第110話 長官との面会
俺は、マリー中佐に促されて渋々長官室に入っていった。
すぐに俺らはその場で固まった。
一介の少尉を入口そばまで出迎える閣下って何? これって新手のいじめなの? 俺が固まっていると、ゴードン閣下が長官室の応接に案内していった。
「恐縮しています、閣下」
「久しぶりといった程には間は空いていなかったが、君のおかげでこの基地の雰囲気がいい意味で変わったよ。感謝している」
「オイオイ、旧交を温めるのは後にしてくれないか、ゴードン君」
以前お会いしたゴードン閣下と話していると、閣下の隣にいる、見るからにゴードン閣下より偉そうな人から声をかけられた。
俺は、錆びたギアが無理やり回ろうとするときに聞こえる『ギ、ギ、ギーギー』という音を立てながら、固まった体を辛うじて声のする方に向けた。
「これは失礼しました。グラス少尉、紹介をさせてくれ。こちらにいるのが、この基地の長官であるオーザック中将だ。その隣に控えているのが、今回君たちに出迎えをお願いし、帝都より出張してきてもらった、シルバート大佐だ。彼は、帝都の海軍省 鎮守府総司令部 設営営繕管理部で部長をしている。こちらが、以前お話しました、グラス少尉です」
「長官閣下、大佐殿、サクラ旅団で小隊長を拝命しておりますグラスです。階級は少尉です。で、彼女が私の副官を勤めてくれているアプリコットで、こっちの彼女が小隊の面倒を見てもらっているジーナです。両名とも階級は准尉です。お会いできて、光栄です」
「アプリコット准尉です」
「ジーナ准尉です」
「オーザックだ。この基地の長官をしている。君のことはクリリンから聞いているよ。会いたかったから、今日あえて良かったよ」
「シルバートだ。帝都で設営や営繕専門に扱う部門の部長をしている。君のところにいるサカキは、私の学生時代の後輩にあたる。私も、君のことはサカキの奴が帝都に来た時に聞かされている。私も、会えて光栄だ」
「オイオイ、いつまで立ちんぼをさせるんだ。グラス君、座ってくれたまえ。少し話しをしたい。君たちも一緒に、こっちに来たまえ」
閣下たちは俺たちに椅子を進めてくる。
でも、俺たちを案内してくれていたマリー中佐は直立したままだぞ。
少尉に准尉が座ってもいいのか。
絶対に座ったら、罰則があるんじゃないかな。
俺は、横に居るアプリコットを見た。
当然彼女も、その隣にいるジーナも顔を青くし固まっている。
小声で、「ムリ、絶対にムリ、私に聞かないで」ってブツブツ言っている。
ジーナに至っては、魂が抜けかけているようだった。
そんな様子を見かねたか、マリー中佐が優しく、小声で「大丈夫ですよ。座ってください」と言ってくれたので、俺らは勧められるまま応接のソファーに座った。
全員が座ったところで、まず、ゴードン閣下より、再度お礼を言われた。
その後、オーザック中将が、簡単に、今のゴンドワナ方面における海軍の状況の説明をしてくれた。
まず先に、味方が思いっきり壊した主要補給港付近の制海権は、いまだ帝国側にあるが、あそこの港が使えなくなったことによって、このままでは制海権の維持に支障が出ることを話してくれた。
その対応を、この鎮守府が迫られているのだった。
今回、シルバート部長がここまで出張ってきたのは、この先の入江に潜水艦用の補給基地を設営するためで、サクラ旅団にはその建設に協力してもらうよう要請していたのだった。
シルバート部長は、外部からの協力を全く受けずに、わずかの期間に旅団全員分の営舎を作ったサクラ旅団の手腕を高く評価しており、その一番の功労者として俺を挙げていたのだった。
なんでも、サカキ中佐が帝都に出張に出た折に、サカキ中佐と酒を飲みながらの席で、話題に出たそうだった。
本当に、あのおやっさんは……迷惑な話だ。
そんなこともあり、どうしても、今回のゴンドワナ出張の時には俺と話がしたかったのだそうだ。
そんなわけで、ここでいきなり、基地設営の青写真やら航空写真やらを広げて、俺に意見を求めてきた。
「グラス少尉、君にどうしても聞きたかったことがある。え~~と、君たちはなんて言ってたっけ……」
すると、ゴードン閣下が、「え~と、確か、創意工夫でしたっけ、いや、改善だったかな」
「お~~、それそれ。その改善だか、創意工夫だかで、意見を聞きたいのだが、よろしいかね」
「私で良かったらいくらでも。で、何をお聞きになりたいのでしょうか?」
「お~、それなんだが、長官、よろしいか?」
「別にかまわんよ。一応、極秘扱いで、まだ、海軍の将官以上にしか閲覧権限はないがな。どうせ明日、サクラ大佐に見せて協力を仰がなければならんからな」
「ちょ、ちょっと待ってください。たかが少尉にそんな重要なもの見せないでください。権限も何もあったもんじゃない」
「見せなければ意見が訊けんじゃないかね、諦めてくれ。で、長官にも承諾をもらったので、これを見てくれ。ここの入江に潜水艦用の基地を作ることになった。今、陸戦隊の1個大隊が現地入りして調査をしている。今入った情報では、この入江はなかなか素晴らしく、岸から5mで干潮時に11mもの水深があるそうだ。これならば戦艦ですら接岸できる。海軍の基地としては申し分ない。で、付近の航空写真がこれなんだが、どうだろう。これを見て感想はないかね」
俺は、基地の青写真と、その付近の航空写真を見せてもらった。
アプリコットやジーナはこっちをできるだけ見ないようにしていた。
余分な極秘情報に触れたくないのだろう。
くそ~、俺だけ生贄か、とは思ったが、彼女たちは立派な軍人だが、こっち方面はズブの素人なのでしょうがないか。俺は諦めて、それらを見て、一言感想を漏らした。
「基地の人口はどれくらいになりますか?このあたりの航空写真からの想像ですが、平坦な部分が少なそうに見えます。営舎を作ることは多分問題ありませんが、海軍さんの基地につきものの飛行場までは作れませんよ、ここには」
「それは、我々も苦慮している。現在も、帝都の海軍省で省を挙げて最重要検討事項として検討中だ。当面はタッツーの飛行場からの支援となるだろう」
「でも、地図上だと、100km以上は離れていますよね?それならば、第27場外発着場からの方が近そうですね。多分直線で30kmもないでしょうから。そこは使えないのですか」
「「「あ!!!!」」」」
「でも、先程、長官閣下からお聞きしたこのあたりの戦況もあるから、敵にいつ回り込まれるかわかりませんね。こんな内陸の基地では、そうなると、敵の回り込みだけは絶対にさせてはダメでしょうから、大陸の戦力の配置そのものも変更しないとまずいか。ん~~、そうなると、やはり主要補給港まで戦線を下げて、このあたりで戦線を構築し、そこからの敵の北上を防げばいいのか。となると、やはり補給港を使わないとダメか。じゃ~あの手しかないか。でもそうなると、海軍さんが納得してくれるかどうか…」ブツブツ
「ちょっと待て、グラス少尉。君、今なんて言った。主要補給港を使えるのか。あそこまで壊しておいて、あそこを使おうというのか。じっくり聞かせてくれ」
「ですから、主要補給港は陸上施設が使えないだけですよね。湾の入港には全く問題ない、それに今はまだ、制海権はこちらにある。だったら、少し乱暴な方法ですが、手はないわけではありません。普通ならばムダが多くなりますが、古い軍艦できれば戦艦か巡洋艦が一隻、大型のタンカーそれに大型の輸送艦がそれぞれ一隻づつあれば、すぐにも基地として機能させることができますよ」
「ちょっと待て、じっくり検討したい。マリー君、ここじゃ狭い。すぐに会議室の用意を、それに参謀を集めてくれ。参謀長と作戦参謀、航空参謀、それに君は絶対に参加だ。機密の検討をするのだから、地下の作戦会議室を使う。すぐに準備と参謀を集めてくれ。最優先だ。仕事中でも、それを中断させ、絶対に連れてこい。いいな」
「解りました」と言って、マリー中佐が長官室を早足で出て行った。
アプリコットとジーナは、呆れ顔なのかジト目でこちらを睨んでくるが、俺のせいか?違うだろう。
二人共、諦めたようなのか、刑の執行を待つ囚人のように項垂れていた。
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