第120話 どうする水道

 今海上をおよそ100km/hのスピードで移動している。

 なぜこうなったかというと、海軍さんが俺の指摘で上下水道が無いことを急に問題視し始めたんで、急遽鎮守府で打ち合わせが持たれることになった。

 俺はというと、先に基地整備の応援に入っていたシノブ大尉と信書を持ってきたシバ中尉それに俺の副官のアプリコットをまとめて拉致するように、停泊中の駆逐艦搭載に搭載されている緊急連絡艇を引っ張り出し、俺らを載せて、最高速度で鎮守府に向かっている。

 ここから鎮守府まではおよそ90km、緊急連絡艇の航続距離はおよそ100kmであるからかなりギリギリの距離であるが、鎮守府からも海防艦艇数隻が俺らを迎えに出港したとの連絡もあったのでとりあえず海上でガス欠の心配だけは無くなった。

 でも、戦時下で敵との最前線のこの海域をレジャーボートに毛の生えたような緊急連絡艇1艘での単独行動はいかがなものかと思ったのだが、かえってこの方が安全だとか。

 船が小さすぎて、潜水艦攻撃も、飛行機からの攻撃も難しく、当然戦艦の攻撃は近着弾による高波での転覆くらいしか攻撃ができないとか。

 それ以外にあるとしたら飛行機からの機銃掃射くらいだとか。

 それも、時速100kmでちょこまかと移動する的に当てるのは至難の業だとかで、操縦している海軍さんは胸を張って我々の安全を保証したのだった。

 俺は、敵の攻撃の心配がなくなったのだが、アプリコットはそんなのを気にする余裕がない様子だった。

 別の心配事を気にして、しきりにシノブ大尉に相談していたのだった。

「大尉、すみませんが、少しお時間をよろしいでしょうか」

「移動中は我々にはすることがないので、構わないわよ。で、何かあるの、准尉?」

「はい、あの~、旅団の了解なしに勝手に任地を離れても大丈夫だったのでしょうか」

「あなた、そんなことを心配していたの。現場に行ったら臨機応変よ。頑なな態度は、味方を危険にさらすわよ。おやっさんは、常におっしゃっていたわ。現場では、現場の判断が一番だと。その時に取りうる選択肢の中で最善の選択肢を選べるようにしておけ。それが、例え司令部の指示に真っ向から逆らうことになっても、最初の与えられた司令部の方針に沿ったものならば、以後の雑音は気にするなってね。今回のケースは、基地の整備に当たって避けては通れなかったことよ。それに駆逐艦から鎮守府を通して旅団司令部には連絡を入れて貰ったわ。准尉が気にしているのならば、鎮守府に着いてからもう一度旅団司令部に連絡を入れておくわよ」

「ありがとうございます、大尉。そうして貰えますか。なぜだか、私たちの小隊は色々とイレギュラーに見舞われまして、その都度、司令部からの調査という叱責に会うのです。今回は、大尉たちが同行していただけるから、まだましですが、司令部ではレイラ中佐辺りは怒っておられるかもしれないと思うと……」

「准尉、考え過ぎですわよ。大丈夫、あなたたち小隊の活躍は多方面から評価されていますのよ。おやっさんは日頃から手放しで少尉のことを褒めておりますから、悪いことにはならないわよ。それより、残してきた隊員たちがちょっと心配ね。作業も中断しているので、手持ち無沙汰になっていないといいのだけれど」

 うちの優秀な副官はよっぽどレイラ中佐の尋問が堪えたのだろう。

 多分トラウマになっているのだろうな。

 俺のせいではないのだが、少しかわいそうなことをしたなと、ちょっとだけ俺の中の良心が痛む。

 でも、褒めてくれたのに味方を尋問する方がどうしたって悪いと思うのだけれど、上官のやることだし、理不尽な扱いには慣れているので、俺はあまり堪えなかった。

 しかし、まだ経験の少ない准尉たちには理不尽な扱いをされたことがなかったのだろう。

 良いところのお嬢様だし、今まで経験のなかった理不尽さを初めて経験したのだからある意味しょうがなかったのだが、初めてがレイラ中佐の尋問では流石に堪えるだろう。

 これも良い経験として成長して欲しいとつい考えてしまう。

 ついつい考え込んでしまった俺に海軍さんが声を掛けてきた。

「皆様方、迎えの海防艦が見えました。そうすぐ鎮守府につきます。もうしばらく狭い艦の中でお待ちください」

 やれやれ、やっと着くか、でも、1時間も乗っていなかったのだが、慣れない船旅だと、時間が遅く感じた。

 酔うことは無かったのだが、少し退屈したのは我慢のうちに入らないか。

 鎮守府に着くと、ゴードン閣下自ら俺らを出迎えてくれた。

 直ぐに鎮守府内の会議室に連れて行かれ会議を始めた。

 今回の問題は、基地の扱いが応急的なものか恒久的なものかをはっきりさせずに整備に取り掛かったのが原因だった。

 応急的施設であれば、それこそ潜水母艦を湾内に停泊させるだけで良かったのだが、その辺りの意思の統一がなされていなかったので、営舎設営は恒久的施設のつもりで準備を始めていたのだが、生活環境の整備に関しては、現状のように船を利用して、済ませるといったちぐはぐさが出てしまった。

 さらに悪いことに、そのことに海軍関係者が誰も気づいてはいなかったんだ。

 まだ、比較的早い段階で問題が顕在化したので、大事にはならなかったのだが、今から対応策の検討を始めるとなると、設営計画の遅れが心配される。

 主要補給港のように戦艦等を擱座かくざさせるにしたっても、ここの湾は小さすぎて、目的の補給に使いにくくなる。

 やはりきちんと整備の必要性が出るのである。

 今問題なのは大きく二つ。

 ・上下水道の整備

 ・使用電力の整備

 である。

 電力整備は発電設備を入手さえできれば問題は程解決だが、水道はそうはいかない。

 水源が傍になかったのだ。

 どこからか水を持ってこなければならない。

 会議室の全員が頭を抱えた。

 でも、俺はそんなに心配していなかった。

 ゴードン閣下がそんな俺を見て聞いてきた。

「少尉には何かアイデアはあるかね」

「はい、水道を整備するには当然水道タンクの入手が必要ですが、そちらは大丈夫ですか」

 すると、補給全般の責任者であるマリー中佐が答えてくれた。

「水道用大型タンクは帝都に発注すれば移動時間くらいしかかからずにここに持ってこれるわ。最も予算という強敵がその前に立ちはだかるけれどもね」と最後は戯けながらも答えてくれた。 

「なら、さほど問題は無いものかと思います。パイプも簡単に入手できますから、旅団基地近くの川から場外発着を経由して引っ張ってこられれば良いのです。

 その場合に、タンクは最低でも3つ必要にはなりますので、強敵の予算は難攻不落にならなければ良いのですが」

「少尉、どういうことかね」

「少尉、その場合に水道用のポンプを大量に必要となります。水道用タンクは簡単に入手できますが、ポンプとなるとそう簡単にはいかないはずだが、どうするつもりかね」

「「あ!、あれを使うのか」」とシノブ大尉とシバ中尉が気がついたのか声を上げた。

「何、陸軍には宛があるのかね」

「はい、旅団の倉庫に使っていない水道用のポンプがまだ6台はあったはずです。廃棄していなければ数日中に使用可能まで整備はできます。高性能なポンプですから3台もあればここまで水を引っ張ってこれるはずですよ。帝国ではあのポンプを使って200kmくらいは水道を引いている実績があったはずですから。最もここだと高低差があるので余分にポンプを使ってしまい、台数が増えますが、それでも手持ちだけで十分に対応ができます。問題があるとすれば、組織の壁と呼べばいいのでしょうか、陸軍手持ちのポンプを海軍さんに使わせることの是非については私には答えを持ち合わせておりません。なので、ここでは純粋に技術的にとだけお答えします」

「そんなことくらい、俺がいくらでも解決させるから大丈夫だ。直ぐに取り掛かってくれ。発電機については、新品の手配はするとして、また、廃船置き場を漁ってくれないかね、中佐」

「はい、わかっております。せっかく使えるものがあるのに使わない手はありませんものね。これも少尉のおかげですが」

 紛糾するかと思われた会議は実にあっさり終わった。

 鎮守府の自事務官たちは一斉に書類を抱えて動き出していった。

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