第105話 信じられない命令
サクラたちは今のところ平穏に過ごしているが、サクラたちを取り巻く環境はというと、特にゴンドワナ大陸における共和国との戦況において予断を許さない状況になっていった。
展開中の帝国軍は、ただでさえ補給に困り果てているところに、大規模な戦闘を始めたため、いたるところで物資不足を生じ始めてきた。
当然、第3作戦軍司令部は帝都の軍首脳に補給の増援を連日要求しており、帝都の軍首脳部もそれに応えるべく対応を取ろうとしていた。
しかし、肝心のゴンドワナ大陸の側が送られてくる物資を順調に引き取れるわけではなかった。
最大の補給港はほとんどの施設が破壊され、使用不能に陥っている。
大陸に展開している海軍から、急進攻勢派を中心に物資及び人材が引き抜かれ破壊された施設の補修に向かっている。
しかしながら、そう簡単に補修できるレベルの破壊ではないので、この対応は一見理にかなっているようでいて愚策でしかない。
現在ゴンドワナ大陸に展開している海軍には、余裕のある物資も無いし、人材もいない。
そんな中で、大量に引き抜かれたら、現在機能しているほかの港が人材不足による機能不全を起こしてしまう。
すぐに破壊された港が補修できるのならば、一時的に無理を強いたとしても、この処置は充分に妥当だと言えるのだが、誰がどう見繕ったところで、完了まで少なくても数年、順当に考えれば10数年はかかることが見て取れた。
ちょっと考えれば分かることだが、今すぐに欲しい補給のために、現在機能している港を長期間にわたって機能不全を起こさせる本末転倒の対応だった。
早い話が、急進攻勢派が言い訳のため修理に向かっただけで、戦略的には絶対に行ってはダメなやつだった。
それが、何を意味したかは、ゴンドワナ大陸に展開中の全部隊がすぐに理解した。
『物がなくなった』ということで、展開中の司令部の補給担当者は一部の例外なく悲鳴を挙げている。
これは、少しでも余裕のある部隊への攻撃となって現れてくる。
こんな時期に、よりにもよって本格的な戦闘を始めてしまった西部正面軍の司令部は、補給不足をタブーを犯してまでも解消しようと、暴走した。
司令部の幕僚が、上部組織に当たる第3作戦軍司令部に所属する同じ派閥で先輩後輩の関係にある幹部に対し直談判に出た。
傍から見ていて余裕のありそうなサクラ旅団への補給物資を全て奪おうという暴挙に出ようとしていたのだ。
第3作戦軍司令部も、今までの失点を取り戻すのに汲々としていたというより、西部正面軍の戦闘は第3作戦軍の指示命令で起こされていることから、西部正面軍の要請を受け、依頼ではなく、作戦軍指令という形で命令を発した。
『サクラ旅団が受けている補給物資を今後は全て西部正面軍に回せ』と言う前代未聞の命令を。
流石に、これを聞いた関係者は耳を疑ったという。
もっとも、当事者であるサクラ旅団の幕僚たちはただ耳を疑ってばかりはいられない。
上を下にと大騒ぎであった。
司令部の扉が勢いよく開き、通信担当者が体を恐怖で震わせながら通信文を旅団長であるサクラに手渡してきた。
「なに~、こんな命令ってあるの?何考えているんだよ!我々に餓死を要求しているのか?第3作戦軍はまともに機能していないぞ!」
「ブル、なに興奮しているんだ。何を言ってきたの?」
「あいつら、我々が今受けている補給を全てこっちによこせって言ってきている」
「ま~、ある程度は先の報告で予想は出来ていたけれど、まさか命令まで出すとはね~。ほんとに、正気じゃないわね。で、ジャングル方面軍司令部は何か言ってきているの」
「第3作戦軍に抗議は出しているようだけれど、こっちには何もね。既に、我々じゃ~何もできないのでそっちで好きにやってって命令まで貰っているしね。でも、この命令は流石に無視できなくてアクションはとったみたい。状況は変わりそうもないけれどね」
「で、どうするの?これ、命令でしょ」
すると、サクラは急に悪人顔になり、ニヤ~と笑顔を浮かべた。
「ちょっと、ブル?何考えているの」
レイラが不安そうな顔をしてサクラに聞いてきた。
「簡単なことよ。この命令を履行するのに足らない命令を要求するだけよ」
「何を要求するの?」
「我々も何もしないで、餓死するわけには行かないわ。我々の補給の責任は、当然各方面軍司令部にもあるし、またその上の作戦軍にもあるわ。この命令は、このままだと受け入れられないから、確認というか追加の命令を要求するだけよ。『直ちに帝都への帰還命令』をね。ここにいなければ、この命令を受け入れることができるしね」
「勅任で派遣されているのよ、そんなことは出来るわけないわ」
「ソ~よね、だから、この命令は、追加の命令を聞いてからじゃないと受け入れられないのよ。軍規でも保証されていたはずよ。『戦闘命令で死んでこい』は出せても『補給を止めるから餓死せよ』はできなかったはずよ。まして、『補給を止める』のならまだわかるけれど、自分たちが勝手に補給ルートを持ったものをよこせなんて聞いたことがない。スラムにいるゴロツキよりタチが悪いわよ。通信兵、直ちにこれを返信しておいてね。追加の命令を受諾後に物資の明け渡しをするってね」
この大陸に展開している帝国軍の中枢部は、完全に視野狭窄状態に陥っており、今日をどうにかしようと焦り、明日になれば死ぬしかない選択ばかりを選ぼうとしている。
これからどうなるのか、そして、今は共和国側の補給の問題に助けられているが、戦況がこの先どうなっていくのかわからないという危機感が、サクラたちにはある。
「最悪、帝国軍は、この大陸の橋頭堡だけを確保して、一旦大陸から追い出されるかもしれないわね」
「となると、ジャングル方面軍だけで、共和国軍を受け止めることになるわよ」
「もっと最悪は、我々だけになるかも。ジャングルの地政学的制限だけが今のところ味方ね」
「そ~なった時のためにも今のうちから準備だけはしておきましょうか」
今まで、割となごやかな雰囲気だった司令部が急に寒々しく感じてきた。
今は、戦争をしているんだと、今までややもすると忘れていた現実に急に戻されていく感覚だった。
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