第106話 港湾破壊の詳細

 サクラ率いる旅団の司令部は、ゴンドワナ大陸の戦況の悪化を受けて、長期ビジョンの策定を始めた。

 直前までは、これまでなかったくらいに平穏だった司令部の空気が、いきなり切り替われるはずもなく、中々緊張感が戻ってこない。

 これは、サクラもレイラも同じだった。

 サカキ中佐は、良い意味で常に平常運転であり、まったく変わりはない。

 それでも、司令部の連中は、こぞってゴンドワナの情報を集め始めた。

 本来ならば同じ作戦軍に所属しており、情報は放っておいても入るはずなのだが、この旅団の位置づけというより、命令系統が完全に作戦軍から外れていることもあって、情報が全くと言って入ってこない。

「これは、完全に情報統制が入っているわね。帝都の軍中央は情報を得ているの?」

「先ほど、統合作戦本部に問い合わせましたが、今我々が得ている情報以外は掴んではいないようで、あちらも少し慌てているようです」

「公式には情報が入ってはいない、ということね」

「彼らが、情報を故意に出さなかったようなことはなかったの?」

「少なくとも、私が得た感触ではありませんでした。こちらが得ている情報の提出を求められましたから」

「でも、まったく軍上層部が掴んでいなかったなら、強制的に命令が出されるはずよ。でも、それすら出されてはいない。どういうことなの?」

「これは、あれね。公式には軍上層部は情報を得ていない。しかし、派閥の長はしっかり情報を得ていて、今後の扱いに苦慮しているってところかしらね」

「あ~、最近しでかしている失点の数々、それをどうやってごまかそうかとしているのね」

「さすがに、ごまかせないでしょ。最重要補給港を完全に壊したんだから、この失点だけでも、更迭ものよ」

「あれの続報が入ってきたわよ。西部正面軍は、軍規及び教則に則っての行動だったから、現場の指揮官を咎めることができないはずよ」

「は~、何言っているのよ?そんなはずはないでしょう?」

「ブル、あなたも習ったはずよ。『敵の規模がわからなかった場合、自分たちで出来うる手段を全て講じる、たとえ威力偵察であっても辞さない行動で調査し、それでもわからない場合には、その時点で速やかに撤退か攻撃かの判断を下し、攻撃の場合には現在持っている最大の戦力で当たる』とね。それと、市街戦の時に『敵が構造物に逃げ込んだ場合には、味方の被害を鑑み構造物の破壊を検討すべし』とね。この場合、構造物は弾除けになってしまい、攻撃の妨げになるわ。自分たちで再利用することは、この際考慮しないものよ。現場の判断としては、理にかなった行動よ」

「だから、それが何よ?何の関係があるの?」

「だから、今回の場合には関係大有りよ。敵が、ちょっとした規模でもって、港湾施設に立てこもったんだからね。派遣部隊の長は、軍人よ。実戦部隊を率いる現役軍人であってテロ対策の専門家ではないわ。立てこもった工作員に対して、投降の呼びかけぐらいはしただろうけど、それくらいしか『調査』はできないわ。そこで、最大規模の戦力投入よ。戦力の逐次投入は教則で厳しく戒められているわ。で、投入された戦力が、虎の子の『機甲戦車軍 1個軍団』、戦車500両をはじめとする戦闘車両1000台を誇る下手をするとこの大陸最大の機甲部隊だったのよ。そこが持てる最大戦力を全て投入した場合に、こうなることは簡単に想像ができるわよね」

「は~、なにそれ?言葉遊びじゃないのよ。そんなの許されるわけないわ」

「軍人なんて大方そんなものよ。何も考えず、命令に従って行動するのが良い軍人。下手に考え、自分の判断でその都度行動できる軍人は変わり者扱いで、優秀とはみなされない。だから、命令に従って、命令になかったことは軍規もしくは今まで習った教則に従って行動する。優秀と判断された軍人なんてそんなものよ。自分の判断で最良の行動が取れる軍人なんか上は持てあますわ。行動が読めないから。ブルだって、分かるでしょ?すぐそばにその典型がいるのだから。あんなのが沢山いたら、上を務める奴はみんな逃げだして、軍隊そのものが成り立たなくなるわよ。一人でも困っているんだから」

「なに、急に。あいつのことは置いといて。確かにレイラの言う通り、あいつが二人いたら、私は此処を辞めているわね。でも、常識ってものがあるでしょ」

「その常識が教則なのよ。その教則に、ないの。町を破壊するほどの戦力投入を戒める項目が。だからなのよ。多分、『自分たちが実効支配している地域には、間違っても街を壊すほどの戦力の投入は控えろ』って、次の改訂版に入るわね、きっと」

「は~~~、その程度のことが教則に謳われてなかったばっかりに、この大陸において補給困難な部隊の量産に繋がったっていうのね。でも、部隊投入を決めた参謀たちと、それを認めた指揮官たちのお咎めは止められないはずよ。彼らには、常に結果責任が付きまとうから」

「だからなのよ、この時期に戦端を開くような暴挙に出たのは。ここで、少しでも功績を稼がないと、結果責任を問われて軍法会議は逃げられないはずだから。勝手に始めたから、情報統制を懸けて、それなりの結果を得た後に報告するつもりなのよ」

「それって、第三作戦軍までの範囲よね?西部正面軍だけじゃないよね?」

「そう。 だから全面戦闘を望んでいるのもそこよ、たぶん」

「馬鹿なの、馬鹿しかいないの?ありえないでしょ、この時期に戦闘をするなんて。それこそどこの部署だろうと物資不足状態での戦闘を嫌っていたはずよ。軍人の常識としてあり得ないでしょ」

「多分、現場で指揮を執っている人たちの多くはそう思っているはずよね。まともな連中もたくさんいるから。でも、命令があれば従うのがこれも軍人なのよ。その命令を出す部分が、常識無くしているんじゃこの結果もありかな。彼らが全員更迭されるまでは、ここままの状況が続くわね。でも、現場はバカばかりじゃないから、命令を受けても、先の見通しが立たない戦闘には消極的よね。補給が厳しいことは、彼らが一番知ってるんだから。先に威力偵察をした西部正面軍の司令官は、少なくともまともよ。『最低限の発砲しか許さず、速やかに被害を出さずに撤退を成功させた』って、私の部下が彼の同期から聞いたと、さっき報告してきたばかりなの。最前線にいるのは、まともなのが多いとも言っていたわ。だからしばらくの辛抱よ」

「は~、分かったわよ。それじゃ~、最悪の予想を立ててから、いくつかのパターンの検討を始めますか」

 会議室に籠もって、呆れながらも検討を始めているサクラに、通信兵が1通の通信文を持ってきた。

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