というのは共和国大統領が自分の政権基盤の強化のために組織した政治部に所属しているようで、共和国の各部隊には司令官の他に政治将校がかならず同伴します。通常は各部隊に一人ずつの配属なのですが、彼ら政治将校が害されないように実力組織があり、その中でも平気で味方すら拷問や殺害などを担当する部隊の名称だそうです。実態は我々現場組には解りません。レイラ中佐など情報部ならばもう少し詳しく知っているかもしれませんが、とにかく敵だけでなく味方すらにも容赦のない部隊です。そんな彼らには、大統領から色々と特権を与えられており、特に共和国人民の目の届かない前線ではかなり傍若無人の振る舞いをしているそうです。なので、政治将校もそうですけれど、彼らは味方である共和国兵士から酷く憎まれているとのことです」

「大丈夫か?敵ながら共和国が国として成り立つかどうか心配になってきた。独裁国家の末路は悲惨だぞ。ましてや、そんな酷いことを平気で味方にすら行うとは。ひょっとして、共和国は国として末期症状を呈しているんじゃないかな」

「そんなことは、私は知りませんが、どちらにしても彼らなら会いたくはありませんね」

 そんなことを話していると付近の安全を確保しに出ていた分隊が戻ってきた。

「隊長、付近の安全を確保しました」

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